<「月は赤く、森は緑」の続きです。>
季節はどんどん変わっていった。
森は色づいて、雨のように枯葉が落ちていく。
「どうして行かないなんて言うんですカァ。」と朝からカラスが煩くて叶わない。
「今日はハロウィーンなんですよ。一緒にまた街まで行きましょうよ。」
「おいら、・・じゃなくて、僕は行かないよ。」
「何ですか? その『僕は』って。」
「あの少年が言っていたじゃないか、『僕が』って。この先、おいらは頑張ることにしたんだよ。ああ、言った傍から間違えた。何を頑張るのかって言うとさ、自分をしっかり育てることにしたんだよ。そうして、10年、30年、100年、200年経った時、『おいら』じゃ、ちょっと可笑しいだろう。」
「100年、200年の木が『僕』って言うのも似合いませんがね。まぁ、好きにしたら良いんじゃないですか。」
そう言って、カラスは行きかけたが、また戻って来た。
「うっかり話をはぐらかされてしまいそうになりましたぜ。だから、夜、街に行こうと言う話はどうなったんでしたっけ。」
お・・、僕は諭すように言った。
「だって、カラスよ。行こうと思っても魂を移すガラクタがもうないだろう。」
「ワタクシだって、そこの所は考えていますよ。イヤね、もっと早くに気が付けば良かったんですが、そうすりゃ若くなってしまっただんなも、危ない目に遭わなくても良かったんですよ。
ガラクタがワタクシとその仲間で持ってきやす。それで使い終わったら、若くなってしまっただんなはここに帰ってきて、その後、ワタクシ達で、街に戻します。もちろん、あまりに大きなものはダメですが、足りないところは森の小枝を使ったらいいじゃないですか。
小枝とか、・・・・・・!」
「だめだよ、絶対にそんなことをしないって約束してくれ。だって、森にガラクタを運ぶところも、街に返すところも誰かに見られたら、お前達がどんな誤解を受けて、どんな酷い目にあうか、考えただけでも震えが来てしまうから。」
そういうと、カラスはあっさり引き下がった。
「分かりやした。
ところで、今気が付いたのですが、若くなってしまっただんなの周りには、あまり小枝や葉っぱが落ちていませんね。」
「小さな木だもの。落とすものも少ないんだよ。」
「それはいけませんね。秋が過ぎると寒い冬が来る。その時根元にもっと葉っぱが落ちていたら、暖かいってものですよ。それに春が来る頃、それらは養分にもなりますからね。後でワタクシと仲間で根元にどっさり届けて差し上げましょう。」
そう言って、カラスは飛び立っていってしまった。
確かに毎年冬はちょっと寒かったな。そういうことを言うのなら、それこそ早くに気が付いてくれればいいものを、とちょっぴり僕は思ったね。
少し立つと、やたらカラスの仲間がやって来て、僕の根元に葉っぱを落として行った。ちょっと多すぎるだろうというくらいの分量だ。
その後カラスがまたやって来て言った。
「ちょっと、多いように感じますがね、明日は強い風が吹きそうだ。ちょうどいい分量になりますよ。」
「だけどこの葉っぱたちは本当に落ちていた葉っぱなのかい。やけに綺麗な色をしているけれど。」
「ところで、若くなってしまっただんな。」カラスはそれには答えず、話を変えた。
「どうして、街に行かないなんていうんですか。」
「だって、毎年は行ってなかっただろう。最後に行った年から何年たったことやら。それに行った所で本当は綺麗な不細工ブチ猫も、ハンサム黒猫もいないんだよ。行った所で仕方がないよ。」
「せっかく今年は、ハロウィーンの仮装コンテストもあるのにな。」
「出るわけないだろう。」と僕は呆れて言った。
「街を歩いているものを、勝手に審査してくれるんですよ。それに若くなってしまっただんなは、死んでしまった猫達の事ばかり思っているようだけれど、あの時逃がしてあげた三毛猫や白猫のことは気にならないですか。あの時森にやって来た少年の事は、気にならないんですか。『僕は』なんて言っている位だから、気にならないわけないですよね。
という訳で、ワタクシは先に言っていますから、気が向いたら足を運びなさいって。」
「だから行けないし、行かないって言っているのに。」と、僕が言い返したときには、カラスは隣の大木の梢に飛び移って、ニヤリと笑うように
「カア」と鳴いた。
それから数ヶ月後のある日、カラスがなんだか上機嫌でやって来た。
口に何かを銜えて(くわえて)いたが、それを僕の小枝に突き刺した。突き刺したのは古新聞だった。カラスは勝ったかのように声高に、その新聞を読んだ。
「『ハロウィーン仮装、優勝者はリーフ・マン!』」
僕はじっと黙っていた。
「何か?」とカラスは言った。
「何が?」と僕は言い返した。
カラスの瞳が輝いて、カラスは嬉しそうに、そして満足そうに微笑んだように見えた。
「その続きがあるんです。『三ヶ月の間に優勝者が名乗り出なかったら、その賞金は森の清掃に当てる。』
ちょっと油断をしていたら、森の入り口がまたやられちまったんですよ。このリーフマンが名乗り出るとは思えませんからね・・・・。お陰で先日すっかり綺麗になりましたよ。」
「それだったら、最初から僕に頼めば良かったじゃないか。」
「おや、リーフ・マンは若くなってしまっただんなですか?」
「・・・・。」僕は黙った。
「でもそれじゃワタクシにとって、あまり意味がないんです。ワタクシはこう言いたかっただけなんですよ。
『願いは叶いました。ありがとう。』
今、森では静かなブームなんですよ。だから、いつかワタクシも言ってみたいとものだなと思っていたのです。
頼んでしまっては、喜びも半減するって言うもので。しかも、若くなってしまっただんなが、分かっていて街に出かけたら、たぶんエラク緊張するか、または余計に張り切って良い事なかったと思いやす。
願いが叶うと言うことは、なんて嬉しいことなんだ。と言うことは願いを持つと言うことが嬉しいことなんだな。」
カラスは饒舌に語ると去っていった。
してみると、僕の今の願いはなんだろう。そんなことを考えていたら、トロトロと眠くなってきてしまったよ。
おや、空からなにやら白いものが落ちてきた。そうすると明日の朝には森も景色を変えるのか。
ちょっと、僕はまどろんで、白い少女の夢を見よう。
リーフ・マン