三菱重工元部長でコンサルタント会社社長が、脱税で逮捕され、同時に三菱重工時代に得たペトリオットミサイルPAC-3部品情報を商社へ漏洩させていたことが判明しました。同時にこのコンサルタント会社社長は頻繁に中国へ出張しており、コンサルタント料として中国企業からの報酬を得ていました。
国家の安全保障を考える上で、情報は極めて重要です。有事に際して敵が防衛装備品の無力化への問題点を突く際や、運用に関する装備定数や稼働率に関する実際の情報は人命に並ぶ重要さを持つと同時に、より戦略的には国家間関係、特に同盟国との関係に大きな打撃を与える場合、そして国家の危機管理能力に対し影響を与えることで抑止力を揺るがす事態も考えられるのです。2007年12月、米海軍からのイージス艦情報を漏洩したとして海自横須賀基地業務隊の3等海佐が逮捕される事案がありました。
イージス艦情報漏洩事件は初の日米相互防衛援助協定等に伴う秘密保護法違反容疑での逮捕となり、2008年には防衛省が浄閑を含め58名を処分、三佐は1審、2審とも有罪判決となりました。しかし、事件はそこで終わりませんでした。アメリカ政府は我が国の機密保全体制に不安があるとして、特に議会において最新装備の供与に対する懸念を表明、間接的には航空自衛隊がF-4戦闘機の後継機として導入する構想を出していた戦闘機F-22の日本供与が実質的に不可能となった瞬間でもあるのです。こうして次期戦闘機選定はF-22が調達不可能となったことで機種選定が難航し、今に至るところ。
防衛機密として隊員が懸命に情報保全に努めようとしても、その大元から流出してしまっては余りに酷すぎます。三菱重工業名古屋誘導推進システム製作所元資材部長で航空機情報コンサルタント会社マルチマネージメントシステム社長の山本彰一容疑者は、架空の経費を計上する手口を用いて2500万円を脱税したとして27日、名古屋地検特捜部に逮捕されました。マルチマネージメントシステム社は沖縄県恩納村に本社を置き、三菱重工業名古屋誘導推進システム製作所への納入情報を扱うと共に実姉が社長を務める菱親企画へコンサルタント料を支払う構図を採り、赤字経営を偽装し法人税支払いを免れる手法をとっていたとのことです。
問題はマルチマネージメントシステム社の収入源です。山本彰一容疑者は頻繁に中国やシンガポール、アメリカへ出張を繰り返しており、この海外出張において飲食代など必要経費として使った大量の領収書が発見されているのですが、同時にマルチマネージメントシステム社へ支払われたコンサルタント料は中国企業やアメリカ企業から数千万円規模に上っていたとされています。この情報の中に三菱重工の関係者から得たPAC-3部品情報が含まれていたことで、コンサルタント料を支払った中誤記企業に対しPAC-3の情報が含まれていたのではないか、という懸念が発生しました。これはあまり報じられていませんが小さな問題ではありません。
我が国防衛の観点からは、特にイージス艦情報漏えい事件の教訓が生かされていない、と言わざるを得ないでしょう。日米関係に少なからぬ影響を与えるからです。PAC-3,弾道ミサイル攻撃に際してペトリオットミサイルシステムから発射し、地表に着弾直前の弾道ミサイルの弾頭に直撃して破壊、核弾頭等を搭載したミサイルであっても起爆装置ごと破壊し作動不能状態に追い込む、我が国弾道ミサイル防衛の切り札的装備で、航空自衛隊は1999年のテポドンミサイル日本上空通過事案を契機に同級を決定、当初はアメリカからの輸入により装備を行っていましたが、整備性と稼働率向上を目的としてライセンス生産の実施が決定、三菱重工では2006年よりライセンス生産をおこなっています。
ライセンス生産に対し、今後アメリカが懸念を示すこととなれば、三菱重工に対しても多大な被害を与える危険性があります。そういうのも、ライセンス停止となった場合、国内での生産を行うことが出来なくなり、数百に及ぶ下請け企業の部品生産基盤と共にこれまで生産を行うために整備した工具類や製造機器が生産ラインごと使えなくなる可能性が生じるためです。生産計画の一方的停止は、たとえばAH-64D戦闘ヘリコプターの防衛省による一方的調達計画の縮小により防衛省の当初の調達計画に基づきライセンス生産を担当する富士重工が生産ラインや輸入部品として先行投資していた500億円が事実上使用不能となり、こうして数百億円の損害賠償請求を行った事案がり、今回は生産停止となればマルチマネージメントシステム社長の山本彰一容疑者により、三菱重工は数百億円の損害を被ることにもなるでしょう。
三菱重工はF-35のライセンス生産を行う主契約企業であり、第五世代戦闘機の高度な機密情報を扱う体制は十分に確立しているのか、という問題が生じます。この中でも今回のライセンス生産はF-2支援戦闘機生産終了後の我が国防衛航空産業基盤、これは同時に防衛計画の大綱により保有戦闘機に上限が加えられた中で少数作戦機を高稼働率にて運用するうえで必要な運用基盤を維持できるか否かを左右する問題でもあるのですが、この防衛航空産業基盤を維持する重要な転換点でもあるわけです。その三菱重工から情報が漏えい、しかも戦闘機を生産する小牧南工場と三菱重工業名古屋誘導推進システム製作所は同じ愛知県にて10kmほどの距離しか離れておらず、三菱重工から情報が漏えいしたペトリオットミサイルPAC-3と三菱重工がこれからライセンス生産を開始するF-35は同じロッキード社製、直接関係はありませんが、政治的に非常に悪い印象を与えることとなります。
現時点で必要なのは情報把握とアメリカへの完全な説明です。防衛副大臣は渡米し、可能であれば森本防衛大臣とパネッタ国防長官との日米防衛担当者会議を行う必要があるでしょう。情報を漏洩しないという立場でライセンス生産を締結し、その前提が破られたのですから、どうしても必要となります。重要なのは、第一にどの情報がどの部品データが流出した可能性があるのか、最大限見積もった場合の流出情報を提示し、これはペトリオットミサイルという装備システム体系全体にどういった影響を及ぼす可能性があるのかを策定するうえで必要な情報の提示です。ここは包み隠すことはあってはならず、率直に漏れた可能性のある部品情報を示す。第二にこの情報提示と共に再発防止に関する具体的な日米協議の実施を行うということ。
なお、絶対に避けなければならないのは情報保全体制を三菱重工に丸投げするということです。これは福島第一原発事故でも世界中から非難を集めたことで、忘れてはなりません。こういうのも、福島第一原発事故に際し我が国政府は東京電力の問題であるとして東京電力への政府としての原子炉停止への支援を提示しつつも、主体となるのは東京電力であり、政府として原子力事故は当事者や責任者ではなく、東京電力が当事者であり責任者、政府は関係ありません、という姿勢を取りました。今回の事案は角度こそ違いますが、情報保全体制は必要な法的措置や立法措置を含め、三菱重工の手に余る部分については日本国政府が矢面に立ち、今回の事案が我が国の防衛安全保障に直接影響しないような施策を短期的長期的含めて考え、行動してゆくことが求められるでしょう。
北大路機関:はるな
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