◆日本の空母構想とともに考える
イギリス海軍は、二隻を建造する正規空母クイーンエリザベス級のうち、一隻の調達を断念するとのことだ。国防予算圧縮と、空母単価20億ポンドに対して、艦載機であるF-35Bの単価が1億ポンドにまで高騰したことが、その背景にある。
海上自衛隊は、ひゅうが型に続く19500㌧型護衛艦(22DDH)の建造が22年度防衛予算に盛り込まれ順風満帆、ヘリコプター搭載護衛艦四隻の全通飛行甲板型護衛艦化への新しい一歩を進めたが、対して、全通飛行甲板巡洋艦インヴィンシブル級三隻を二隻のクイーンエリザベス級正規空母に置き換えようと計画中のイギリス海軍は、突如現れた大きな暗礁を前にその計画はとん挫しつつある。クイーンエリザベス級二隻のうち、一隻の調達を断念した旨、報じられた。10月25日のタイムズ紙に報じられ、世界の艦船に掲載されていたのだが、BBCでも報じられていたと聞き、少し遅くなったものと反省しつつも掲載。
クイーンエリザベス級は、一番艦クイーンエリザベス、二番艦プリンスオブウェールズが建造される計画で、満載排水量は65000㌧、全長284㍍、幅39㍍。ガスタービンエンジンやディーゼルエンジンを搭載しての統合電気推進方式を採用しており、二つの艦橋を有する独特の形状を有する航空母艦として設計、S1850M長距離捜索レーダーとサンプソン多機能レーダーを搭載する大型艦で、45型ミサイル駆逐艦デアリング級とともに機動部隊を編成することとなっている。搭載する艦載機はステルス機であり垂直離着陸も可能なF-35Bで、マーリン哨戒ヘリコプターなど40機を搭載する計画である。65000㌧といえば、ニミッツ級原子力空母ほどではないものの、英海軍史上空前の大型艦ということになる。
イギリスの空母建造計画は、日本にも航空母艦、それも正規空母を導入できるのではないか、という期待をもたらせた。何故ならイギリスの国防費は2007年の時点で551億ドル、GDPは2兆4300億㌦。日本は、防衛費411億㌦でGDPは4兆5600億㌦であるので、国力的には可能であり、しかもイギリスのような戦略核戦力整備に関する費用は防衛予算からはねん出せずに通常戦力の充実に振り向けられるため、イギリスが正規空母を保有できるのであれば、海上自衛隊も、という期待感を日本も持つことができた訳だ。
しかし、英海軍の空母建造計画を大きく悩ませたのは、艦載機として調達する国際共同開発のF-35が開発難航という状況に陥っており、現時点で見積もり価格は一機あたり9000万ポンド、更に開発は難航しているため、単価が1億ポンドに達するとみられている。これがクイーンエリザベス級の建造に大きな影響を与えることになる。クイーンエリザベス級は、現在こそF-35を搭載すると決定しているものの、1999年の段階では、艦載機候補にJSFとしてX-32かX-35(現在のF-35)が提案されているほか、ユーロファイタータイフーン艦載型、それに米海軍の空母艦載機F/A-18などの搭載が検討されていた。JSF計画が空中分解した場合の保険としてイギリスはBAE-REPLICA計画という独自のハリアー後継機技術研究もおこなっており、1999年まで計画が進められていたという。候補の機体の中でJSFがもっとも将来有望と考えられ、イギリスの将来空母の能力を大きく高めることができるとの判断から為されたのだが、JSF計画とともに開発されたF-35は、国際共同開発は難航するという手本を示しているほどの状況となっている。
F-35,航空自衛隊では、F-22の導入が難しくなったことから、未だ開発中の機体であるにもかかわらず候補に挙がっている航空機だが、高い高いといわれたF-2支援戦闘機の二倍近い1億ポンドに達するだろうという状況、加えて開発費負担を含めれば単価はより高くなるので、艦載機の価格高騰を見積もることができなかったことが、艦載機を運用する航空母艦の建造計画に大きな影響を与えることとなってしまったわけだ。しかし、もうひとつ、垂直離着陸型のF-35Bを搭載するという一方で、何故65000㌧という建造費が増大する大型艦を建造する計画としたのか、ということになる。
JSF計画と同時期に新空母計画を進めているイギリス海軍も、空母艦載機は2000年代まで未知数のまま計画されており、F-35の搭載が決定したのちも、固定翼艦載機F-35Cか、垂直離着陸が可能なF-35Bか、議論はあったとのことだ。どちらでもよさそうなものだが、F-35Cを運用するのであれば、蒸気カタパルトのような発艦補助装置が必要となり、もちろんカタパルトを搭載すれば、ラファールでもF/A-18でも運用できるのだが、コストや整備作業が大型化する難点がある。他方、F-35Bであれば、カタパルトは不要となるのだが、垂直離着陸機でなければ運用が難しくなる。
しかし、JSF計画が、ここまで難航するということはイギリスも想像できなかったのだろう、欧州共同開発というかたちをとっているユーロファイターが比較的成功裏に開発が進んだのだが、JSF計画は、アメリカが関与したステルス戦闘機ということもあり、そこに各国が必要な仕様を盛り込んだため重量が過大化し、構造重量は大きく、開発プロジェクトは技術者の出入りが多くなる国際共同開発のマイナス面が露呈したかたちとなった。イギリスは、アメリカに次ぐJSF計画の出資国であり、いまさら計画から退くことが出来ない状況、せめて空軍の制空戦闘機にはユーロファイタータイフーンが生産されているため万事休すの状況ではないものの、海軍の空母艦載機には、老朽化が始まっているハリアーの後継機となる垂直離着陸機、つまりF-35Bが不可欠となっている状況だ。カタパルトさえ装備していれば、F/A-18あたりでも採用していれば、無難に完成していたのに、と考える人も、イギリスに少なからずいるのだろうか。
それにしても、繰り返すが、E-2Cのような早期警戒機を搭載する訳でもなく、65000㌧という大型空母にまとめたことでクイーンエリザベス級は建造費が高くなり、3隻のインヴィンシブル級軽空母、そして場合によっては大型のコマンドー空母オーシャンも含め4隻の後継を2隻で対応するという綱渡りを強いることになってしまったわけだ。もう少し小型の空母を4隻、という建造方針としておけば、現在のようにF-35の計画が遅延し調達費が高騰して、建造費を半数に抑える必要が生じたとしても、2隻は建造することができたはずだ。
ここで一つ考えなくてはならないのは、基準排水量16000㌧のインヴィンシブル級軽空母三隻の後継として、65000㌧型の正規空母を建造することとした英海軍だが、垂直離着陸が可能なF-35Bを運用すると決定した時点で、果たして65000㌧の大型空母の建造に拘る必然性はあったのか、ということを真剣に再検討するべきであったということだ。海上自衛隊の13900㌧の、ひゅうが型や19500㌧型護衛艦と比べれば建造費は三倍前後となるクイーンエリザベス級空母、しかしF-35Bを海上自衛隊の護衛艦が搭載したと仮定すれば、2隻の護衛艦と1隻のクイーンエリザベス級とで比較すれば運用の柔軟性は、日本の方式の方が利点が多いのではないだろうか。
もうひとつ、艦載機ありきの空母計画というものは、如何にリスクが大きいか、ということを端的に示しているようにも思えてくる。ただし、65000㌧のクイーンエリザベス級は、将来発展性という意味では19500㌧型護衛艦にF-35Bを搭載する場合よりも利点を有する。クイーンエリザベス級は、2050年代まで、長ければ2060年代まで現役に留まることが考えられるのだが、2060年代までには当然、F-35の後継機が開発される時期でもあり、将来、垂直離着陸機ではなく、従来型の艦載機しか、開発が行われなかった場合でも、65000㌧の船体は、カタパルトの追加装備なども、技術的に行うことができるだろう。
さて、空母二隻は何としても建造したい、というのがイギリス海軍。海上自衛隊の海外派遣でも話題となるローテーションの問題や、空母にかなりの予算を注力できるという関係が背景にある。イギリス本土は、NATOとの集団安全保障により、直接着上陸を受けてロンドンが陥落する、という状況は考えられず、しかも、フォークランド紛争の際のように、イギリスが対外軍事行動を展開する際に北大西洋条約五条に基づく集団的自衛権の行使という位置づけのもとで軍事行動を行えばNATOからの後方支援を受けることも出来るため、後方支援や本土防衛のかなりの部分をNATOに依存することができる。このため、航空母艦建造の優先度を、上位とすることが可能なわけだ。
他方で、航空母艦で無ければ遂行できない遠隔地での任務を考えれば、空母の建造にかなりの注力が可能となるわけである。しかし、空母はフネ、フネは、定期的にドックに入り重整備を行う必要がある。重整備には数カ月を要するもので、保有空母が一隻であれば、空母が重整備に入っている期間、運用できる空母が全くない状況が数ヶ月間続くこととなる。もっとも、フォークランド紛争では、イギリス最後の正規空母アークロイアルが1980年に解体されたのちに1982年勃発しており、一隻がドックに入っていても、抑止力は行使できるようだが、抑止力よりは予防外交として急きょ必要になる場合もある、なんとなれ一概にはいえないのだが。
対して、日本がクイーンエリザベス級のような正規空母を建造しようとした場合、まず、日米安全保障条約はあるのだが、日本本土防衛は基本的に自衛隊が担当する本来任務となっており、後方支援なども同盟国に依存することは出来ないという日本の国情を配慮しなくてはならない。加えて、ロシア・中国という日本周辺国との国際関係は、クイーンエリザベス級を建造するイギリスの隣国、フランスやスペイン、ノルウェーとの間の関係ほど良好ではなく、本土防衛というものについて、日本は充分対応できる程度の防衛力を整備しなくてはならず、航空母艦を本土防衛以上に優先することは出来るわけではない。
さて、F-35の高騰により正規空母二隻体制の実現はイギリス国内でも難しいとして認識されるにいたった。そこで最初に英海軍が検討したのは、二隻の空母を建造し、一隻を正規空母として運用、もう一隻には固定翼機を搭載しないコマンドー空母とする案である。F-35Bは垂直離着陸が可能なので、正規空母がドックに入渠していても、コマンド空母にF-35Bを搭載すれば正規空母として運用することができるということだ。こうすることで、イギリスが導入する138機のF-35B調達計画を50機にまで削減できる、という論法だ。蛇足だが小生友人の提案、F-35全部諦めて138億ポンドを浮かせて一隻20億ポンドのクイーンエリザベス級を6隻建造して、18億ポンドでハリアー改修と足りない部分はジュギュアでも搭載する、という選択肢をイギリス海軍が検討しているという事実は、ない。
二隻のクイーンエリザベス級を建造したとしても、その両方をイギリス海軍が運用するのではなく、海外に売却する、という選択肢も検討されているという。この中で興味を示しているとされているのはインド海軍で、国産空母に加えてイギリスから正規空母を導入するという構想は、国産空母艦載機であるMiG-29に加え、次期艦載機としてF/A-18とラファールを検討しているという情報と結び付けて考えることができる。フランス海軍の次期正規空母PA-2とクイーンエリザベス級は、設計で共通性があり、ラファールの運用も現実的に考えられるものだ。
20億ポンドという建造費は、しかし、海上自衛隊とすれば、こんごう型イージス艦の2.5倍。乗員の確保という問題もあるのだが、海上自衛隊でも、多少の予算的措置を踏まえれば、なんとか現実的に導入することもできる可能性はある。かつて、ドレットノートショックにより保有する戦艦が一気に旧式化した日本海軍が、最新鋭の技術を導入するべく、国産艦から再度イギリスに巡洋戦艦金剛を発注し、これをもとに榛名、霧島、比叡を建造したように、航空自衛隊がラファールを導入、海上自衛隊の空母艦上で運用する、という想像も楽しいのだが、やはり冷静に考えると現在の予算体系や人員規模では難しいのかもしれない。
二隻のクイーンエリザベス級は、設計コストなどを含め50億ポンドの建造計画となっており、既に計画コストの半分以上は支払われている状態。40年以上の現役運用を想定していることからイギリス海軍の21世紀を左右させる一大建造計画ではあるのだが、相当の無理を越えての計画となりそうである。海上自衛隊としては、イギリスに倣い大型空母の建造に向かうというよりも、現状の素晴らしい全通飛行甲板型ヘリコプター搭載護衛艦を多数整備する方向で検討したほうが、現実的なのかもしれない。もっとも、艦載機はF-35よりも、ハリアーをライセンス生産で再生産した方が無難ではありそうなのだが、どうだろうか。
HARUNA
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