まだ序盤なので、私は後方のグッズ売り場へ顔を出す。この日から、中倉彰子・宏美女流姉妹の扇子が発売されたのだ(税込2,000円)。彰子女流初段が「専」、宏美女流二段が「心」と揮毫している。宏美女流二段が売り子をしていたが、この扇子はいつでも買えるので、見送る。こうやって無意識にまわりをガッカリさせてしまうのが、私の悪いところだ。ただ彰子女流初段だったら
「一公さん、きょう発売だから、買ったほうが縁起がいいですよ!」
とか言って、私もふらふらと購入していたかもしれない。
宏美女流二段が呼ばれたようなので、私も席に戻る。局面。藤田麻衣子女流1級の銀が3六と4六に並んでいる。☗5五歩に、島井咲緒里女流初段は☖5三金。島井女流初段は左金の動きが独特で、いつもは「6三」(4七)が定位置である。本局も金が三段目にいくので指しづらいと思ったが、この手は解説の堀口弘治七段推奨の手で、さすがは島井女流初段だと思った。
42手目☖7四歩と突いたところで、解説が中座真七段、聞き手が中倉女流二段に交代する。
さっそく中倉女流二段が
「島井女流初段は前局で穴熊を指して、暴力的な将棋で殴り倒しました」
と、平然と言う。そういう中倉女流二段もけっこう穴熊の暴力を振るっていると思うが、まあ人間、自分のことはよく分からないものだ。それはともかく、相変わらず中倉女流二段の話は過激で面白い。NHK杯将棋トーナメントでの聞き手は、相当自分を抑えていたのだろう。
将棋は中盤の難所に入っている。☖7三の角が4六に躍り出て、これが5七の飛車取りになるとともに、その陰にいた7二の飛車が7七の馬を直射した。
☗5六飛に☖7七飛成! ☗同桂にも角を逃げず、☖7六歩と追撃の手を緩めない。「シマイ攻め」の面目躍如だ。☗7六同飛に☖5七角成。ここで☗6八銀と一枚入れるかと思いきや、藤田女流1級は☗7二歩! 両者の持ち味がよく出ている、華やかな攻め合いだ。
会場内は満席に近い。私の後ろには椅子が追加されている。
藤田女流1級が☗3一飛と6一の金取りに打った。しかしこれ、その瞬間だけ気持ちがいい緩手。島井女流初段はおまじないのように☖4一歩と打つ。これを不用意に☗同飛成と取ったのが疑問で、すかさず☖1四角と詰めろ飛車取りに打たれては、大きく形勢が傾いた。私ならここで嫌気がさして投了、というところだが、藤田女流1級は☗5八銀と打って頑張る。
しかし☖5八同馬☗同金☖4一角と飛車を取られ、その角に再び1四に飛びだされた手がまたもや詰めろとなっては、これは大勢決した。
ところが、藤田女流1級が☗6五桂と玉の逃げ道を開けた手に対し、島井女流初段が☖7六飛と打ったのが、負ければ敗着という不用意な一手。☗7六同飛☖同歩に、☗8一金☖同玉☗7三桂打と迫られ、一気に詰むや詰まざるやの局面になってしまったのだ。
先ほどまでなら、ここで☖9一玉と寄る手があるから何でもなかったのだが、いまは横の利く駒を渡してしまったので、それは☗8一飛で詰んでしまう。3日前のエントリでも述べたが、島井女流初段にはこうしたスッポ抜けがあるのだ。
仕方ないから島井女流初段は上部に逃げる。追撃する藤田女流1級。どこへ逃げても詰みそうな気がするが、島井玉はスレスレのところを生き延びる。際どい攻防が続き、☗7五香の王手に☖6四玉。このとき、島井女流初段が水分を口に含んだのが見えた。
あれは昭和63年放送の第38回NHK杯将棋トーナメント戦・大山康晴十五世名人対田丸昇七段(当時)戦で、終盤必勝だった田丸七段が大山玉を捕まえ損ね、大山玉が9八まで逃げ延びたことがあった。そのとき大山十五世名人が「やれやれ…」とお茶を口に含んだ光景がダブる。
ここで藤田女流1級が投了し、島井女流初段の嬉しい優勝となった。決勝戦にふさわしい、実に見応えのある1局であった。
このあとは、各種控えている表彰式の前に、中倉彰子・宏美女流姉妹による、扇子新発売のお知らせがあった。この日は25本用意したが、すでに20本売れたそうだ(最終的には完売したらしい)。彰子女流初段は、けっきょくこの日は、5階のイベントに専念したようだ。
準備が整って、「詰将棋タイムトライアル」の表彰式が始まる。1位は、詰将棋大好き人間のT氏。2分08秒は神業だった。私は3分01秒だったが、それでも2位だった。私の参加によって、あぶれる子供さんもいるかと危惧したが、それはなかったようだ。ありがたく賞品をいただいた。
中倉女流姉妹の師匠である堀口七段の講評のあと、けやきカップの表彰式が行われた。優勝の島井女流初段は、
「藤田さんの☗6五桂はただ玉の逃げ道を空けただけの手だと思って、☗8一金からの攻めをうかりしていました。最後詰みがなかったのは好運でした」
と語った。また藤田女流1級は、
「☗6五桂から飛車が入って、後手玉が詰むと思ったら明快に詰まなくて、ガッカリしました」
と言った。現役最後の対局が悔しい結果となったが、その表情は晴れ晴れとしていた。この悔しさをバネに、引退を撤回するのかと淡い期待も抱いたが、さすがにそれはなかった。
さて1dayトーナメントは、賞金はもちろんだが、副賞が魅力的なことで知られる。ましてや今回は「府中けやきカップ」であり、後援や協賛会社が多い。食物や酒類など、副賞の山だった。もっともこれらのお酒、酒豪が多いLPSAだから、「同僚へのおすそわけ」として、すぐになくなってしまうのだろう。
次は優勝者クイズ当選者の抽選である。今朝の島井女流初段のかわいらしい挨拶で、私はうっかり島井女流初段に投票してしまったのだが、そのために私は、ここでも抽選の対象に入っている。
しかし結果は外れ。まあ、これは仕方ない。
次はアンケート投票者と、優勝者予想クイズの外れ組を対象にした、お楽しみ抽選会である。この3人目で、金曜サロン常連のW氏が当たった。
私が懸賞詰将棋で当たったときに、「一公さんはいつも何か貰っていく」と言っていたが、彼こそいつも、何か貰っていくような気がする。
司会者が、優勝者と準優勝者にあらためてコメントをもらう。
島井女流初段は
「きょうの2局は得意の穴熊を指したわけですけど、これからは違う戦法も指していきたい」
と、頼もしいコメントを述べた。
藤田女流1級は
「穴熊相手に急戦を指したんですけど、わりあいうまく行って、互角に戦えることが分かりました。皆さんも対穴熊でも、急戦で戦ってみてください」
と述べた。これが女流棋士としては最後になる、私たちへのアドバイスだった。
結びは中倉女流二段の御礼の挨拶である。中倉女流二段は、来場してくれた観客に御礼を述べたあと、
「長々と話しちゃいましたけど、本当はこういう挨拶をする予定じゃなくて、優勝してコメントを言うつもりでした。私が優勝するまで、皆さん『けやきカップ』に是非お越しください」
と会場のみんなを笑わせて、「第3回・武蔵の国 府中けやきカップ」は無事閉幕した。しかしそれなら私は、あと何回「けやきカップ」を観戦することになるのだろう。
私の横には紳士氏が座っている。私は心の中で詫びながら、駅へ急いだ。
(2日前のクイズの答えは「とでん」。東京都には三ノ輪から早稲田まで都電が走っている。また高知県にも土佐電鉄という路面電車が走っており、地元の人に「とでん」と呼ばれ、親しまれているのだ。しかし以前のファンクラブイベントで、高知県出身の島井女流初段は「地元のことをあまり知らない」とコメントしていたので、答えを言っても、ピンと来なかったと思われる)
「一公さん、きょう発売だから、買ったほうが縁起がいいですよ!」
とか言って、私もふらふらと購入していたかもしれない。
宏美女流二段が呼ばれたようなので、私も席に戻る。局面。藤田麻衣子女流1級の銀が3六と4六に並んでいる。☗5五歩に、島井咲緒里女流初段は☖5三金。島井女流初段は左金の動きが独特で、いつもは「6三」(4七)が定位置である。本局も金が三段目にいくので指しづらいと思ったが、この手は解説の堀口弘治七段推奨の手で、さすがは島井女流初段だと思った。
42手目☖7四歩と突いたところで、解説が中座真七段、聞き手が中倉女流二段に交代する。
さっそく中倉女流二段が
「島井女流初段は前局で穴熊を指して、暴力的な将棋で殴り倒しました」
と、平然と言う。そういう中倉女流二段もけっこう穴熊の暴力を振るっていると思うが、まあ人間、自分のことはよく分からないものだ。それはともかく、相変わらず中倉女流二段の話は過激で面白い。NHK杯将棋トーナメントでの聞き手は、相当自分を抑えていたのだろう。
将棋は中盤の難所に入っている。☖7三の角が4六に躍り出て、これが5七の飛車取りになるとともに、その陰にいた7二の飛車が7七の馬を直射した。
☗5六飛に☖7七飛成! ☗同桂にも角を逃げず、☖7六歩と追撃の手を緩めない。「シマイ攻め」の面目躍如だ。☗7六同飛に☖5七角成。ここで☗6八銀と一枚入れるかと思いきや、藤田女流1級は☗7二歩! 両者の持ち味がよく出ている、華やかな攻め合いだ。
会場内は満席に近い。私の後ろには椅子が追加されている。
藤田女流1級が☗3一飛と6一の金取りに打った。しかしこれ、その瞬間だけ気持ちがいい緩手。島井女流初段はおまじないのように☖4一歩と打つ。これを不用意に☗同飛成と取ったのが疑問で、すかさず☖1四角と詰めろ飛車取りに打たれては、大きく形勢が傾いた。私ならここで嫌気がさして投了、というところだが、藤田女流1級は☗5八銀と打って頑張る。
しかし☖5八同馬☗同金☖4一角と飛車を取られ、その角に再び1四に飛びだされた手がまたもや詰めろとなっては、これは大勢決した。
ところが、藤田女流1級が☗6五桂と玉の逃げ道を開けた手に対し、島井女流初段が☖7六飛と打ったのが、負ければ敗着という不用意な一手。☗7六同飛☖同歩に、☗8一金☖同玉☗7三桂打と迫られ、一気に詰むや詰まざるやの局面になってしまったのだ。
先ほどまでなら、ここで☖9一玉と寄る手があるから何でもなかったのだが、いまは横の利く駒を渡してしまったので、それは☗8一飛で詰んでしまう。3日前のエントリでも述べたが、島井女流初段にはこうしたスッポ抜けがあるのだ。
仕方ないから島井女流初段は上部に逃げる。追撃する藤田女流1級。どこへ逃げても詰みそうな気がするが、島井玉はスレスレのところを生き延びる。際どい攻防が続き、☗7五香の王手に☖6四玉。このとき、島井女流初段が水分を口に含んだのが見えた。
あれは昭和63年放送の第38回NHK杯将棋トーナメント戦・大山康晴十五世名人対田丸昇七段(当時)戦で、終盤必勝だった田丸七段が大山玉を捕まえ損ね、大山玉が9八まで逃げ延びたことがあった。そのとき大山十五世名人が「やれやれ…」とお茶を口に含んだ光景がダブる。
ここで藤田女流1級が投了し、島井女流初段の嬉しい優勝となった。決勝戦にふさわしい、実に見応えのある1局であった。
このあとは、各種控えている表彰式の前に、中倉彰子・宏美女流姉妹による、扇子新発売のお知らせがあった。この日は25本用意したが、すでに20本売れたそうだ(最終的には完売したらしい)。彰子女流初段は、けっきょくこの日は、5階のイベントに専念したようだ。
準備が整って、「詰将棋タイムトライアル」の表彰式が始まる。1位は、詰将棋大好き人間のT氏。2分08秒は神業だった。私は3分01秒だったが、それでも2位だった。私の参加によって、あぶれる子供さんもいるかと危惧したが、それはなかったようだ。ありがたく賞品をいただいた。
中倉女流姉妹の師匠である堀口七段の講評のあと、けやきカップの表彰式が行われた。優勝の島井女流初段は、
「藤田さんの☗6五桂はただ玉の逃げ道を空けただけの手だと思って、☗8一金からの攻めをうかりしていました。最後詰みがなかったのは好運でした」
と語った。また藤田女流1級は、
「☗6五桂から飛車が入って、後手玉が詰むと思ったら明快に詰まなくて、ガッカリしました」
と言った。現役最後の対局が悔しい結果となったが、その表情は晴れ晴れとしていた。この悔しさをバネに、引退を撤回するのかと淡い期待も抱いたが、さすがにそれはなかった。
さて1dayトーナメントは、賞金はもちろんだが、副賞が魅力的なことで知られる。ましてや今回は「府中けやきカップ」であり、後援や協賛会社が多い。食物や酒類など、副賞の山だった。もっともこれらのお酒、酒豪が多いLPSAだから、「同僚へのおすそわけ」として、すぐになくなってしまうのだろう。
次は優勝者クイズ当選者の抽選である。今朝の島井女流初段のかわいらしい挨拶で、私はうっかり島井女流初段に投票してしまったのだが、そのために私は、ここでも抽選の対象に入っている。
しかし結果は外れ。まあ、これは仕方ない。
次はアンケート投票者と、優勝者予想クイズの外れ組を対象にした、お楽しみ抽選会である。この3人目で、金曜サロン常連のW氏が当たった。
私が懸賞詰将棋で当たったときに、「一公さんはいつも何か貰っていく」と言っていたが、彼こそいつも、何か貰っていくような気がする。
司会者が、優勝者と準優勝者にあらためてコメントをもらう。
島井女流初段は
「きょうの2局は得意の穴熊を指したわけですけど、これからは違う戦法も指していきたい」
と、頼もしいコメントを述べた。
藤田女流1級は
「穴熊相手に急戦を指したんですけど、わりあいうまく行って、互角に戦えることが分かりました。皆さんも対穴熊でも、急戦で戦ってみてください」
と述べた。これが女流棋士としては最後になる、私たちへのアドバイスだった。
結びは中倉女流二段の御礼の挨拶である。中倉女流二段は、来場してくれた観客に御礼を述べたあと、
「長々と話しちゃいましたけど、本当はこういう挨拶をする予定じゃなくて、優勝してコメントを言うつもりでした。私が優勝するまで、皆さん『けやきカップ』に是非お越しください」
と会場のみんなを笑わせて、「第3回・武蔵の国 府中けやきカップ」は無事閉幕した。しかしそれなら私は、あと何回「けやきカップ」を観戦することになるのだろう。
私の横には紳士氏が座っている。私は心の中で詫びながら、駅へ急いだ。
(2日前のクイズの答えは「とでん」。東京都には三ノ輪から早稲田まで都電が走っている。また高知県にも土佐電鉄という路面電車が走っており、地元の人に「とでん」と呼ばれ、親しまれているのだ。しかし以前のファンクラブイベントで、高知県出身の島井女流初段は「地元のことをあまり知らない」とコメントしていたので、答えを言っても、ピンと来なかったと思われる)