◆CH-47部隊のアフリカ派遣は困難
陸上自衛隊はスーダンPKOに要員を数名派遣していますが、続いて実施が検討されていた輸送ヘリコプターの派遣について、現地調査を行った結果、困難であるとの結論が出されました。
過去には自衛隊PKO派遣について、外務省を中心に派遣を強く望む声に押され、果たして大丈夫なのか、という状況で投入された事もありました。PKO派遣は90年代初頭に、日本が国連安保理常任理事国に入るために必須事項、と考えられていたことから、国益全体を考え、無理を通せざるを得ない事もあったのですが、今回は防衛省の判断はどう政治に反映されるのでしょうか、日経新聞からの引用です。
スーダンPKO,ヘリ部隊派遣は困難 防衛省 2010/6/18 1824 防衛省はスーダン南部で展開中の国連平和維持活動(PKO)スーダン派遣団(UNMIS)への陸上自衛隊ヘリコプター部隊の派遣について、費用や治安情勢から困難との検討結果を外務省などに伝えた。来年1月に予定される南部の分離独立を問う住民投票で、投票箱などを輸送する可能性を検討していた。防衛省の意見を踏まえ、政府として派遣の是非を判断する。http://www.nikkei.com/news/category/article/g=96958A9C93819481E3EAE2E3948DE3EAE2E4E0E2E3E2E2E2E2E2E2E2;at=ALL
アフリカ中部、エジプトの南側にあるスーダンは1955年から北部のアラブ系イスラム教徒と南部の黒人のキリスト教徒との間で内戦を続けていて、1972年に停戦合意が一度は成り立ったのですが1983年から再燃、分離独立を認めるか一国を維持するかで争われています。今回投票の是非が問われるのは南部の独立なのですが、西部でも内戦状態が起きていて、騎馬で武装した民兵との間での戦闘や民族浄化が行われました。
ダルフール紛争と呼ばれるこちらも既に200万の犠牲者が出ており、スーダンの不安定化要素の一つとして挙げられています。では、何故日本がアフリカの紛争に介入するのか、という位置づけを見てみましょう。ダルフール紛争においてスーダン政府が武装勢力による民族浄化を止めず一部では容認する動きがあったという事で世界的な非難を招き、人権抑圧国家としてスーダンは認識されるようになりました。
基本的に日本を含む欧米諸国は人権抑圧国家との交易を行いませんので、スーダンとの投資や輸出入の関係は非常肉薄です。しかし、スーダンは多くの石油埋蔵量を誇り、レアメタル鉱山を国土に有する天然資源豊かな国です。人権抑圧国家とうはこうしたモノの取引は出来ない、という欧米をしり目に、ここで中国が天然資源を獲得する外交政策を実施しています。
逆に治安が安定化すれば欧米が参入してくるので、治安回復を中国が望んでいないとも取れる行動を過去に行い、こちらも非難を招いたのですが、非難される以上に得るものが大きい、という事でこの政策は続けられています。それならば、欧米も取引できるように、スーダンを人権抑圧国家から普通の国家へ、という事が一つ背景にある訳です。直接的にダルフールへ介入することは出来ないのですが、長い南北の内戦を解決する一助となれば、という姿勢がある訳ですね。
南部は独立するべきか否か、これを図るには選挙しかありませんが、独立に反対して半世紀以上内戦を続けてきたスーダン政府が選挙を行えば、結果は見えていますので国連主導の選挙監視団を編成して、国際社会が見守るもとで選挙を行おう、という流れが現在の状況です。しかし、スーダンは広く道路状況も完全ではありません。万一投票箱が一つでも襲撃されて奪取されては大変、という事で投票箱をヘリコプターで空輸するので自衛隊の支援を受けられないか、という流れになった訳です。
陸上自衛隊にはヘリコプターが多数配備されています。なにせ、日本列島をヨーロッパにスライドしてみますと、周りは陸軍国ばかり、そこに稚内がスイスのベルン、南西諸島南端がだいたい大西洋アフリカ沖のカナリア諸島に来るぐらいという広大なそして山が多い領土を、それこそ15万前後の陸上自衛隊員で守らなくてはなりませんので、ヘリコプターでの機動力をある程度重視した編成を採ってきました。
陸上自衛隊ですが、偵察と観測が主任務で数人が乗れるOH-6Dやこちらは偵察が主任務ですがOH-1といった観測ヘリコプターがだいたい180機、十数人が乗れて移動や物資輸送、機関銃を搭載して掃討にも使えるUH-1J/HやUH-60JAといった多用途ヘリコプターがだいたい150機、戦車を攻撃して阻止したり地上部隊の火力支援も行えるAH-1SやAH-64Dといった対戦車/戦闘ヘリコプターがほぼ100機、そして数十人が乗れて装甲車や砲の空輸が可能なCH-47J/JA輸送ヘリコプターがだいたい50機、配備されています。
このなかでローターが二つ搭載されている大型のCH-47J/JAは取得費用、運用費用共に高く、日本のように50機も運用している国は非常に限られています。韓国は54万もの陸軍をもつ陸軍国ですが、その韓国でも十数機、アメリカとイギリスと、幾つかの国は日本と同じか、米軍のように日本以上に持っていますが、アメリカはアフガン作戦でヘリが不足して防衛省にヘリを貸してくれ、とお願いしたほどに不足している状況。イギリスも同様です。
こうしたなかで、CH-47JAはもともとアメリカのボーイング社の機体なのですが、日本では川崎重工がライセンス生産を行っていて、日本で予備部品を調達できますし、機体の構造も熟知していますので、整備から補給、運用まで高い稼働率で行う事が出来ます。イギリスなんかでは輸入した機体が中々イギリス軍の運用規格と合致しない部分があり、一部が倉庫に保管されたりしていますが日本のCH-47J/JAはこうした心配はいりません。それが50機、これをPKO支援に充ててほしい、と国連から要望があり、調査を行った訳です。
防衛省はその可能性について調査を行ったのですが、第一にスーダンまでの距離が大きすぎ、CH-47JAを運用する体制をバックアップするだけの輸送能力が、基本的に日本列島周辺を任務範囲として部隊を編成してきた自衛隊には充分ではない、という一点と治安面での問題から、ヘリコプターの派遣は不可能である、という結論に至ったようです。
派遣するというのならば、一機だけという訳にはいかないでしょう。ヘリコプターというと、自由に飛べて何処までも行くことが出来、滑走路が無くとも着陸できる、という印象はあるのですが、これを組織的に運用しようとしますと、燃料から予備部品までの補給が膨大なものとなります。そしてスーダンの国土は広大ですから、一か所だけに整備や補給の拠点を置けばいい、というものではなく、整備に必要な機材や車両を輸送するのはままならない、と考えられた訳です。
任務を行うのが紅海に面したスーダン北部なら海上自衛隊の輸送艦やヘリコプター搭載護衛艦からヘリコプターを運用することが出来たでしょうし、現在試験中のXC-2輸送機のような、遠くまで最大38㌧という多くのものを輸送できる機体が50機程度あれば、また話は違ったのでしょうが、頑張って20㌧ちょっとを輸送できるC-130H輸送機が十数機、現状ではヘリコプター部隊を支えるだけの物資を空輸するのは不可能です。民間チャーター機を借り上げるという面では費用面で不可能となります。
そして治安の問題があります。スーダン陸軍は生起湯その他との交易で中国から多くの兵器を購入していて、中には99式戦車をライセンス生産したものまで装備しています。万一の事があれば、それこそ陸上自衛隊も相応の装備を以て臨まなければ大きな損害を被ることも考えられます。
飛行場の警備、という程度でしたらば現在、海賊対処任務として海上自衛隊のP-3C哨戒機がジプチ共和国に展開していて、警備に陸上自衛隊の中央即応連隊も参加しているのですけれども、半世紀以上続いた内戦の原因を取り除くための独立の是非を問う、歴史の転換点となる選挙ですので、情勢が突如悪化した場合の事も考えねばなりません。
派遣したヘリコプターに何らかのトラブルが生じて不時着するような状況があった際に、救出できるような体制を構築しなければなりませんし、投票箱を輸送中に襲撃を受けた場合にはどのようにして対処するのか、という事も現行法でどういう位置づけで行われるのか、という事は未知数です。
専守防衛を国是として編成された自衛隊、当然アフリカの紛争地にヘリコプター部隊を派遣する、という事には、対応した編成ではありません。中央即応集団として国際任務を念頭に置いた部隊を編成はしましたが、自衛隊の多くの部隊の編成を見る限り、は専守防衛を達成するための集団である訳です。
今回の検討も多数の民間貨物機をチャーターして空輸能力の不足を補い、戦闘ヘリコプターや装甲車など最大限の装備を携行させ、実施すれば不可能ではなかったのでしょうが、現状では困難だ、と防衛省から見解が出された訳です。もちろん、特別に予算を組み、実施すればやってやれない事も無いのでしょうが、専守防衛の日本では現状ではスーダンは遠く、危険、と判断された訳で、政治はこれにどう応じるのか、注視してゆきたいです。
HARUNA
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