◆治安出動の状況下での復興支援
本日扱うのは自衛隊のハイチPKOについて。国連は治安部隊を求めているのですが、自衛隊は災害復旧の部隊を派遣するそうです。
もっと早くに部隊を派遣していれば、例えば震災二日後に、おおすみ型輸送艦を派遣していれば、もう既に到達して任務に当たっていることができたのでしょうし、瓦礫の下からの救助には各部隊が持つ人命救助システムが活躍、もっと早くにC-130で衛生部隊を派遣していれば多くの人を救えたでしょうけれども、自衛隊は震災後に本格的にパニックが起こり、治安が悪化した状況で派遣するということになってしまいました。
つまり地震直後の情勢が悪化する前、早い時期に何らかの対処を行っていれば行う必要の無かった、武器使用、ということを念頭に置かなければならないのですよね。首相判断の遅れという政府の失政で、救うべき被災者に武器とともに向かい合わなくてはならなくなった自衛隊。これについて考えます。
武器。いうまでもなく、治安任務が必要な地域へ自衛隊を送るのだから、状況によっては武器使用の可能性もあるわけです。自衛隊の施設部隊というのは、自活能力のある土建屋さんではなく、師団・旅団の施設は敵前で障害を実力で除去し、占領後は逆襲に備え防御陣地を構築する戦闘工兵です。
方面隊直轄の施設部隊は、方面隊隷下の師団や旅団が所要の任務を達成できるよう支援することが任務とされており、野戦築城から補給路の維持までを担う建設工兵、歴とした戦闘支援職種です。災害時はその高い能力の一端を民生復旧に供しているのですが、本業は戦闘支援であるわけだ。
ハイチ地震の犠牲者は15万名という空前の規模に達しようとしている。インド洋地震スマトラ島津波災害、中国四川省地震と並ぶ激甚災害となったが、温暖な気候が幸いし、凍死者というような状況には至っていない。また、瓦礫の下からの奇跡的な生存者の一報も多少は報じられ、凶報のなかの一筋の光明として挙げたい。
さて、今回の地震にたいして、日本の対応は地震国であり、十五年前に阪神大震災が人口密集地神戸を襲い、多大な犠牲者を出した教訓があり、近年も幾度と無く国土を地震の災厄蹂躙され、その恐ろしさと早期の救援がなによりも重要であるということを経験的に知りつつも、現政権の対応は残念ながら遅きに失したといわざるを得ない状況で、見かねた野党自民党が旧与党としての責任感から、早期に緊急人道支援としてハイチへの災害派遣を要請する異例の事態となったのは記憶に新しい。
現在、広島県海田市駐屯地に司令部をおく第13旅団を中心に編成された国際緊急人道支援部隊が医療支援を実施中で、外報などによる現地情報では、既に地震にともなう建築物の倒壊などで骨折、複雑骨折などの重傷を負った負傷者の少なくない数が化膿し壊疽という状況、つまり対処の遅れにより、残念ながら手足を切断しなければ命を救うことができない、という状況に陥っているということだ。なるほど、外報では、そうした映像がありますのでご注意くださいと促す旨の断りが繰り返されており、仕方ないにしてももう少し早ければ、と思わずに入られない状況ではある。
さて、こうした状況に際して、鳩山政権は国連が求めているハイチPKOへ陸上自衛隊の派遣を決定した。350名の部隊派遣を検討中とのことで、施設科部隊を中心に編成、首都近郊での道路復旧やインフラ再生に関する任務に就くとのこと。派遣期間は六ヶ月が見込まれており、派遣部隊に関する明確な提示はないが、恐らく中央即応集団隷下部隊と、現在待機部隊に指定されている第13旅団、そして大久保駐屯地に駐屯する中部方面隊直轄の第4施設団を中心とした部隊が編成され派遣されるのではないかと考えられる。
しかし、注意しなくてはならないのは、今回、国連が派遣を求めているのはPKO部隊でも、陸上自衛隊がこれまでに実績が多数ある復興人道支援任務としての道路やインフラの復興ではなく、悪化する治安に対する対応としての治安任務部隊の派遣を求めている、ということである。というのも、現地ではハイチ復興のPKO部隊が地震により指揮官が死亡し、多くの要員も犠牲となったり行方不明となっている状況であり、当然、ハイチの警察機構も大きな打撃を受け、再建中という状況にある。
従って、治安状況は甚だ悪い状況にあり、結果、国連はPKO部隊として、治安任務にあたる部隊を各国に要請する形となってしまった。日本では大規模災害に際しても、少なくとも今日までは、被災地への救援は比較的短期間に実施され、例えば阪神大震災に際しても、災害要請が、兵庫県知事のひたすら自宅前で公用車の到着を待ち、派遣要請が遅れたことで遅い遅いと非難された陸上自衛隊の災害派遣も一両日中に実施されている。こうした社会基盤の復旧の早さが暴動のような状況に陥ることを抑制しているといえる一方で、ハイチにはその能力がなかったことで今日の状況に至っている。
治安状況の悪化は一部報道にあるような刑務所の倒壊による脱獄囚に起因するものも少なからずあるのだろうけれども、現時点で全ての被災者に充分な物資が行き届かないという現実がある。結果、多くの一般市民がやむを得ず生存権を守るために行う行動が治安の悪化をまねいている、という構図になる。今回の鳩山政権による陸上自衛隊の派遣は、インフラ復旧作業の実施に主眼をおいて行われるとのことだが、治安が悪化している地域では、好むと好まざるとに関わらず、状況を単なる災害派遣の延長としてみるのではなく、部隊の自衛のために小銃を構えるという状況も想定しておかなければならない。被災者に銃口を向けなくてはならないほどの状況が悪化しているというわけだ。
それよりも、工兵部隊はどの程度、現地で需要があるのかということを考え、果たして今の段階になって、PKOとして陸上自衛隊を、本来の治安任務ではなく、復旧で派遣することの意義がどの程度あるのか、ということは考えなければならない。特に、復旧から復興に転換する瞬間は、むしろ現地の需要は、資金援助の方が重要なのではないか、と考える次第。自衛隊が必要とされるのが災害時における復旧であり、復興は住民の努力により成し遂げられるものだからだ。もちろん、ハイチ政府が必要とするのであれば、輸送艦の派遣や、施設科部隊の派遣などは行うべきであるし、輸送機や輸送ヘリコプターの派遣も為されて然るべきなのだけれども、その重点は復興資金の援助、ODAというかたちでの国家再建への協力、ということに重点をおくべきなのではないだろうか。他方、今の連立与党には自衛隊の派遣に懐疑的な政党勢力も含まれているのだが、治安出動に近い状況下である。まさか非武装で、というような意味不明な発言はでないように願いたい次第。
HARUNA
(本ブログに掲載された本文及び写真は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)