北大路機関

京都防衛フォーラム:榛名研究室/鞍馬事務室(OCNブログ:2005.07.29~/gooブログ:2014.11.24~)

【7D特報】岐阜基地到着,F-4EJファントム最終IRAN(定期整備)完了機(2019-04-11)

2024-12-29 20:16:12 | 詳報 陸海空自衛隊関連行事
■ファントム定期整備完了
 岐阜基地航空祭はいよいよ今週末です。そこで岐阜基地の美しい戦闘機を。ファントム、自衛隊の一時代を構成した万能戦闘機として歴史へ残るでしょう。

 ファントムを見たければ岐阜基地へ、遠くない将来に航空自衛隊のF-4戦闘機運用は岐阜基地のみとなります。勿論1959年に原型機が初飛行果たし、1971年より航空自衛隊配備開始となった、云わば旧式機はこれ以上近代化は構造寿命限界で難しく、多用途機となる。

 F-4EJ戦闘機三菱重工最終IRAN終了、2019年4月11日の岐阜基地到着です。357号機は予定通り1230時に岐阜基地へ着陸しました。実に長かった、航空自衛隊のF-4EJ導入は1971年、自衛隊向けF-4は三菱重工小牧南工場においてライセンス生産を行っている。

 F-4EJ戦闘機357号機、予定では機首部分に最終IRAN記念塗装が行われる予定だったという、こういうのも実に長きに渡り実施されたF-4の定期整備最終機ですから。しかしこの前日に青森県三沢基地にてF-35A墜落事案が発生、自粛機運により塗装は取りやめに。

 F-4EJ戦闘機429号機、こちらは飛行開発実験団の機体です。357号機の着陸時には一瞬の密雲に順光状態が突如日陰となりましたが、飛行開発実験団所属機の着陸時にはまた青空背景の順光風景へ復帰しました。F-4も現在は岐阜基地と百里基地に残るのみとなった。

 F-4EJ戦闘機429号機、百里基地第7航空団のF-4EJと偵察航空隊第501飛行隊のRF-4偵察機は間もなく運用終了、F-4EJはF-35Aへ置き換わり、百里基地にはF-2戦闘機が配備されます、岐阜基地ではあと数年間だけ、天候偵察等の多用途機として活躍しましょう。

 C-1FTC、川崎重工により国産開発されたC-1輸送機の初号機をフライトテストベット機として岐阜基地飛行開発実験団において運用しているもの。初号機ということでいちばん古いC-1輸送機となるのですが、実戦部隊のC-1程酷使されておらず、もう少し運用は続く。

 C-1FTBはタッチ&ゴーを繰り返していました。岐阜基地は機体左側を撮影する経路が順光なのですが、着陸経路次第では右側を撮影した場合でも順光となる経路があります。実はこの日、F-4最終IRAN特別塗装機が塗装中止となり、次善の策、となったわけでして。

 F-15戦闘機とF-2戦闘機、この日はF-2戦闘機が新型のスナイパーポッドを搭載し飛行試験を実施していまして、離陸を極超望遠にて撮影しますと、機体右側に装着されていたのですね。装着F-2は写真機とは異なりますが、右側を撮影する必要から陣地変換を行った。

 F-15戦闘機とF-2戦闘機、撮影位置は歩いて探さなければ見つからない、とは2005年のWeblog北大路機関運用開始当時に、岐阜基地も小牧基地も舞鶴基地も厚木基地も横須賀基地まで、散歩道を重ねたものでした、当時は時間の余裕が大きく、今考えれば無理をした。

 F-2戦闘機540号機、スナイパーポッド搭載機です。文字通り最新鋭のセンサーポッドで超低空侵攻やレーザー誘導爆弾誘導とステルス機探知を行う。米軍機へ搭載されているものは横田や岩国で視ましたが、自衛隊機へ搭載されているのは、この日初めてみましたもの。

 F-2戦闘機初号機、この機が540号機と連携し、恐らくレーザーJDAM運用試験を行っていたと考えられます。そしてスナイパーポッドの搭載飛行試験はこの日が第二回目だったとも言われます。スナイパーポッドの性能と航空自衛隊採用の背景については既報の通り。

 C-1輸送機029号機、定期便輸送とも思いましたが垂直尾翼に部隊章が記されていませんので、川崎重工岐阜工場へ定期整備へ入る機体と考えられます。C-1は古い機体、ファントムもそうですが国内にライセンス生産か国産開発が行われていると、長く使えるのですね。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
(本ブログに掲載された本文及び写真は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)
(本ブログ引用時は記事は出典明示・写真は北大路機関ロゴタイプ維持を求め、その他は無断転載と見做す)
(第二北大路機関: http://harunakurama.blog10.fc2.com/記事補完-投稿応答-時事備忘録をあわせてお読みください)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【7D特報】イーグル北の空に機動飛行!千歳基地航空祭2019のF-15J(2019-08-04)

2024-12-28 20:15:15 | 詳報 陸海空自衛隊関連行事
■最強へ!戦闘機マフィアの夢
 F-15イーグル、航空自衛隊の主力戦闘機による航空祭機動飛行の迫力と情景をお伝えしましょう。

 F-15戦闘機の機動飛行、EOS-7Dの独壇場という印象でしょうか。F-15戦闘機は戦闘機マフィアと呼ばれたジョンボイド空軍大佐らアメリカ空軍と戦闘機メーカーの一派が構築した独自理論にもとづいて設計された機動性の権化というべき戦闘機の体系を構成する。

 E-M理論、エネルギー機動性理論という概念をジョンボイド大佐はバージニア工科大学での学位取得とともに構築してゆくこととなります。要するに機動性を最大限発揮するためのエンジン出力と機体形状というものを突き詰めた、科学の成果としての戦闘機、と。

 戦闘機マフィアという呼び名は揶揄された事を気に入っての自称ですが、ボイド大佐自身は、その軍歴を1945年の陸軍入隊から始めており、日本終戦後は進駐軍として日本にきました経験もあります。そして戦後復員し、元軍人援護法でアイオワ大学に進学しました。

 ROTC戦略将校予備課程、大学では学費を気にせず履修できるROTCにすすみ、意外にも経営学を専攻、卒業とともにアメリカ空軍少尉に任官、最初の赴任地はジェット機空戦激しい朝鮮戦争の第一線で、当時の最新鋭戦闘機F-86の操縦士として、従軍しています。

 F-100戦闘機、ボイド氏は戦後F-100の教官をつとめています。スーパーセイバーとして航空自衛隊でも検討されつつ、戦闘爆撃機としての運用は不要として採用されていませんが、教官として40秒間での不利な姿勢からの優位への転換にかんする操縦理論を構築する。

 航空攻撃研究。この理論は1958年に機動と対機動を包括し体系化されていまして、この理論の評価を経てF-100教官に続いて命じられたジョージア工科大学への研究単位取得が、F-15へとつながってゆきます。大学での熱力学理論の視点、戦闘機の操縦へ応用されます。

 トーマスクリスティ国防総省コンピューター技師は、この理論のコンピュータでの再現へ強い熱意を示し、ここで二人は意気投合、この二人組が戦闘機マフィア誕生の瞬間でした。熱力学と空気抵抗で戦闘機の航空戦における優位性が決まる、これはE-M理論というもの。

 東京五輪が開かれた1964年にE-M理論が完成、この理論が広まるとともにアメリカはヴェトナム戦争へ突入することとなり、戦闘爆撃を念頭に重量が肥大化した高性能な戦闘機が、近接戦闘では軽快な格下のMiG-19やMiG-21に敗北する状況が広がる最中、転機が。

 F-X開発、アメリカでは現在のF-15戦闘機につながる主力戦闘機開発が介しされました。1966年にF-X開発チーム参加を命じられたボイド大佐は当時、27tまで肥大化する計画であった戦闘機計画を推力をそのままに空戦以外の部分を切り離して18tまで軽量化します。

 F-15は、機動力を持って優位を獲得するという認識と、27tの戦闘機に搭載される最高性能のレーダーや27tの構造を支える強靱なチタン構造をそのまま、つまりGに強い、戦闘機を軽量化したものであり、この結果、空中戦に無敵という機動力を有するに至りました。

 空中戦では2020年に至るも無敵であり、万一主翼を片方全部失っても飛行して帰還できる、F-15はこうした戦闘機として今日も君臨しています。長くなりましたがいいたいことは何か、といわれますと、F-15の機動飛行でピンボケになるのは仕方ない事なのだよ、と。

 航空自衛隊の航空祭では安全第一で安全規則にがんじがらめの飛行展示枠内でも、ものすごい機動飛行を展示しています。だからこそ、ピンボケを量産するのは致し方ないのですね、戦闘機マフィアのものゆえ。そんな認識で写真などを見ていただけると、幸いです。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
(本ブログに掲載された本文及び写真は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)
(本ブログ引用時は記事は出典明示・写真は北大路機関ロゴタイプ維持を求め、その他は無断転載と見做す)
(第二北大路機関: http://harunakurama.blog10.fc2.com/記事補完-投稿応答-時事備忘録をあわせてお読みください)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【M-5撮影特報】桂駐屯地創設70周年記念桂駐屯地祭.極彩色に彩る京都の紅葉と自衛隊(2024-12-01)

2024-12-26 20:11:51 | 詳報 陸海空自衛隊関連行事
■桂の訓練展示
 紅葉と駐屯地祭というものをしっかり撮影出来たのは久しぶりでありがたいおもいがしましたね。

 訓練展示では、FH-70榴弾砲と16式機動戦闘車が参加していて、この二つの参加部隊が第13旅団であることに驚きました、こういうのも第3師団管区内で第13旅団の部隊が出てきますのは中部方面隊記念行事くらいかもしれないから。

 ヤラれた!想定では16式機動戦闘車が戦闘により損傷し、機動不能に陥ったという状況、16式機動戦闘車が16式戦闘車になってしまったわけだ、これを中部方面後方支援隊が回収、確かに、このシナリオでは今津からは来てくれない。

 パジェロも機銃を搭載するとこんな感じで見栄えがします、1/2tトラックという、73式小型トラックの呼称が切り替わった際になかなか12.7mm機銃を積んで展示に出なかった時期があって、いや2007年の大久保駐屯地祭は凄かったが。

 機銃を搭載したパジェロというものも迫力ある、と感じるところ。昨今、この種の車両が各国軍で少なくなっていて、フランス軍なんかは遂に市販車に迷彩塗装を施す、結構無茶な車両をこの種の野戦車両の後継に当てていた。

 高機動車あたりを、このパジェロの後継にすべきかもしれないけれども、大きすぎるという反論には素直に首肯する。するとスバルのインプレッサあたりを後継にしたいが、あれだとこんな感じで機関銃を積むことは出来ない。

 16式機動戦闘車を輸送車両に乗せる展開、自分なんかは自動車の運転が微妙な感じなので、こう、載せるまでにたっぷり10分は頂きたいところ、充分の十分ではなく10分ね、このあたりで自衛隊の車両への慣熟度合いを感じまして。

 パジェロ、機銃で警戒しているものの、運転手は後方で作業に当たっているわけで、いま敵の攻撃を受ければ身動きがとれないのか、というのは事実ではある。すると、もう少し硬い車両が必要になるのか、このままでいいのか。

 戦車は破壊されるものの、乗員が無事であれば戦車回収車でいちはやく回収し、後方で修理していかにはやく戦線復帰させられるかが、つまり戦車の破壊からの復帰をどのように迅速に行うのかが戦車部隊の強さの要諦のひとつ。

 機動戦闘車の場合は、例えば敵の対戦車火器による直撃を受けてしまった場合、これを修理して前線に復帰させるにはどのくらいの期間を見込んでいるのか、つまり長く戦える車両なのかな、という素朴が疑問が改めてわいてきます。

 回収車、考えると11式装軌車回収車なんかは戦闘車両としての形状を、なにしろ原型が戦車、維持していますが、重装輪回収車なんかは形状が戦闘を想定しているものではなく、すると16式機動戦闘車派生の回収車が必要なのかな。

 桂駐屯地祭は、規模は小さいものの工夫されていて、輸送部隊が攻撃を受けるとか、微妙に展示が変わっていまして、もっとも一般見学者の席も狭くなったり広くなったりで油断できないのだけれども、毎年違っていまして。

 京都市唯一の駐屯地、後方支援部隊ですから派手な射撃なんかはできないのだけれども、こんな感じでいろいろとみていますと、桂でなければ見られない展示は多いのだなあ、と実感します。ほかと重ならない限り、行きたい行事なのですね。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ まや
(本ブログに掲載された本文及び写真は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)
(本ブログ引用時は記事は出典明示・写真は北大路機関ロゴタイプ維持を求め、その他は無断転載と見做す)
(第二北大路機関: http://harunakurama.blog10.fc2.com/記事補完-投稿応答-時事備忘録をあわせてお読みください)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【M-5撮影特報】桂駐屯地創設70周年記念桂駐屯地祭,極彩色に彩る京都の紅葉と自衛隊(2024-12-01)

2024-12-15 20:03:30 | 詳報 陸海空自衛隊関連行事
■創設70周年記念
 桂駐屯地創設記念行事、京都市内唯一の自衛隊駐屯地ということで12月1日に行って参りましたさいの写真を少々遅くなりましたが紹介しましょう。

 桂駐屯地、阪急線の高架からその駐屯地の様子を見ることが出来るとともに、JR東海道本線からも駐屯地がトラックの車列というところでみることができまして、京都にも自衛隊という組織の存在感を示すことが出来ているとおもう駐屯地です。

 紅葉が素晴らしい、駐屯地は桜並木が素晴らしいと言うことは知られているのですが、この春の一般公開の季節がどうしても開花時期と合わないと言うことに残念に思ういっぽう、駐屯地祭はこのとおり、紅葉が祝福しているような感じ。

 中部方面後方支援隊の駐屯地となっていますこの桂駐屯地ですが、車両整備なども行われる武器科の駐屯地となっていまして、それは広さに端的に示されています、かんがえてみると、伊丹駐屯地や千僧駐屯地よりもはるかにひろい。

 記念行事、京都市内ということで足場や脚立というようなものはいっさいじゅんびせずに、なんとかなるだろう、という感じでカメラだけ手にして駐屯地まで来ましたが、今年は一般開放される場所が限られているなあとちょっとおどろき。

 観閲行進は、前に来た際には桜並木の、つまり観閲行進の部隊と駐屯地司令以下スタンド席の様子を撮影できる好立地が公開されていましたが、今年はこんな感じで、安全係の隊員さんばかり撮影する構図となってしまったところでした。

 行進車両も、これ、脚立でも準備していたならば、安全係の隊員さんの頭上ごしに撮影する構図を決められたのかなあ、と思うと、ちょっと準備というものを甘く考えすぎたなあ、と反省してしまうのですけれども仕方が無い。

 後方支援隊の駐屯地ですが、フォークリフトの観閲行進参加など、ここらしさ、というところが出ている感じでした。ただ、前述の通り、その様子を撮影できる撮影場所がほとんど開放されていないというのは残念ではある。

 FH-70榴弾砲、訓練展示は撮影位置を変更することとなったのですが、いきなりFH-70がやってきたのには驚いたものの、空包射撃は偽爆筒で代用していまして、これ結構大きな音が鳴ったのですが、無駄にEOS-7Dは閃光を撮っていたという椿事も。

 第13偵察戦闘大隊の16式機動戦闘車による訓練展示、さすがに105mmの空包射撃は行いませんでしたけれど、出雲駐屯地の第13偵察戦闘大隊は、さすがに遠い駐屯地ですのではじめて13RBの装甲車を見たなあ、とみょうにかんしんしてしまった。

 桂駐屯地の訓練展示は、後方支援部隊が攻撃を受けて防御戦闘と損傷車両の修理と回収をいかに迅速に行うか、という、これはけっこいうほかの駐屯地では見ることのできないシナリオが組まれているのが特色となっています。

 ヘリコプターも八尾駐屯地から参加してくれましたが、ちょっとだけ最新鋭のUH-2が来てくれないかなあ、と思ったもののさすがに其処までは難しい、けれども紅葉の風景の中にUH-1J多用途ヘリコプターという風景もなかなかでした。

 訓練展示は輸送の車列とともに戦闘により戦闘車両が損傷するという、これは近接戦闘部隊の宿命のようなものなのですが、その中からの立て直しの景況というものを組んでいまして、もちろん回収作業は戦闘では危険を伴う任務でもあるのだ。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ まや
(本ブログに掲載された本文及び写真は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)
(本ブログ引用時は記事は出典明示・写真は北大路機関ロゴタイプ維持を求め、その他は無断転載と見做す)
(第二北大路機関: http://harunakurama.blog10.fc2.com/記事補完-投稿応答-時事備忘録をあわせてお読みください)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【7D特報】16式機動戦闘車の訓練展示世界初登場,第14旅団創設記念行事(2018-04-22)

2024-12-14 20:03:06 | 詳報 陸海空自衛隊関連行事
■叩きつける新装備の迫力
 善通寺駐屯地、一昔では軽装備の混成団や旅団の駐屯地という印象でしたが、今日では有事の際に全国へ緊急展開する即応機動旅団の一大根拠地となっています。

 74式戦車を置き換える16式機動戦闘車、お世辞ではなくこの装備には驚かされてばかりでした。初めて見上げたのは空挺団降下訓練始めでの装備実験隊装備品展示の際でしたが、部隊配備を始めてみましたのは四国善通寺、しかし驚きは始まったばかりだったのですね。

 第14旅団即応機動旅団への改編、第14戦車中隊の廃止と第15普通科連隊の即応機動連隊への改編は歴史ある部隊名が変容してゆく国際情勢と周辺情勢の荒波に備える為とはいえ、一抹の寂しさを感じたものでした。もっとも隊旗授与式には新鮮な機運満ちていましたが。

 16式機動戦闘車。実は当方、不勉強で機動戦闘車隊は2個中隊というお話を四月一日にお聞かせ戴いた関係から、いや冗談だろう、とおもったものですが、本物の、二個中隊の機動戦闘車が次々と式典会場へ進む様子をみますと、大変な部隊を実現させたものだ、驚く。

 善通寺駐屯地祭はこうした流れのなかで撮影へと瀬戸内海をわたったものでして。驚いたのは基本に忠実であった、ということ。機動戦闘車は戦車などの重戦力にたいして攻勢にでるものではなく、防御戦闘において敵戦車を制圧するものという説明があったのですが。

 スラローム射撃をいきなり展示していただき、驚きの展示を、と書きたいところなのですがもっとも驚いたのはその射撃に際してでした、私などは90式戦車と10式戦車の空包の、空砲だろう、というような射撃になれていた故に74式戦車なみに空包射撃に驚かされた。

 105mm砲なのですから74式空包と同じなのでしょうけれども、いや、もう二十年ほど前、初めて空包射撃を体験した、聞いたというよりは体験したと表現すべきでしょう、叩きつけるような閃光の刹那後に包む衝撃波というものを久々に体験しました、体で感じるもの。

 機動戦闘車隊の訓練展示での運用は基本に忠実でして、仮設敵の上陸に先だって陣地構築を行っていたのですね、要するに防御戦闘を念頭とした装備である、こういう説明展示にしめされる実際のところをわかりやすく訓練展示で視覚化していたことにおどろきました。

 防御戦闘では相手に出血を強要した上で戦果を積み重ね、然る後に逆襲部隊を展開し、敵を撃破する。攻勢に転じるというよりは敵の攻撃衝力を削いでしまうことで目標を達成できない状態に陥らせ、逆襲部隊がこれを殲滅する、という防御戦闘の基本を示します。

 96式装輪装甲車を三個中隊分あつめた即応機動連隊、96式装輪装甲車は整備性や防御力や不整地突破能力にいろいろと意見のある車両ではあるのですが、取得費用はMRAP耐爆車両並に抑えられていまして、車幅もコンパクト、日本の国土に合致した車両だとおもう。

 第15即応機動連隊の訓練展示、確かに防御戦闘を軸とした展示では陣地構築でせっかくの優美な装甲車の形状が、遮蔽物で見えにくくなってしまうのは残念でしたが、これだけの装甲車を集め、そのための訓練をしていることに素直に感心したものです。そして更に。

 第50普通科連隊、高知駐屯地に駐屯する第14旅団の精鋭で、こちらは高機動車を主体とした装備の部隊なのですが、二つある連隊の中で妙にこちらの軽装備が目立つ、という話題に接しました。しかし個人的に逆ではないかな、と思ったりもしました、軽量は強さだ。

 第14旅団に配備されているヘリコプターは限られていますが、所属する中部方面隊には新たにCH-47J/JAを運用する方面航空隊第三飛行隊が新編されていますので、軽量部隊は軽量を活かした空中機動による攻勢機動が可能になりまして連携が強みだと考えるのですね。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
(本ブログに掲載された本文及び写真は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)
(本ブログ引用時は記事は出典明示・写真は北大路機関ロゴタイプ維持を求め、その他は無断転載と見做す)
(第二北大路機関: http://harunakurama.blog10.fc2.com/記事補完-投稿応答-時事備忘録をあわせてお読みください)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【7D特報】岐阜基地と蘇原自然遊歩道,各務原権現山展望台と金山電波反射板(2020-09-15)

2024-12-10 20:19:41 | 詳報 陸海空自衛隊関連行事
■三井山山頂城址から望む稜線
 岐阜基地から離陸する航空機を撮影していますと背景の稜線にいくつもの展望台の様なものが見えるのです。

 岐阜基地を眼下に収める立地があるらしい、いや三井山の山頂にある城址公園から撮影していますと、こここそが眼下に収めているのではないか、と思われるかもしれませんが、岐阜基地を離陸してゆく航空機がどんどんと背景の稜線を越える瞬間に見えるものがある。

 三井山。斎藤道三の時代には山頂に城郭が築城され、これは郭を三構造で有する警戒監視の為の城郭であったようで、しかし、砦としての機能は中世以前まで遡る要衝であったようです。しかし、山頂に城址があるという事は、ある程度上りやすい事が築城条件の一つ。

 各務原市内の山間部、離陸してゆくF-15戦闘機やF-4戦闘機にF-2戦闘機の離陸を撮影していますと、稜線になにか櫓の様な、いや、展望台の様なものが望見できます、登山道があるのか、こう思ったのですがiphone地図検索しても登山道までは地図に載っていません。

 権現山のことでしょうか。岐阜基地行脚が増えてゆきますと各務原の地元の方との会話が増えるようになりまして、なんでも権現山の山頂には展望台があるという。二十年近く前に岐阜基地近くで大規模な山林火災があった事は記憶しますが、権現山はその被災地です。

 伊吹乃滝という神社といいますか神域が蘇原、岐阜基地周辺を散策しますとJR高山線に蘇原駅があります、この蘇原から山に進んだ立地に伊吹乃滝という場所があって、ここに登山口がある、ここから上り始めて慣れれば45分ほどで権現山山頂の展望台に至るそうだ。

 ブルーインパルスと名古屋市内、という構図が撮影できる。なんでも三井山の標高は109mですが、権現山や向山に迫間山と金山の山頂展望台は300m以上の標高があるということで、ブルーインパルスの飛行展示高度よりもやや高い位置から見下ろせるという事でした。

 金山には電波反射板が登山道沿いに在る。向山に迫間山と金山の、と権現山とは別の山をお教えいただいたのですが、トレイルコースとなっていて日帰りで十時間ほどの散歩道、いや登山道だ、日帰り登山を愉しめるというお話しでして、すると登山がてら航空祭を撮影するという方式も不可能ではありません。

 愛宕山から高雄山へ愛宕神社と神護寺を巡る散歩、そんな印象でしょうか。もっとも愛宕山の標高はもっと高いのですがね。山頂には神社、舞鶴のイージス艦あたご、はみえないのですけれども。標高300m級の、それ程難易度はありませんので安全性は一定程度ある。

 蘇原自然公園遊歩道、トレイルコースはこう遊歩道として整備されているとも。ちなみに三井山は山頂まで15分と紹介しましたが、ここは概ね10分前後というお話しですので、上記の権現山展望台までの45分、というのは相応に考えた方が良いのかもしれませんが。

 東海自然歩道。鵜沼駅まで至る登山道が、蘇原自然公園遊歩道とは別に整備されているとも聞きまして、こちらは鵜沼駅から車折神社の方へ登山口がある、鵜沼というと木曾川を渡れば名鉄犬山遊園駅ですので、方向からしますと岐阜基地の滑走路の奥に在る稜線だ。

 岐阜基地へ着陸進入する航空機の背景にもう一つ展望台のようなものがみえますので、東海自然歩道の展望台なのでしょうか。しかしそれ以上に驚いたのは、車折神社が岐阜にもあるという。ちなみに権現山の登山道には愛宕神社もあるといいますので、京都っぽい。

 岐阜基地を撮影するには稜線に見える展望台から、というのも、まあかなり逆光を覚悟しなければならないのでしょうけれども、面白い撮影位置があるようですね。もっとも逆光、岐阜基地航空祭ではメイン会場にて真っ黒な機体には散々悩まされたものですけれどもね。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
(本ブログに掲載された本文及び写真は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)
(本ブログ引用時は記事は出典明示・写真は北大路機関ロゴタイプ維持を求め、その他は無断転載と見做す)
(第二北大路機関: http://harunakurama.blog10.fc2.com/記事補完-投稿応答-時事備忘録をあわせてお読みください)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【7D特報】AIRBOSS搭載!海上自衛隊UP-3C評価試験機岐阜基地着陸(2019-03-11)

2024-12-09 20:00:19 | 詳報 陸海空自衛隊関連行事
■空中赤外線弾道弾追尾センサー
 昔の懐かしい写真を。自衛隊は大きな組織であり世界的に見ても多数の航空機を有していますが、数機種だけは自衛隊全体で1機しかない機種があるのです。

 UP-3C評価支援機。岐阜基地にて撮影していますと不思議な航空機が飛来してくることは多々ありますのが醍醐味というところではありますが、UP-3C評価支援機はこの不思議な航空機の中でも筆頭御三家に含まれるというところでしょうか、一機しかありません。

 AIRBOSSのセンサーを搭載した異形のP-3C派生型、遙か遠くに機影が見えた際にはP-3C哨戒機なのかな、と思ったのですが近づいてきますと様子が違う、あれは、P-3C派生型だ、EP-3電子偵察機かOP-3情報収集機かそれとも、と更に近づくと、おおUP-3Cだ、という。

 岐阜基地で日常風景を撮影していますと航空祭ではみられないような不思議な航空機が飛来してきまして、飛び上がりたくなるときがあります。X-2技術実証機、岐阜航空祭で展示はされますが、これが着陸してきました事もありますし、F-35Aの初飛行もここで撮った。

 EC-1電子戦訓練支援機と後継のEC-2電子戦機、ともに入間基地へ配備されているものなのですが、不思議な航空機御三家といえばこの三機種があげられるでしょうか、全て自衛隊に1機しかありません、そして川崎重工が製造しているため定期整備で岐阜に帰省する。

 EC-2はともかくEC-1は記憶する限り一回は岐阜基地航空祭で地上展示されていますが、このほかにYS-11の電子測定機という、用途が用途だけに、いや、これに乗っていた知り合いができたので世の中狭いものですが、これは凄い、という航空機も降りてきます。

 EC-2電子戦機は量産が計画されているようですので、御三家からは省かれるのかもしれません。政府専用機B-777であっても2機が配備、しかも総理外遊などで羽田空港に飛来しますので撮影は簡単ですが、UP-3CとEC-1とEC-2はこうは参りません、任務も任務だ。

 厚木基地の第51航空隊に配備される航空機で海上自衛隊の機体です。第51航空隊は別名エリア51と言いたくなるほどに評価試験用の特殊な航空機を装備していまして、中でもUP-3Cは時期によって形状ががらりと変わる、不思議な航空機なのです。搭載機材による。

 AIRBOSS。UP-3C評価支援機は現在、空中赤外線弾道弾追尾センサーシステムの評価試験を実施していまして、これは超長距離を隔てて弾道ミサイルを捕捉するための新装備です、弾道ミサイルは宇宙空間へ上昇し放物線を描くように重力で加速し落下してくるもの。

 弾道ミサイルは宇宙空間へ向かうべく猛烈なロケットモーターを噴射しますので、当然これが赤外線を発します、AIRBOSSはこの上昇に伴う赤外線を捕捉するのですが、赤外線画像処理技術によりAIRBOSSは評価試験開始当時と比して倍の距離で識別するという。

 ミサイル防衛に際しては、UP-3Cでは機体下部に搭載されたカヌー型の長大なセンサー、合成開口レーダーにより飛翔体を広い覆域で捜索しまして、兆候があるものにたいし機体正面のアイボールセンサーを指向、その赤外線特性を精密測定する、こうした運用を行う。

 北朝鮮の弾道ミサイルは北朝鮮水爆実験とともに、飛翔が確認される瞬間にミサイル警戒監視部隊は寸秒、もっと短時間に情報が必要です、日本に落下する弾道を飛翔しているのか、それならば水爆を搭載している可能性がある、即座に破壊措置を行わねばならない。

 広島と長崎、続く勝く攻撃を受けた場合、特に弾頭が原爆ではなく原爆の核分裂でより強力な破壊力を生じさせる核融合、水爆であれば、被害は更に大きく東京都心に落下した場合はハドソン研究所によれば死者50万、だからこそ迎撃技術は国運がかかっているのだ。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
(本ブログに掲載された本文及び写真は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)
(本ブログ引用時は記事は出典明示・写真は北大路機関ロゴタイプ維持を求め、その他は無断転載と見做す)
(第二北大路機関: http://harunakurama.blog10.fc2.com/記事補完-投稿応答-時事備忘録をあわせてお読みください)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【M-5撮影速報】岐阜基地航空祭2024.青空の各務原上空は曇天小雨予報のはずれ(2024-11-17)

2024-11-24 20:00:26 | 詳報 陸海空自衛隊関連行事
■青空と土下座
 岐阜基地航空祭は色々あったようですが後で話を聞きますと憤る事が在ったのは現実でして、これについては後ほど詳述しましょう。

 異機種大編隊、この角度から眺めるのは航空祭本番ゆえ、というところなのでしょう、正門前ならば予行でも見られたのかな。こうした写真、飛行展示は滑走路上で行われることが多いのだけれども、岐阜では南側会場の真上で大編隊が飛んでくるのだ。

 C-1FTBとC-2に、そう、考えてみればF-4EJとF-4EJ改がCOVID-19の前まではいましたが今はその姿が無く、来年にはC-1FTBもそろそろ、というところか。昨年の航空祭にC-1FTBがでてこなかったのは川重で定期整備に入っていたためなのでIRAN明け。

 T-4練習機後継機の国産開発が漸く開始されるので、いつかはT-4とT-Xの並びが見えるのだろうし、F-2後継機のGCAP戦闘機計画も、具現化したならば開発は日本とイギリスとイタリアなのだから、飛行開発実験団でこの異機種大編隊に加わるのだろうなあ。

 F-35は、機密保持の制約が多すぎて使いにくい、かがF-35B運用試験が先日までカリフォルニア沖で行われていたものの、F-35の機密保持資格がなければ機体に近寄ることさえだめ、同乗の空自関係者は別として、かが乗員は近づくこともできなかったとか。

 飛行開発実験団にF-35が配備されることは、日本独自の装備品を搭載する許可が目処として起たない限りは見通せないためにちょっと考えられず、するとステルス機というのはGCAPの評価試験が開始されるまで、岐阜で運用されることはないのかもしれない。

 電子戦型のC-2輸送機、その実戦部隊が岐阜基地に新編されるという話は聞きましたので、すると大編隊に加わるのか、それともさすがに機密性の高い部隊ということで航空祭には、入間のYS-11のように端の方で、あれがあの有名な、といわれるだけなのか。

 大編隊、というからにはせめて二桁の機体を飛ばしてほしいところですが、本日の築城基地航空祭では16機の大編隊、F-2の大編隊が組まれたという。所属戦闘機のほぼ半数が編隊を組んだというわけで、しかし岐阜は肝心の機数が少ないのだよなあ。

 C-2とC-1FTBの飛行展示、そろそろ、曇天が見えてきた、予報を覆す晴天というのは、実際各務原市上空だけだったようで、岐阜市と羽島市なんかはほんとうに曇天だったという。その晴天を逃さすプログラムを組み替えた航空祭実行委員会、さすがだ。

 北側会場と南側会場、格納庫前のエプロン地区を有する北側会場がそのメイン会場となるのですが、実はこの日、北側会場のエプロン地区は椅子とレジャーシート禁止という周知があったのだけれども違反者がいて、注意した幹部自衛官にくってかかる事案が。

 土下座を強要、これ、1尉さんを土下座させている様子がSNSで拡散されていて、撮影する奴も拡散させる奴も何を考えているのだ、と、怒ってしまった。目の前で清水寺の欄干に三脚で傷をつけている奴を見たときと同じくらいわたしは怒ってしまった。

 椅子禁止という規則には理由がある、エプロン地区は混雑するので場所取りなどで過去トラブルとなった事例があるのだ、触れた触れないで実際殴り合いとか突き飛ばしてけが人が出た事例をほかの基地でみている、岐阜では怒鳴りあいもみている。

 航空祭はゲストも主役、というのは築城基地の名物操縦士さん、最近は転属されたようですが、素晴らしい明言と思う。そして主役の一端を担う共演の立場であるからには、それにふさわしい紳士淑女の立ち振る舞いが求められるように、思うのですよね。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ まや
(本ブログに掲載された本文及び写真は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)
(本ブログ引用時は記事は出典明示・写真は北大路機関ロゴタイプ維持を求め、その他は無断転載と見做す)
(第二北大路機関: http://harunakurama.blog10.fc2.com/記事補完-投稿応答-時事備忘録をあわせてお読みください)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【M-5撮影速報】岐阜基地航空祭2024,青空の各務原上空は曇天小雨予報のはずれ(2024-11-17)

2024-11-23 20:08:30 | 詳報 陸海空自衛隊関連行事
■岐阜基地航空祭2024
 先週の岐阜基地航空祭本番の速報です。

 C-1FTB離陸、真正面というわけでは無いけれども滑走路脇の最前列に陣取って撮影することが出来たので、いつもの木曽川堤防や航空宇宙博物館から撮影するよりも遙かに真正面に近い角度、そしてなにより背景の青空が印象的です、なにしろ曇天予報だ。

 C-2輸送機とC-1FTBが岐阜基地滑走路を編隊を組むように離陸します、この日は岐阜基地航空祭本番、そう、かなり厳しい天気予報は午前中に小雨の予報さえ出ていたのですが、こんな感じで晴れると謂うこともあるのか、予報の外れが僥倖となったのです。

 EOS-M5に新装備の18-150mmSTMレンズを装着しての撮影、そしてこの場所は南側会場という、岐阜基地航空祭に二つある会場の片方、背景の管制塔とかみえる区域がメイン会場で地上展示機がエプロン地区に並ぶのだけれども、晴天の日は逆光となってしまう。

 岐阜城とF-15記念塗装、こういう晴天の日には南側会場で撮影したい、なによりも混雑しないし、35分ほど歩けば、もしくはシャトルバス数分でメイン会場まで移動できる、もっともシャトルバスの場合は乗車するまで30分以上行列に並ぶこともあるが。

 イーグル記念塗装、EOS-7DMark2をメインカメラとして撮影しているのでどうしてもこのM-5の写真は適当になるのだけれども、偶然適当に撮った一枚がある程度使える構図になっていたのは驚きだ、この際角度とか傾きとかいう難しい話は今度にしてほしい。

 70周年大編隊、これ、けっこうな無理をして時間を捻出して予行を撮影しました、なにしろこの本番は悪天候が予報されていましたからね、しかし青空を背景に70周年として"70"の文字を大空に描いてくれたこの写真はほぼほぼ晴天というのが、現実なのだ。

 プログラム変更、実はこの大編隊は午後に予定されていたのですが、午前中が晴天と謂うことで中編隊の予定が、中編隊を午前中から午後に切り替えて、一番の目玉である大編隊を午前中にやってくれた。これ、南側で撮るか北側で撮るか迷ったものでして。

 F-2機動飛行へ。実はこの大編隊が午後に予定されていたので、しかしメイン会場の地上展示航空機は撮りたい、だから中編隊の合間にいったんメイン会場へ移動して午後の大編隊までの時間でなんとかメイン会場の地上展示を撮ろう、と計画していたのだが。

 ベイパー引くほどの湿気の中、これは午後の天候急変を思わせるものだけれども、地上に展示されたC-2輸送機が動き出したのでプログラム変更かな、と思っていたのが、実際に会場アナウンスでも変更を放送されたので急遽メイン会場移動を中止した。

 T-7練習機、F-2初号機、F-15特別塗装機、C-2初号機、すべて白地に真紅の飛行開発実験団試験機塗装の編隊がやってきました、まだ基地から見て東側、犬山市方面は青空だけれども天気は西から悪化してきまして、このあたりは何か天気予報のとおり。

 飛行開発実験団んはらではの編隊飛行は頭上にやってくるところになりますと、曇天、という言葉がぴったりくる。晴天の時は南側会場で順光の、曇天になれば北側会場でもいいよね、というこの日急遽変更した撮影計画、これはこれで合っていたのだなあ。

 頭上をゆく編隊飛行、今年の岐阜基地航空祭はブルーインパルスが来ませんでしたので、混雑はそれほどでもなく、実際来場者は昨年の半分以下だったようだけれども、その分ここまで工夫した飛行展示を見上げられたとともに、晴天にあわせられたのですね。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ まや
(本ブログに掲載された本文及び写真は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)
(本ブログ引用時は記事は出典明示・写真は北大路機関ロゴタイプ維持を求め、その他は無断転載と見做す)
(第二北大路機関: http://harunakurama.blog10.fc2.com/記事補完-投稿応答-時事備忘録をあわせてお読みください)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【M-5撮影特報】岐阜基地航空祭2024総合予行.快晴一転の曇天と雨雲迫る鉛色の各務原上空(2024-11-14)

2024-11-17 20:23:02 | 詳報 陸海空自衛隊関連行事
■異機種大編隊
 順光も逆光もこの天候だと関係が無いという事を痛感しつつただただ雨が降り始めないかだけが心配という中で。しかし一歩間違えれば本番がこうなっていたのだ。

 岐阜基地航空祭名物の異機種大編隊が頭上を、というには若干離れていますか、大空を往く。ちょっと前まではF-4ファントムもこの大編隊に加わっていましたが規模が小さくなった、とおもう。それでも昨今自衛隊行事全般から大編隊の規模縮小が相次ぐ。

 F-15戦闘機とF-2戦闘機、F-35戦闘機もいずれはここに加わることを期待したいのですが、何しろF-35は秘密保持の資格保有者以外は近づけず、先日護衛艦かが艦上でF-35B発着試験を行った際は航空自衛官一部は機体に近寄れても海上自衛官は禁止とか。

 GCAP次期戦闘機、開発がどうなるのかが非常に不安で、これを逃せば欧州もまともな次世代戦闘機開発計画は、というよりも第五世代戦闘機も独自開発している事例は欧州単独ではないため困ることになるのですが、GCAPはここに加わるのかなあ。

 輸送機同士の編隊飛行、C-1FTBとC-2輸送機が編隊を組んでこちらに戻ってきました、一応滑走路に沿って基地の周りを旋回するので、本番でも機体の下面だけを見上げる、という状況にはならないのかなあ、とこの飛行を眺めつつ考えるのですけれど。

 航空祭本番でどのような軌道を撮るのかが予行で見極めるのだけれども、航空祭は全国で幾つもあって、予行をしっかり撮影できる航空祭というのは限られている、北大路機関ではほぼほぼ予行を撮影できるのは岐阜基地航空祭だけ、というかんじ。

 総合予行、ということになるのか、通常航空祭というのは総合予行を土曜日に、地元住民を招待して特別開放日というものを兼ねて総合予行を行うのですが、岐阜基地航空祭の場合は土曜日は基地にない機種の予行と、あとは外来機の着陸があるのみ。

 70周年の異機種大編隊、今度は18mm広角に固定して撮影、背景の峰々も構図に含めて、そしてもちろん今にも降り出しそうな雲と共に。降り出しそうを振り出しそうとばかり変換するこのPCだが、振り出しそう、というのはどんな日本語なのだろう。

 異機種大編隊、東海自然遊歩道という基地の機体側にある、かなり標高が高い遊歩道の展望台から撮影するとこの大編隊の背景に名古屋駅の高層ビル群を収められるという、興味ある構図なのですが、登山に一時間以上かかると聞いてちょっと断念する。

 三井山、朝一番に三井山に登ってそこから撮影するという方も多いそうだけれども、かなり考えた末、三井山は快適に撮影する収容力は15名程度、目一杯つめて35名、それ以上すると殺伐とした撮影環境、カメラレンズが振り回せない状況になるのだ。

 C-1FTB着陸へ。三井山から撮影するという選択肢、考えてみたけれども混雑しそうだし無理だなあ、と。近くの佛眼山という三町に寺院のある山は基地から東方が高い木々に囲まれているので撮影環境としては厳しく、結果、木曽川堤防に上ることに。

 C-2輸送機着陸へ。事前訓練と予行に総合予行、と一通り撮影したのだけれども、曇天だと機動飛行も慎重になっているようで、安全第一なのは当然だけれど、ここまで自衛隊が航空祭を準備しているのに、いよいよ風も湿っぽく、天候がこれでは、本番の天気予報はこの時点でこれよりきびしかった。

 滑走路へと大きく旋回して高度を下ろしてゆくC-2輸送機を眺めつつ、遂に小雨降り始める。予行と事前訓練の青空を思い出し、これが、空の青さを知る人よ、というなにかアニメーション映画のタイトルのような感じで青空で撮影できた写真を思い返すのでした。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ まや
(本ブログに掲載された本文及び写真は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)
(本ブログ引用時は記事は出典明示・写真は北大路機関ロゴタイプ維持を求め、その他は無断転載と見做す)
(第二北大路機関: http://harunakurama.blog10.fc2.com/記事補完-投稿応答-時事備忘録をあわせてお読みください)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする