■ファントム定期整備完了
岐阜基地航空祭はいよいよ今週末です。そこで岐阜基地の美しい戦闘機を。ファントム、自衛隊の一時代を構成した万能戦闘機として歴史へ残るでしょう。
ファントムを見たければ岐阜基地へ、遠くない将来に航空自衛隊のF-4戦闘機運用は岐阜基地のみとなります。勿論1959年に原型機が初飛行果たし、1971年より航空自衛隊配備開始となった、云わば旧式機はこれ以上近代化は構造寿命限界で難しく、多用途機となる。
F-4EJ戦闘機三菱重工最終IRAN終了、2019年4月11日の岐阜基地到着です。357号機は予定通り1230時に岐阜基地へ着陸しました。実に長かった、航空自衛隊のF-4EJ導入は1971年、自衛隊向けF-4は三菱重工小牧南工場においてライセンス生産を行っている。
F-4EJ戦闘機357号機、予定では機首部分に最終IRAN記念塗装が行われる予定だったという、こういうのも実に長きに渡り実施されたF-4の定期整備最終機ですから。しかしこの前日に青森県三沢基地にてF-35A墜落事案が発生、自粛機運により塗装は取りやめに。
F-4EJ戦闘機429号機、こちらは飛行開発実験団の機体です。357号機の着陸時には一瞬の密雲に順光状態が突如日陰となりましたが、飛行開発実験団所属機の着陸時にはまた青空背景の順光風景へ復帰しました。F-4も現在は岐阜基地と百里基地に残るのみとなった。
F-4EJ戦闘機429号機、百里基地第7航空団のF-4EJと偵察航空隊第501飛行隊のRF-4偵察機は間もなく運用終了、F-4EJはF-35Aへ置き換わり、百里基地にはF-2戦闘機が配備されます、岐阜基地ではあと数年間だけ、天候偵察等の多用途機として活躍しましょう。
C-1FTC、川崎重工により国産開発されたC-1輸送機の初号機をフライトテストベット機として岐阜基地飛行開発実験団において運用しているもの。初号機ということでいちばん古いC-1輸送機となるのですが、実戦部隊のC-1程酷使されておらず、もう少し運用は続く。
C-1FTBはタッチ&ゴーを繰り返していました。岐阜基地は機体左側を撮影する経路が順光なのですが、着陸経路次第では右側を撮影した場合でも順光となる経路があります。実はこの日、F-4最終IRAN特別塗装機が塗装中止となり、次善の策、となったわけでして。
F-15戦闘機とF-2戦闘機、この日はF-2戦闘機が新型のスナイパーポッドを搭載し飛行試験を実施していまして、離陸を極超望遠にて撮影しますと、機体右側に装着されていたのですね。装着F-2は写真機とは異なりますが、右側を撮影する必要から陣地変換を行った。
F-15戦闘機とF-2戦闘機、撮影位置は歩いて探さなければ見つからない、とは2005年のWeblog北大路機関運用開始当時に、岐阜基地も小牧基地も舞鶴基地も厚木基地も横須賀基地まで、散歩道を重ねたものでした、当時は時間の余裕が大きく、今考えれば無理をした。
F-2戦闘機540号機、スナイパーポッド搭載機です。文字通り最新鋭のセンサーポッドで超低空侵攻やレーザー誘導爆弾誘導とステルス機探知を行う。米軍機へ搭載されているものは横田や岩国で視ましたが、自衛隊機へ搭載されているのは、この日初めてみましたもの。
F-2戦闘機初号機、この機が540号機と連携し、恐らくレーザーJDAM運用試験を行っていたと考えられます。そしてスナイパーポッドの搭載飛行試験はこの日が第二回目だったとも言われます。スナイパーポッドの性能と航空自衛隊採用の背景については既報の通り。
C-1輸送機029号機、定期便輸送とも思いましたが垂直尾翼に部隊章が記されていませんので、川崎重工岐阜工場へ定期整備へ入る機体と考えられます。C-1は古い機体、ファントムもそうですが国内にライセンス生産か国産開発が行われていると、長く使えるのですね。
北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
(本ブログに掲載された本文及び写真は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)
(本ブログ引用時は記事は出典明示・写真は北大路機関ロゴタイプ維持を求め、その他は無断転載と見做す)
(第二北大路機関: http://harunakurama.blog10.fc2.com/記事補完-投稿応答-時事備忘録をあわせてお読みください)
岐阜基地航空祭はいよいよ今週末です。そこで岐阜基地の美しい戦闘機を。ファントム、自衛隊の一時代を構成した万能戦闘機として歴史へ残るでしょう。
ファントムを見たければ岐阜基地へ、遠くない将来に航空自衛隊のF-4戦闘機運用は岐阜基地のみとなります。勿論1959年に原型機が初飛行果たし、1971年より航空自衛隊配備開始となった、云わば旧式機はこれ以上近代化は構造寿命限界で難しく、多用途機となる。
F-4EJ戦闘機三菱重工最終IRAN終了、2019年4月11日の岐阜基地到着です。357号機は予定通り1230時に岐阜基地へ着陸しました。実に長かった、航空自衛隊のF-4EJ導入は1971年、自衛隊向けF-4は三菱重工小牧南工場においてライセンス生産を行っている。
F-4EJ戦闘機357号機、予定では機首部分に最終IRAN記念塗装が行われる予定だったという、こういうのも実に長きに渡り実施されたF-4の定期整備最終機ですから。しかしこの前日に青森県三沢基地にてF-35A墜落事案が発生、自粛機運により塗装は取りやめに。
F-4EJ戦闘機429号機、こちらは飛行開発実験団の機体です。357号機の着陸時には一瞬の密雲に順光状態が突如日陰となりましたが、飛行開発実験団所属機の着陸時にはまた青空背景の順光風景へ復帰しました。F-4も現在は岐阜基地と百里基地に残るのみとなった。
F-4EJ戦闘機429号機、百里基地第7航空団のF-4EJと偵察航空隊第501飛行隊のRF-4偵察機は間もなく運用終了、F-4EJはF-35Aへ置き換わり、百里基地にはF-2戦闘機が配備されます、岐阜基地ではあと数年間だけ、天候偵察等の多用途機として活躍しましょう。
C-1FTC、川崎重工により国産開発されたC-1輸送機の初号機をフライトテストベット機として岐阜基地飛行開発実験団において運用しているもの。初号機ということでいちばん古いC-1輸送機となるのですが、実戦部隊のC-1程酷使されておらず、もう少し運用は続く。
C-1FTBはタッチ&ゴーを繰り返していました。岐阜基地は機体左側を撮影する経路が順光なのですが、着陸経路次第では右側を撮影した場合でも順光となる経路があります。実はこの日、F-4最終IRAN特別塗装機が塗装中止となり、次善の策、となったわけでして。
F-15戦闘機とF-2戦闘機、この日はF-2戦闘機が新型のスナイパーポッドを搭載し飛行試験を実施していまして、離陸を極超望遠にて撮影しますと、機体右側に装着されていたのですね。装着F-2は写真機とは異なりますが、右側を撮影する必要から陣地変換を行った。
F-15戦闘機とF-2戦闘機、撮影位置は歩いて探さなければ見つからない、とは2005年のWeblog北大路機関運用開始当時に、岐阜基地も小牧基地も舞鶴基地も厚木基地も横須賀基地まで、散歩道を重ねたものでした、当時は時間の余裕が大きく、今考えれば無理をした。
F-2戦闘機540号機、スナイパーポッド搭載機です。文字通り最新鋭のセンサーポッドで超低空侵攻やレーザー誘導爆弾誘導とステルス機探知を行う。米軍機へ搭載されているものは横田や岩国で視ましたが、自衛隊機へ搭載されているのは、この日初めてみましたもの。
F-2戦闘機初号機、この機が540号機と連携し、恐らくレーザーJDAM運用試験を行っていたと考えられます。そしてスナイパーポッドの搭載飛行試験はこの日が第二回目だったとも言われます。スナイパーポッドの性能と航空自衛隊採用の背景については既報の通り。
C-1輸送機029号機、定期便輸送とも思いましたが垂直尾翼に部隊章が記されていませんので、川崎重工岐阜工場へ定期整備へ入る機体と考えられます。C-1は古い機体、ファントムもそうですが国内にライセンス生産か国産開発が行われていると、長く使えるのですね。
北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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