◆欧州機ユーロファイタータイフーン
航空自衛隊の次期主力戦闘機を扱うのに、何故タイトルが“日米同盟を考える”なのか、という問い。これは未だコメントでは記されていないものの、直に聞かれることは幾度かあった。今回は、ここに切り込む。
今回特集するのは、ユーロファイタータイフーンである。欧州共同開発というこの機体に加え、潜在的にはフランスのダッソーラファールや、経営危機がささやかれるサーブグリペンなども含まれると思うが、今回は、上記三機種のうち唯一横浜航空宇宙展2008に模型が展示されていたタイフーンを中心に扱いたい。ユーロファイタータイフーンというような欧州機、日本はこれまで航空自衛隊の主力戦闘機としては、F-86,F-104,F-4EJ,F-15Jとアメリカ空軍が主力戦闘機として採用した機体を基本的に採用してきたが、これは将来的に未来永劫続くのかということ。更に踏み込めば、欧州機を採用することは日米同盟に影響を及ぼすのか、ということにつながる。
基本的に、欧州、西欧の北大西洋条約機構(NATO)向けに開発された機体は、戦闘攻撃機としての運用を念頭に置いていた。理由は、東西冷戦にあって、陸上戦力で圧倒的に劣勢にあったNATOは、戦闘機に航空支援を行うことで、なんとか陸上部隊の勝ち目を見出そう、という背景があった。ミリタリーバランスなどを見ると判るのだが、冷戦時代、中欧ではNATOは10個機甲師団でワルシャワ条約機構(WPO)の32個機甲師団に対抗する必要があり、同じくNATOは13個機械化師団でWPOの33個機械化師団に対抗する必要があったためである。トーネードなどはこの典型的な事例で、再軍備宣言直後の西ドイツ空軍がF-104戦闘機による戦闘爆撃訓練を繰り返し、事故を頻発させた背景にもこういったものがある。
航空自衛隊の任務は、海を超えて飛来する爆撃機の迎撃であり、冷戦時代にはソ連軍が上陸する地域において米軍の本格的増援が到着するまでの一定期間、航空優勢を確保するという事にあり、近接航空支援よりも要撃戦の遂行に重点が置かれていたことから、欧州機の運用思想とは合致せず、付け加えて、過去に本論の第一回で記したように、広大な国土をその任務範囲とする航空自衛隊にあって、長距離の任務に対応できる大型戦闘機が必要であることから、欧州機は、過去の次期主力戦闘機選定では、あて馬的な扱いであったことは否めない。
他方で、例えばスウェーデンは、1950年代に既に空対艦ミサイルを攻撃機に搭載しての運用を開始しており、イギリス海軍の艦載機として開発されたブラックバーンバッカーニアは四発の対艦ミサイルの運用能力を有し、トーネード攻撃機も四発の対艦ミサイルを運用することができるなど、航空自衛隊の支援戦闘機と比較した場合、運用や要求水準などで共通する点が多く見られていた。また、何よりも重要なのは、アメリカと旧ソ連、そして欧州と、欧州は世界最先端の戦闘機を継続して開発する能力を有しており、国際共同開発でなくとも、フランスはアメリカのF-16と輸出市場に充分対抗し得るミラージュ2000などを開発し供給しており、イギリスのハリアーのように航空機の運用体系に一石を投じるような機体も開発することができる、これを忘れてはならない。
ユーロファイタータイフーン、この機体は、1970年代末に欧州戦闘機計画としてイギリス、フランス、西ドイツが参加し開発が決定した機体で、1982年にイタリアが、1983年にはスペインが参加を表明した。ただ、開発する航空機について、11トンクラスの大型機が構想されたが、フランスが現実的に開発可能なエンジンから9トン台に収めるべき、との主張を行い、結局折り合いがつかず、1985年にフランスが脱退を表明、それまでに開発していたフランスの技術実証機を元に1986年、ラファールAを開発している。開発に残った四カ国は、1990年代の導入を期して開発を続け、1986年に欧州戦闘機計画に基づく航空機の名称をユーロファイター2000、とした。技術実証機は1986年に初飛行、実証機のデータをもとに1992年、初号機が開発された。ただし、フライ・バイ・ワイアシステムの制御プログラムの開発が遅れたため初飛行は1994年にずれ込んでいる。
ユーロファイターの最大の特色は、制空戦闘機の機体に強力な対地攻撃能力を付与したことで、トーネード以来の欧州戦闘機の運用体系を引き継ぎつつも、制空戦闘の重要性を意識した設計となっていることだ。搭載するエンジンはEJ200、ただし、初期の機体はEJ200の開発が間に合わず、トーネードのRB199エンジンを搭載して飛行していた。EJ200エンジンは、6100kg、アフターバーナー使用で9200kg。双発機であるので、自重10995kg、最大離陸重量23000kgの機体に搭載することを考えれば、なかなかのエンジンと言える。機体にはステルス性が配慮されており、本格的なステルス機ではないものの、要所要所に電波吸収材が採用されているほか、後述する前方赤外線監視装置を用いたパッシヴ式センサーにより、自己位置を暴露しない工夫がなされている。
機体には最大で8000kgまでの各種装備を搭載可能で、搭載量は重量でいえば、ほぼF-2と同じ。空対空ミサイル、空対艦ミサイル、空対地巡航ミサイル、対レーダーミサイルを運用することが可能となっている。この中で、イギリス空軍では射程12km、ミリ波レーダーシーカー内蔵のブライムストーン対戦車ミサイルを20発程度搭載し、航空基地の主要設備や中隊規模の機甲部隊を一気に制圧する運用を行うことで、オスロプロセスにより廃棄予定のクラスター爆弾を代替する構想がある。技術的な問題から実現には至っていないが、クラスター爆弾の後継という点では興味が湧く。従来の精密誘導爆弾はもちろん、射程350kmのタウラス空対艦ミサイル、射程400kmのストームシャドウ巡航ミサイルなども運用が可能だ。空対空ミサイルは、従来のミサイルに加えて、射程100kmのミーティア、射程45kmのスカイフラッシュなどを運用することが可能だ。このほか、27㍉機関砲が搭載されている。
日本にとって、ユーロファイターはどのような機体か。二つの重大な問題点を解決する、もしくは解決する意思があれば、極めて有用な機体である。まず、問題点に関わる前に、この機種は欧州機であり、これまでのアメリカ製の機体ではないということと、加えて、これは日米同盟が締結されて以来、欧州機が戦闘機や支援戦闘機として採用されたことはないということである。これは、日米同盟への道へ極僅かな道の変更を強いるものとなるかも知れず、この分岐点は20年後30年後に大きな影響をもたらすかもしれないということだ。それを前提として第一に、この機種は欧州機であるため、航空自衛隊のデータリンクとの相互互換性が怪しく、同様の理由から有事の際に米軍のストックを頼るという方策が難しいという点である、ただし、使用するミサイルなどは一応の互換性を備えており、米軍の運用するミサイルも搭載可能である。もうひとつは、ユーロファイターという航空機は発達途上の航空機であり、近代化改修を励行することで、将来的にも有力な抑止力となり得るのだが、近代化改修を重ねるということは、航空自衛隊や自衛隊の装備が最も苦手としている内容であるからだ、つまり、近代化改修のための予算が財務省では歓迎されないということ。
ユーロファイターに搭載されているECR90レーダーは、シーハリアーFA.Mk2用に開発されたブルーヴィクセンレーダーを発展させたもので、ドイツ空軍が運用するMiG-29を相手にシュミュレートした結果、良好な成果を出せたと伝えられる。ECR90は、戦闘機のような小型目標に対して185km、輸送機のような大型目標に対して370機を捕捉することが可能な性能を備えている。ECR90と火器管制装置は、同時に20目標を識別、8目標を捕捉し攻撃することが可能だ。空対地攻撃任務では、ドップラービームを絞って1㍍程度の目標を識別させる機能があり、高解像度のマッピング機能が備えられている。
ただし、このレーダーはアクティヴフューズドアレイレーダーではない。これは問題であるということで、第三期生産分(トランシェ3)から、アクティヴフューズドアレイ方式のAMSARレーダーが開発されている。このAMSARレーダーは、空対地任務での識別能力も、0.3㍍大のものに対応する程度に能力が向上されている。航空自衛隊がユーロファイターを導入する際には、途中からレーダーを換装するという近代化改修を前提とする必要があるのだ、比較的早い時期に。また、エンジンの出力も充分ではあるが、完ぺきではないEJ200エンジンに対して、出力を二割向上させたものが計画されており、2010年代に実用化される見通しである。
ユーロファイターは、米国製戦闘機と異なり、レーダーを使用しない運用を想定しているため、機体に前方赤外線監視装置(IRST)を搭載する。IRSTは、理想的な環境条件であれば距離50kmで最大200目標を識別できるというものだ。ただし、このIRSTの発達中のものであり、近代化改修を行う必要が出てくる。ユーロファイターは、F-22の防空能力に準じる制空戦闘機としての性能、F-35に求められた攻撃能力に準じた戦闘攻撃機としての性能を求めて開発されたものである。エンジン、レーダー、ともに将来的に近代化改修を盛り込めば、有用な機体なのだが、はたして日本が、これに対応しきれるか、近代化改修にも充分な予算をい配分させられる、という姿勢に財務省が転じ、防衛省もその必要性を認識し説明することが出来れば、理想的な機体である。???
日米同盟を考える、という視点の場合、次世代の次期戦闘機計画との関係を考えるべきだ。2001年の年末には、ベルギーのブリュッセルにて行われたイギリス、フランス、ドイツ、イタリア、スペイン、スウェーデンの六ヵ国国防相会談でタイフーン、ラファール、グリペンの後継機を模索する欧州技術取得計画(ETAP)を進める合意が為されており、同時にミラージュ2000、トーネードの後継機を開発する将来型攻勢用航空システム(FOAS)の共同開発を進めることが合意されている(蛇足ながら、この会議においてイギリスのBAEシステムズ社が、スウェーデンのサーブ社製グリペンの輸出に協力することが決定した)。この次世代戦闘機の開発を行う背景には、アメリカのボーイングやロッキード・マーティンに対抗し得る戦闘機を欧州共同で開発しよう、という構想とのことだ。
仮に、欧州機を航空自衛隊が選定した場合、将来的に最も必要な性能を有する戦闘機を、共同開発により入手することができる可能性を将来に残すこととなる。F-22の導入を日本が希望した際、最高度の機密情報が日本にいつも提供されるものではない、ということが浮き彫りとなった。選択肢を残す、という意味でも、欧州機を選定することに意義はあり、続いて欧州の戦闘機共同開発計画にアクセスする選択肢を残すならば、それは日米同盟をいうものを今一度考える機会となるかもしれない。
HARUNA
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