「フェルメール展」―光の天才画家とデルフトの巨匠たち<その1><その2>の続きです。
「フェルメール展」では、フェルメール以外の画家の作品も、あれやこれやと良かったのですが、特に印象深かったのが、カレル・ファブリティウスの「歩哨」でした。
最初この作品を、人々の頭越しに見た時、私はこの歩哨がうららかな午後、仕事に疲れて転寝をしているのかと思いました。でも、前の方に出て、彼の指先を見たときに、その考えと見方が一変したのです。折りしも解説テープがそのことを告げました。
―この歩哨は長い間、寝ていると思われていたが、実は弾丸(火薬?)を込めている場面のようにも見えると。
私はその弾丸を込めている考えに共鳴しました。
そう感じて、その歩哨を見ると、顔などは見えないのに、その表情が見えてくるのです。
この男はまだ若く、そして真剣な眼差しでよく手入れされている、膝の上の銃に目を落としているように感じます。彼は何を考えているのでしょう。自分の仕事の事、未来の事、または週末に会う恋人の事でしょうか。
私はフェルメールは43歳で若くしてなくなったと書きましたが、このカレルはもっと若く、1654年10月に弾薬庫の40トン以上の火薬の爆発で、デルフト市街の4分の1を焼き尽くした事故の犠牲にあって、32歳でなくなりました。作品もその時多くを失い、残されたものは10数点のみなのです。
私がこの絵に魅かれたのは、若い歩哨にそのカレルの若さを重ねて見てしまったからなのでしょうか。
転寝している、真面目に働いている、どちらかは分からないことですが、いずれにしても、それを傍らで見守る黒い犬が、またいい感じです。
ところで、この作品で奇妙なことが気になっています。
wikipediaで彼の経歴なんかをチェックしていましたら、歩哨の絵が載せられていました。
上の絵と何処か違うと思いませんか?
背景の崩れた塀の向こう側・・・・。
これは、どうしてなんだろう。絵画に詳しい方が通りすがりにいらしたら、教えて欲しいと思うところです。
「フェルメール展」―光の天才画家とデルフトの巨匠たち
東京都美術館 12月14日まで。