■本日は芦屋航空祭
芦屋航空祭が行われる本日ですので芦屋基地が舞台の映画の話題などをひとつ。That others may live、映画はこの“他を生かすために”という部隊マークから始まる。
あしやからの飛行-Flight from Ashiya1964アメリカ映画。本日、芦屋基地航空祭が開催されます。航空自衛隊を描いた映画作品は数多いのですが、こちらは在日アメリカ軍の航空救難部隊を主役とした映画作品です。芦屋基地航空祭に行こうという方も来年にしておこうかなという方も、ちょっとお勧めの映画です。昔の芦屋の街並みも描かれて。
US-2飛行艇を筆頭に、いまでこそ航空救難といえば航空自衛隊と海上自衛隊の十八番ではあるのですが、その創設は1961年、自衛隊発足よりかなり後だ。例えば1959年伊勢湾台風はヘリコプターが災害派遣された最初の大災害でしたが、当時自衛隊ヘリコプターは準備隊や実験隊をかき集め派遣した状況、実任務はアメリカ軍頼りとしていた。
UAユナイテッドアーティスツ社が日本の大映と共同制作した日米合作映画で、リチャードウィドマークにユルブリンナーといった西部劇やアクション映画の名優を軸に、航空自衛隊芦屋基地と、返還前のアメリカ空軍立川基地など、在日米軍の全面協力で撮影され、S-55ヘリコプターなど特撮映像とともに航空救難の厳しさと勇気を描いている。
映画の流れは簡単です、グラマンHU-16アルバトロス飛行艇を駆使する航空救難部隊が芦屋基地を起点に任務にあたっており、しかし映画冒頭の任務は日本の貨客船がフィリピン沖を暴風下で航行中に大破沈没、生存者救出に夜間を暴風の中に出動要請を受けるという、今の視点で見ても結構難易度の高い任務を任されるのです。ほかに救助の手段はない。
厳しい波浪と気象条件での海上救助、しかし登場人物には一人ひとり難しい過去を背負っているという展開で。日本が舞台の作品ですが、なにしろ1960年代の作品で米軍士官には第二次大戦の経験、厳しい経験を残すものも多く日系二世の救難員と救難機操縦士の確執というようなものも描かれる。救難員が着水前に落下傘降下するのは今と同じ。
HU-16アルバトロス飛行艇のクルーは日本分員の前に欧州でS-55救難ヘリコプターの航空部隊に所属していたのですが、機体の性能の限界が一刻を争う事態に対応する性能の限界を超えていて、掬えたかもしれない命が大量に目の前で失われるという苦しい経験を積んでいて、その後に芦屋基地へ機種転換の上で着任する、という。
S-55ヘリコプターの難しさは昔HSS-2ヘリコプターを飛ばしていた航空隊司令の方に、先輩から聞いたという話をお聞かせいただいたことがあり、ほんとうに純粋な機械を微調整が操縦士の経験と技術で支えられているという、HSS-2のような簡単に飛ばせる機材とは違うといわれたという。SH-60J操縦士の方がHSS-2を同じように表現するが。
HU-16アルバトロス飛行艇は、外洋発着能力を有する飛行艇なのですが、当然波浪のある海域に着水するには今の新明和US-2飛行艇とはけた違いの危険性とともに機長の判断が求められるところで、要救助者が目の前に居るが、着水して機体は大丈夫なのか、自らが死んでは任務遂行は出来ない、という究極の判断を迫られる描写があります。
映画ではこうした中で、目の前の想定外が連続する中で、一人一人が過去の苦い経験や悲しい出来事を思い出す回想シーンを挟んで、思い切った決断に臨み、また声明を左右する状況にまた過去の、という場面の転換を挟んで救難任務に臨みます。これ、見方によっては場面転換が急すぎてついていけない方もでてくるのかもしれないのだけれども。
常総市鬼怒川水害と能登半島豪雨のヘリコプターによる救難、有名テレビキャスターが遭難した太平洋横断ヨット遭難事故のUS-2飛行艇による救難、航空救難を描いた作品は日本では“よみがえる空”がテレビアニメーションや実写映画で有名となりましたけれども、このほかには意外に少なく、実機を用いた丁寧な描写の本作は貴重といえましょう。
芦屋基地航空祭では、芦屋救難隊の救難飛行展示も予定されていますが、航空救難の難しさと一瞬の判断が本当に多くの生命を左右するという重圧、充分では無い器材の性能と数に求められる勇気など、お勧めの映画です。また実機も多数が登場するのですが、特撮は大映が後にガメラを創る原動力になったという、意外な副次効果もあるのです。
HU-16アルバトロス飛行艇、なおこの助演というべきHU-16アルバトロス飛行艇は海上自衛隊にも供与され大村航空隊で運用されていまして、戦時中に二式大型飛行艇を製造した川西飛行機の後身である新明和工業が、いまのUS-2救難飛行艇に繋がるPS-1対潜飛行艇を設計したという歴史もありますので、そういった意味でもお勧めしたい。
北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ まや
(本ブログに掲載された本文及び写真は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)
(本ブログ引用時は記事は出典明示・写真は北大路機関ロゴタイプ維持を求め、その他は無断転載と見做す)
(第二北大路機関: http://harunakurama.blog10.fc2.com/記事補完-投稿応答-時事備忘録をあわせてお読みください)
芦屋航空祭が行われる本日ですので芦屋基地が舞台の映画の話題などをひとつ。That others may live、映画はこの“他を生かすために”という部隊マークから始まる。
あしやからの飛行-Flight from Ashiya1964アメリカ映画。本日、芦屋基地航空祭が開催されます。航空自衛隊を描いた映画作品は数多いのですが、こちらは在日アメリカ軍の航空救難部隊を主役とした映画作品です。芦屋基地航空祭に行こうという方も来年にしておこうかなという方も、ちょっとお勧めの映画です。昔の芦屋の街並みも描かれて。
US-2飛行艇を筆頭に、いまでこそ航空救難といえば航空自衛隊と海上自衛隊の十八番ではあるのですが、その創設は1961年、自衛隊発足よりかなり後だ。例えば1959年伊勢湾台風はヘリコプターが災害派遣された最初の大災害でしたが、当時自衛隊ヘリコプターは準備隊や実験隊をかき集め派遣した状況、実任務はアメリカ軍頼りとしていた。
UAユナイテッドアーティスツ社が日本の大映と共同制作した日米合作映画で、リチャードウィドマークにユルブリンナーといった西部劇やアクション映画の名優を軸に、航空自衛隊芦屋基地と、返還前のアメリカ空軍立川基地など、在日米軍の全面協力で撮影され、S-55ヘリコプターなど特撮映像とともに航空救難の厳しさと勇気を描いている。
映画の流れは簡単です、グラマンHU-16アルバトロス飛行艇を駆使する航空救難部隊が芦屋基地を起点に任務にあたっており、しかし映画冒頭の任務は日本の貨客船がフィリピン沖を暴風下で航行中に大破沈没、生存者救出に夜間を暴風の中に出動要請を受けるという、今の視点で見ても結構難易度の高い任務を任されるのです。ほかに救助の手段はない。
厳しい波浪と気象条件での海上救助、しかし登場人物には一人ひとり難しい過去を背負っているという展開で。日本が舞台の作品ですが、なにしろ1960年代の作品で米軍士官には第二次大戦の経験、厳しい経験を残すものも多く日系二世の救難員と救難機操縦士の確執というようなものも描かれる。救難員が着水前に落下傘降下するのは今と同じ。
HU-16アルバトロス飛行艇のクルーは日本分員の前に欧州でS-55救難ヘリコプターの航空部隊に所属していたのですが、機体の性能の限界が一刻を争う事態に対応する性能の限界を超えていて、掬えたかもしれない命が大量に目の前で失われるという苦しい経験を積んでいて、その後に芦屋基地へ機種転換の上で着任する、という。
S-55ヘリコプターの難しさは昔HSS-2ヘリコプターを飛ばしていた航空隊司令の方に、先輩から聞いたという話をお聞かせいただいたことがあり、ほんとうに純粋な機械を微調整が操縦士の経験と技術で支えられているという、HSS-2のような簡単に飛ばせる機材とは違うといわれたという。SH-60J操縦士の方がHSS-2を同じように表現するが。
HU-16アルバトロス飛行艇は、外洋発着能力を有する飛行艇なのですが、当然波浪のある海域に着水するには今の新明和US-2飛行艇とはけた違いの危険性とともに機長の判断が求められるところで、要救助者が目の前に居るが、着水して機体は大丈夫なのか、自らが死んでは任務遂行は出来ない、という究極の判断を迫られる描写があります。
映画ではこうした中で、目の前の想定外が連続する中で、一人一人が過去の苦い経験や悲しい出来事を思い出す回想シーンを挟んで、思い切った決断に臨み、また声明を左右する状況にまた過去の、という場面の転換を挟んで救難任務に臨みます。これ、見方によっては場面転換が急すぎてついていけない方もでてくるのかもしれないのだけれども。
常総市鬼怒川水害と能登半島豪雨のヘリコプターによる救難、有名テレビキャスターが遭難した太平洋横断ヨット遭難事故のUS-2飛行艇による救難、航空救難を描いた作品は日本では“よみがえる空”がテレビアニメーションや実写映画で有名となりましたけれども、このほかには意外に少なく、実機を用いた丁寧な描写の本作は貴重といえましょう。
芦屋基地航空祭では、芦屋救難隊の救難飛行展示も予定されていますが、航空救難の難しさと一瞬の判断が本当に多くの生命を左右するという重圧、充分では無い器材の性能と数に求められる勇気など、お勧めの映画です。また実機も多数が登場するのですが、特撮は大映が後にガメラを創る原動力になったという、意外な副次効果もあるのです。
HU-16アルバトロス飛行艇、なおこの助演というべきHU-16アルバトロス飛行艇は海上自衛隊にも供与され大村航空隊で運用されていまして、戦時中に二式大型飛行艇を製造した川西飛行機の後身である新明和工業が、いまのUS-2救難飛行艇に繋がるPS-1対潜飛行艇を設計したという歴史もありますので、そういった意味でもお勧めしたい。
北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ まや
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