森の中の一本の木

想いを過去に飛ばしながら、今を見つめて明日を探しています。とりあえず今日はスマイル
  

ベランダでお茶を

2011-05-13 04:24:16 | 梢は歌う(日記)

こんばんは~。またもちょっと真夜中におしゃべりです。
と言っても今日は、昨晩が早い時間に寝てしまったので、早くに起きてしまったのです。一度にたくさん寝るって言う事が、もう出来なくなっているのですよね、私。猫のように、一日に細切れで寝ていると言うと、縁側で転寝しているおばあさんみたいだけど、きっと本当のおばあさんになるまで、こんな感じで行くんじゃないかしら。

4月は3月に思ったことをたくさん書くみたいな事を言っていたけれど、もちろん書ききれなかったわけで、このまま続けて書いていこうと思っています。でも、その思ったことの内容に、カクッと来た方もいると思うのね。

3月に思うことといえば、震災のダイレクトな事とか原発のあれやこれやとか・・・・

なのに最初は「予知・予測」と言う、人様が選択しないテーマだったかも。

でもね、だからこそ私なのかなと思うのですね。みんなで同時に同じテーマでサロンを開く必要はないですものね。

だけど実はあれやこれやも書いていきたいなと思っているのです。ネットの窓は助かります。多くの情報が入ってきて、いろいろな人の考え方も知ることが出来て、物事を多面で見る手助けをしてくれるでしょう。故に未消化になる部分もあって、ゆっくりと考えていけたら良いなと思います。

そう言えば、10日の日に小学男子に
「明日はあの震災から2ヶ月。なんだか早いな。」と言いましたら、その子は驚いて
「カレンダーに印が付いているの?」と聞いたのです。
「ううん。3,11。忘れられない日だから。」と言うと
「そうなんだ。」と少年はしみじみ言いました。
彼はまだ10歳。
その少年にはこの2ヶ月がどんな風な日々に思えているのでしょうか。余震に耐えてきた日々であった事は間違いのないことですが、きっとこの震災は、いつかのあの日と言う感じなのかもしれませんね。

だけど大人の私たちは、気持ちの風化は戒めたいところです。
特に原発に関しては、自分たちも見えない恐怖の中に晒されているわけですから決して、遠くで見守る第三者でいるわけにはいかないのですよね。

 

ところで近頃、ベランダで朝お茶を飲むのがマイブームです。

外の外気に触れながらお茶を飲んでいると、スッキリするのです。でも小雨なんかが降っていると、放射能は大丈夫かなと思うけれど、中年にはあまり影響がないというし、たとえ20年後に影響がでても、その時は本当におばあさんでね、何が死因か特定できないもの。まあ、おばさんは最強なのさなんて思ってしまったりもして。

で、時々お茶と言うか珈琲などを頂いています。

上のシクラメンは、買った時には既に冴えなくて半額で買ったのですが、花が葉っぱの下で咲いてしまって、なにしろ緑の指じゃなくて花枯らしの指の持ち主ですから、成す術も知らなくて、ずっと冴えないままだったのです。それで先日、此花も終わりだなと思って、容赦なく花の上の葉っぱを抜き取って捨ててしまったのですね。そしたら花が今頃になって復活したのですよ。何だ、最初からこうすれば良かったのかと学びましたが、最後にでも花を咲かせてあげる事が出来て良かったなと思いました。

 

他のお話。

最近藤原竜也君は何をしているんだと思っていたら、映画を撮っていたのですね。
「カイジ2」、公開日は11月5日ですよ~。楽しみですね。

映画を撮り終わったのなら、また次の情報も入ってくるでしょうか。とりあえず金鳥のCMで我慢しています。

そう言えば天王洲からメールが来ていました。「身毒丸」の先行のお知らせです。竜也君のでないお芝居ですが、大竹さんの撫子、なんだか見てみたい。ちょっと悩んでいます。

いろいろな事、またやりたいなとやる気が出てきたところですが、反面、今の生活全体を反省中。

今と言う「時」を、もっと大事に使いたいなと漠然と考えているところです。

               ♪          ♪          ♪

 

 ちょっと写真撮ってみました。ヤダワ、後ろのモップが写ってしまったわ。

 

 じゃあ、角度を変えて。今度は水遣り用のペットボトルが・・
と言うか、テーブル拭こうよ、君。優雅にお茶をと言うイメージからは遠いな・・・

 

 別の日。

 ベランダの花たちから分けてもらって、花のミニカップ。

 

 ・・・・・・。

 

明日からまた横浜の実家に行きます。ブログは土・日はお休みです。

今日一日頑張って、良い週末をお送りくださいませ。


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母の日だったのだよ。

2011-05-09 01:18:18 | 梢は歌う(日記)

そう言えば昨日は「母の日」だったわけですよ。

時々ブログを日記代わりに、去年の今日何をしていたとか読み直してみたりするのですが、書いていない日もあったりするのでその前後も読み直すのです。ついでだから去年の母の日、オトトシの母の日は何をしていたのか、どんな事をブログに書き込んでいたのかを読むのも楽しいのですよね。

去年は奇跡が起きて、ラッタ君がチョコレートなんかを贈ってくれたのでした。次は15年後なんてふざけた事を言っていたので、今年はなしですよ(シクシク)→「母の日だから

その前の2009年は「ディドリームビリーバー/母の日に・・」

ところが2008年はまったく記事がない。何処にもない。愚痴さえナイ。これはどうした事。前日にひとりで姉妹たちと遊びに行って散財したから静かにしていたのかも。でも、記事がないのって意外と寂しいです。

2007年は「梢は歌う」の方に書いてありました。意外と好きなエピソードです。→「母の日

2006年はブログを始めた年。やっぱり書いていない。でも2007年には愚痴っているわけだから、と言うかほとんど毎年愚痴ってるわけで、本当は2006年も不機嫌だったりしたのだと思います。ただブログを始めたばかりだったので、良いかっこしていたんじゃないかな。

しかし読み直してみると、みんなまるで昨日の事のようで、「光陰矢のごとし」って本当だなとしみじみ思うのですね。ちょっとしんみりもしちゃったりして。

 

さてさて、今年の母の日ですが、上に書いたとおり何もないですよ。

でもなんか今年、どうでもいいのよね。以前から悟ってはすぐに忘れてしまう事が、なんだか定着してきたみたいなのですよ。私の家族が私に贈り続けている、それは「自由」と言う名前の宝石。もちろん一朝一夕にこれを手に入れたわけでもないし、昔からそうだったわけでもないし・・・実は今でもそれなりにだけど努力はしているんだ。だけどそれでも、この自由は誰もが持っているものではないんだって、最近気がついたのでした。

それにこの状態がずっと続くかなんて確約がないわけで、私の周りのジジババ連の健康に問題が生じたり、夫が歳を取って頑固な人に豹変するって可能性もないわけじゃないのですからね。

「今」と言う時間をもっと大切にしていかなくちゃなんて・・・、実は今思いました。

 

この記事、最初はタイトルを「素敵に暮らすヒント」にしたのですが、なかなかタイトルに結びついた事にたどり着けないので止めました。

 

だいたい「母の日」と言っても私にとっては「ババの日」なわけですよ。何が嫌かって、プレゼントを何にしようか悩むところですね。前は決めていたのですよ。ブランドのストッキング。本当は毎年それで良いのよね。でもある時、夫が二年ぐらい品物を選んだのですよ。そこから「毎年同じ」と言うのは雰囲気的にだめなような気になってきてしまったのです。で、悩む。毎年。ああ、面倒くさい。

でも今年、人のプレゼントを探したり悩んだりする事って、本当は素敵な事なんじゃないかなと思ったのです。なぜならプレゼントに悩むと、自然に自分が貰ったら嬉しいものを探すようになりませんか。そして贈り物だと思うと、いつもなら見向きもしないようなものも手に取ったりして。悩むけれど、そんなお買い物、もしかしたら楽しいのかもって思いました。

今回はそんなお買い物で見つけた「ローズペタル」。それはお風呂に入れてバラの花びらを見た目と香りで楽しむもの。自分の分は買わなかったのですが、次回そこに行ったらやっぱり買って来ようと思いました。

それから猫型のマッサジャーやミニタオルやお風呂の泡立てスポンジ。みんなピンク系でそろえて、要はリラックスお楽しみボックスを作ってみました。

女の人はいくつになっても、可愛いものや可愛い色が好きなんですよね。

ババの日とか言っていないで、こういう機会に素敵に暮らすヒントになるようなものを探すと良いかもしれませんね。

 

その後、一緒に買い物に行き、ランチに冷たいおうどんをご馳走になってしまったりもしたのですよ。それって喜んでいただけたと言う証ですよね。

ところでルート君、

「今日は母の日なんだよ。」って私が言ったら、

「ヒェー、そうだったのか。知らなかったなぁ。」だって。

そうですよ、昨日は「母の日だったのだよ!!」

 

【Bijoux indiscrets(ビジュー アンディスクレ)】Rose Petal Exposion(ローズペタル)
Bijoux indiscrets
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JIGSAW ローズペタルBOX ホワイト
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JIGSAW ローズペタルBOX ピンク
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3月4月を振り返って

2011-05-08 14:37:22 | 梢は歌う(日記)

なんだかあまり振り返りたくもない3月と4月。でも次に進むために同じパターンでいこうと思います。

3月と言えば地震、津波、そして原発。もうそれに尽きてしまうのです。そして4月もその延長のようなもの。それでも何かぶつぶつと記録しておこうと思います。・・・・・と思っていたら、なんかやたら長くなってしまいました。誰も読まないかもねと思いつつ、・・・
書いている事は地震・津波・原発の事はほとんど書いてません。社会派のあなた、ないことにする気かと怒らないでくださいね。一緒には書きたくはナイだけです。と言うか、いつも書いているようなお纏め日記には書ききれないだけですが。

  いつも映画から書くことになっているような・・・

3月になって見たい映画が実は目白押しで、映画の予定が忙しいなと思っていました。3月の始めに既に映画館で二本見ていました。

「ナルニア国物語/第3章:アスラン王と魔法の島「英国王のスピーチ」 

遡って感想を書いていたので、2月の終わりに見た「ヒアアフター」の感想を書いた日に地震が来ました。翌日の12日には「SP」に夫と二人で行く事になっていました。

「怖くて行けないわ。」と言ったら、
「当たり前だろ。今、行くわけには行かないよ。」と夫。

それどころか、長い間映画館自体がお休みになってしまいました。その映画館が再開された時、凄く嬉しかったです。最初に行こうと思っていた時は、どちらかと言うと夫の付き合いのような気がしていました。でもこの震災後に待ってから行った「SP」は本当に面白かったのです。映画に行くと言う事自体が、凄く嬉しかったから3倍面白く感じたかもしれません。その感想は→こちら「SP革命篇」

そして4月は終わりにもう1本見ました。小説読んでも泣かず、だけど映画はボロ泣きでした。→「八日目の蝉」

タイトルで映画ブログとリンクしています。お時間がありましたらお立ち寄りくださいませ。

感想は書いていないのですがテレビでも「僕の美しい人だから」「天使の恋」「ジュリー&ジュリア」「ザ・ウォーカー」「日本一のゴリガン男」「他人の顔」「サンシャイン・クリーニング」「卒業」「映画版ハゲタカ」を見ましたよ。

 ドラマ

大河「江」は見ていますよ。でもなぁ・・・
意外と楽しみには見ているんですよ。それに時々涙ぐんでしまったり。例えば最初の夫と離縁させられてしまったところなんてね。でもこれ、意外と辛い。好きな俳優さんがたくさん出ているのに。つまらなくはないのですが、なんだか大河を見ている気がしないのです。私の「江」視聴を支えているのは、いつか面白くなってきそうだと言う未来の期待と、前に見た「江~戦国の姫たち展」で見た手紙や道具や資料たちの本物の迫力なのかもしれません。

よほど大河っぽいなと感じるのは、「JIN-仁」。やっぱり面白いですね。咲さんの健気な献身的な愛にジーンとしますよ。そして南方先生のタイムスリップの謎も気になります。ラストはどうなるのかなと思っているのですが、先日咲さんが「仁友堂」を残す事が使命みたいな事を言ったときに、最終回のあるシーンを勝手に妄想して涙ぐんでしまいました。予想通りだったら自慢げに言いますね。

とんでもない予想を密かに立てているのは、朝ドラ「おひさま」。あまりにもとんでもない予想なのでツイッターでも黙っていたのだけれど、先日同じことを考えている人を発見。嬉しくなって呟いちゃったのでどんな風に予想してるのかはばれちゃっている場合もありますね。これも当たっていたら自慢すること間違いなし。だけど外れていたら口笛吹いてすっとぼけます。「おひさま」も良いですよ。少女マンガティストですよね。可愛いのですよ、全部が。でもこの先可愛いなどと言っていられない時代がやってくるじゃないですか、どういう展開になっていくのでしょうね。そして安曇野は凄く綺麗な場所です。だけど最近はセットの中が多くなってきているかな。

火曜日には「マドンナ・ヴェルディ~娘のために産むこと~」を見ています。松坂慶子が本当にマドンナのように綺麗で優しげです。代理出産、考えさせられる内容ですが、あまり難しい事も考えたくもなく上手く言って欲しいなと願ってしまいます。でも娘たちは突然離婚してしまい・・ああ次週が楽しみです。

水曜日は「遺留捜査」。上川隆也さんが可愛いのです。可愛いってキャラを、何で今頃と思ってもしまうのですが、器用に可愛いから、ちょっと笑ってしまいます。お話も結構面白いですね。

木曜日は「BOSS」。安心して見ることが出来るのですが、本音を言えば木元不足で物足りないなと言うところです。戸田恵梨香さんは映画の撮影などで忙しいのですかね。

他には海外ドラマ「「ミディアム 霊能者アリソン・デュボア」「クリミナル・マインド」は私的には欠かせません。

もう終わってしまいましたが。wowowドラマの「co移植コーデネーター」は最初からテーマが重く悲しくて切なくて涙なくしては見ることの出来ないドラマでした。二行で書くのは如何なものかと思うほど内容の深いドラマでしたが、なにぶん夜も更けてきましたので「良かった」と言う感想だけでいかせて貰う事にしました。

夜が更けて・・・と書き込んだら、突然の睡魔。zzzz

上の続きを朝になって書いています。なのでもう少しだけ「co移植コーデネーター」について書こうと思います。吉岡秀隆、ユースケ・サンタマリアが主演なら、「味」が出ないわけがありません。それに加えてテーマがあまりにもタイムリーでした。法改正により、臓器提供の意思がある場合、年齢に関係なく、本人の拒否がない限り、家族の同意で臓器の提供ができることになりました。これにより国内で子供の心臓移植も可能になってくるのですが・・・・

このドラマがまだ放映されている間に、実際に若い命からの臓器提供がありました。このドラマを見ていたからかもしれませんが、その実際の命の提供者、そのご家族の事を思って、涙が出ました。ご冥福をお祈りいたします。そしてその勇気を讃えたいと思います。

子供の臓器移植は難しい問題ですし、「もしもの時」など考えたくもありません。深い重い内容とテーマでした。

ただ周りのマスコミが「心臓が。心臓が」と繰り返すなか
「物じゃないんだ。○○君です。よろしくお願いします。」と心臓を手渡すところには滂沱の涙でした。

その他、「ハゲタカ」と「我が家の歴史」は感想を書きました。→こちらです。

そう言えば昨日「世にも奇妙な物語」の再放送を昼間やっていて(14日に新作をやるからですよね。)、三谷氏の「我が家の歴史」コラボ「台詞の神様」は、あまりにも三谷氏がキュートでお茶目なんで笑えました。こんなのやっていたんですね。佐藤浩一がプロポーズした時、柴崎幸は実際にはなんて言ったのでしたっけ。今頃になって気になってしまうじゃありませんか。

 お芝居

4月ラストに「国民の映画」を観に行きました。感想は→こちら

 お出掛けなど

はっきり言って、ジーっと家に居ましたと言えるほど、お出掛けしていないように思います。

でもいつもながらの近所のお花見には行きました。私には近所でしたが、母や姉妹が我が家にやって来ました。10数年ぶりの訪問です。そのときの様子は書いてはいませんが、ちょっと雨空のお花見の画像日記は→こちらから続けて4つです。

「国民の映画」を見るために、本当に久しぶりに電車に乗って横浜に向かいました。山下公園で花壇展をやっていたのを知っていたので、港散策もしました。電車に乗って出かける・・・そんな事で私はワクワクしました。本当に家か家の周りにいたのですね、私。

山下公園の画像は→こちらコチラ

 奥様ランチ

誰かに会う気にもなれず、奥様ランチが復活したのはやはり3月の終わりに近づいてからでしょうか。「過激なランチ」の中でも触れましたが、会った時間は短かかったのですが近況報告のみならず、いろいろな考え方とか情報とか、奥様ランチは大切ですね。いつもの常連さんと二回会いました。そんな事までメモるのかと思うと思いますが、この常連さんとの会う時間は、私には貴重です。世の中には異常に旦那さんに気を使う人がいて、半分リタイア状態の旦那さんが家にいると電話すら出来ないのです。

じゃあ、この人が完全にリタイアになったら20年以上続いた友情はどうなるんだろうと私は考えてしまうのですが、彼女は何も考えない・・・

不思議な彼女・・・。だから今のひと時が私には貴重なのですよ。

奥様ランチは5回。

「悪いけれど地震なんか、私にはもうどうでも良いことなの。」と言った、家族が難病の疑いが掛かった友人(その後セーフと判明)
被災地に靴を送るお手伝いをさせていただき、その後ついでにランチした友人
GWに家族で旅行に行くという友人。それを聞いて私もなんとなくヤル気が出てきたりして。

ランチではないけれど電話で呼び出されて公園で話した友人。飼っていたニャンコが臨終の時を向かえそうなのだと言った。ココちゃんの事があるので、どんな風に乗り越えたのか聞きに来たのでした。

会ってはいないけれど、お久しぶりの友人と長電話。お久しぶりで話すこと多数。主にワンコ・ニャンコ・子供の話。一人の子供は地震の時新潟のスキー場にいて、雪崩に合い駐車場の車が雪で埋まったとか・・・。もちろん無事でしたが、あの時ニュースでは流れない事が多数ありましたよね、きっと。長電話でしたのでちょっと電話代が痛かったです(セコイね。)でも、彼女分かっています。途中でかけ直そうかと聞いてくれました。断ったけれど、それで電話代の事を逆に意識してしまったのですね。でもその心遣いが嬉しいじゃないですか。

やっぱりランチではないけれど、ふと立ち寄った美容院の友達のところで、お客さんと話した会話も奥が深かったように思います。
「あんたね、戦争直後はあの瓦礫の野原が日本中だったんだよ、日本中。それを思ったら大丈夫さ・・・」

着付け教室最終日のお茶のみ。私は途中でお仕事佳境&体調不良で止めさせていただいたのですが、みんなも地震でイマイチな最後だったみたいです。今、腕が痛いのでそれがちょっと良くなったら、今度は家で練習しようかなと思います。でも最終日のお茶飲み会は楽しかったですよ。

そう言えば仙台に旦那さんが単身赴任しているお友達にも電話しました。旦那さんは無事でしたが、鎌倉あたりも結構ライフラインがやれれ、そこで暮らしていた娘二人とその夫が疎開中だと言っていました。

私が家でジィーっとしていても世界は回っているのですね。

 ルート君の誕生日&訳の分からないうちに卒業。なんだかなぁ・・・。

 読書  1冊たりとも読み終わっていません・・・・。まあ、今は放っておいてください。だけど今は読むより書きたいと言うのが本音かも。

 お仕事。お仕事量がパラダイス。今年一年これでいきたいが、どうなのかしら。

 お片付け

ルート君の部屋の汚部屋に挑戦。これ、二人で頑張りましたよ。ほとんど4年分のゴミを捨てたように思います。友人が「触らせる?」と私に聞きましたが、ルート君の部屋の場合は別枠です。諸悪の根源は、はるか昔の私にあるからです。忙しすぎた昔、片付かないものをちょっと広い彼の部屋に置かせてもらったことから、彼が片付けられない男症候群に陥ったわけなのですから。後、クローゼットの中を片付けて本箱にしまいきれなかった漫画をその中に入れたら、もう彼の部屋は汚部屋ではありませんよ。

どうしたら良いのか分からなくなってしまった彼の部屋が、スッキリになって良かったです♪

こんな風に私のお仕事は10年放置してあった家中の片付けなのですが、コツコツやっています。

 猫を飼いました。名前は「もも」です。・・・・あっ、知っていました~!?

と言う二ヶ月でした。

いやいや、もうひとつありました。

 元キャンディーズの田中好子さんが亡くなって、その追悼の思いをこめて「さよならスーちゃん」と言う記事は書かせていただきましたが、私にはもうひとりの田中さん、つまり田中実さんの死も、かなりのショックなことでした。大好きだった「温泉に行こう」。そのシリーズになくてはならない武藤さん。首をつっての自殺。なぜなのかは分かりませんが、残念でたまりません。彼のブログは今でもアクセス出来るか分かりませんが、その最後の記事には「うつむいていると、考えることも暗くなるが、空を見上げていると前向きになる」様なことが書かれていたように思います。コピペではないので、いつもながらの不正確さですが、「空を見上げて考え続けたい。」と言う前向きな素敵な記事がラストでした。

空を見上げて考え続けると言ったのに、何故に逝ってしまわれたのでしょう。

残念でたまりませんが、今は安らかな眠りを願うばかりです。

 

 

 


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wowowで「ろくでなし啄木」

2011-05-06 14:59:53 | 観劇・コンサート日記

5月4日、wowowで「ろくでなし啄木」を観ました。

劇場には足を何回も運べません。故に演劇とは一期一会のような感覚がありますが、だからと言って見切ることなど出来ません。受け取れたものだけを心の財産として、大切に心の小箱にしまうのです。でも、映画なども見るたびに、観るところが違ったり感じ方が違ったりと新たな発見があるので、本当はお芝居も複数回で観たいなと思っているのです。

だからテレビで、演劇を放送してくれるのは大歓迎です。

その為にwowowに入っているようなものですが、放送時間が深夜だったり夕方だったりと、主婦的にはちょっと辛いです。
(ああ、なんとなくdvdを買えば良いじゃないとか録画したらとか、お声が聞こえてきそうですが、まあちょっとそれは置いておいてね。)

今回は祭日の夕方、カレーを作って気合を入れてみようと思ったら、姑さんからワードのお仕事の依頼が来ました。ノーなどと言うわけもなく言えるわけも無く、キィボードパチパチは別に嫌いじゃないから良いのだけど、たけのこのお寿司のおまけ付き。ご飯を作ってもらって、なんか不満げな口ぶり、之はどういうことかって言うと、それだけじゃ夕食は成り立たないわけで、勝手に食べてねも通用しない。主婦が集中して長時間テレビを見るというのは難しいものなのですよね。

途中で立って、ダッシュで味噌汁とかを作り、お刺身を出したりお皿を並べたりのテーブルセッテングの早い事。だけど、子供が
「この味噌汁はまずくも無いが美味しくもない。何故こんな不思議な味噌汁になったんだ。」と発言。夫が「油げが不味いんだ。」と言いました。顔も心も耳もテレビの方を向いていた私ですが、油げの油抜きがいい加減だったんだなとふと思いました。味噌汁如くでも心が無ければ、てき面にその結果は出てしまうのだなとチラリとそんな考えが浮かびました。

まあ、上に書いたことはささやかな脱線です。

心がある、無いと言う事はとても大切な事だと思います。心、それは願いだったり望みであったりもするでしょう。

そんな風になりたい、それをやりたい、その仕事をやりたい。

「ろくでなし啄木」は、藤原竜也君の三谷さんの仕事をしたいという心から生まれてきた舞台なのかもしれませんね。

基本は前に舞台を見て書いた感想と同じです。その感想はこちらです→こちら

 

だけど舞台で見ていたときには、あまり良い席では見ていないことなど書き込んではいないわけですよ。それでも結構ちゃんと見ているつもりになっていたわけです。でも、それは間違いだなあと思ってしまいました。

なぜなら舞台で見ていた時には、正直な事を言うと動きの大きい勘太郎さんに結構食われてしまっているのではと、ちょっと思ってしまっていたのです。そして二幕目までがコメディ色が強く啄木が幽霊で登場する場面から、シリアスになってくる感じがしたのですね。

しかしそのイメージは、彼らを近くで見ていて覆されました。

啄木は最初から三幕と言うか、啄木メインのネタ晴らしの時の啄木となんら変わっていないのですね。まったく持って食われてなんか無いじゃない。藤原竜也君の思っていた以上の素晴らしさよ。

と言うか、この舞台で彼、結構評論家の人たちなどに褒められていたように思います。分かるな、それってって遅いよね、まったく。

だけどそれは、私にとっては今まであまりなかった事の様にも思うのです。ちょっと自分自身の課題です。良い舞台を見たいです。良い舞台であって欲しいです。でも私自身も良い観客でありたいなと思うのです。

 

啄木は人たらしで屈折していて才能豊かで、自分の仕事には真面目。そして向き合っては苦悩している。自分は人をからかって振り回すのに、自分がからかわれ振り回されるのは嫌い。

おやっ、・・・・。

屈折してるかどうかは知りませんが(どう見てもそうは見えませんが、)、これって竜也君のことじゃない?

 

インタビューで勘太郎さんが、「このろくでなし啄木は、アテガキだからね。」と、ある意味凄いねと言う感じで、でもある意味「ろくでなし」の部分がアテガキだとからかう様に言いました。あっ、「ろくでなし」の部分と言うのは、この啄木がと言う意味ですよ。でも、確かに鋭い線をいってるのかなあと思ってしまいました。

 

三谷さんインタビューでは、最初は竜也君で「坊ちゃん」をやろうかと思ったと言っていました。それも見たくないですか。凄く見たい。ぜひぜひお願いいたしますと祈ってしまいますよ。

それから三谷さん自体が、あんなに真面目な顔をしているのに、恐ろしいくらいお茶目なんですね。袖から笑わせてみたり写メを撮ってみたり・・・・。でも三谷氏の理屈で言えば、「決して彼らは舞台で笑って舞台を台無しにすることは無いと言う信頼関係があるから。」と言うわけだけど、それを舞台に出る5分前に竜也君に話しかけて、「うるさい、静かにして。」と叱られたと言うエピソードには笑わさせていただきました。

三谷さんはちょっと傷ついて落ち込んで「何もあんな言い方しなくてもって思ったんだけど、この人はそれだけ真面目に取り組んで、それだけ集中しているんだなと思った。」と。

長い間のラブコールが叶って、実現した舞台だって言うのに、いざ舞台の前に立ったらその作者に媚びない彼。と言うか、誰に何を言ったのかきっと意識していないのじゃないかと思います。舞台前、5分は既に戦いが始まっているんですよね。

汗まみれでも汗も拭けず、鼻水が垂れていても平然としている。舞台はいつも真剣勝負ですね。

 

三谷先生、是非「坊ちゃん」もよろしくですと、世界の片隅でささやく私・・・・

 

 

 


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「国民の映画」

2011-05-04 02:35:35 | 観劇・コンサート日記

4月30日。神奈川芸術劇場にて。

「国民の映画」と、タイトルはなんとなくお気楽っぽいので、三谷氏得意のコメディかと当初は思っていたが、舞台が1941年のドイツ・ベルリンで登場人物がナチスの宣伝大臣パウル・ゲッペルスと聞けばイメージも変わってくると言うものだ。事実幕が開いてから聞こえてくるのは、「重い内容である」と言う評価がほとんどである。

但し三谷氏の舞台なので、文芸作品のように重々しくは無く、軽妙に物語りは綴られていく。そして最後には予想以上のズシリ感で心が重くなってしまったのだった。

帰り道、駅に向かう人々は皆劇場から出てきた人ばかりで、そして皆がお芝居の感想を言い合っていたのが、非常に印象的だった。

雑踏の向こうで
「ヒムラーを演じていたのは誰だっけ。」と男の人の声がした。
だけど一緒にいたのはカノジョなのか、大きな声のカレシと違って普通の声の女性だったのか、その後の声が聞こえない。
なんとなく私は
「段田さん。」と呟いてみる。
姉が、
「あの声に答えたのね。」と笑う。
「ああ『メトロポリス』、見ておくんだったわ。面白さが違ったよね。」
真後ろの女性が言ったのが耳に入ってきた。
「同感よ。私も今同じことを思っていたの。」と心の中で言ってみる。まさか振り向いて見ず知らずの女性に言うわけにはいかない。ツイッターのようにはいかないのだ。

人々は語り合いながら、心に入り込んできた『何か』を吐き出して、その『何か』の正体を見ようとしているのかもしれない。または重くなりすぎた心を話す事によって軽くしているのかもしれない。いずれにしてもこのように語られる言葉の多さこそ、演劇への評価だと思う。

前に「身毒丸」の感想を書いたときに、「演劇はまさに総合芸術」と言うコメントを頂いた。
まさにまさに、である。

この「国民の映画」と言うお芝居の中にも多数出てくる、この「総合芸術」と言う言葉。それは確かに映画にも語られる言葉だったなと思った。だけど舞台にもそれは言える。そしてこのお芝居はそれを強く感じさせるものだった。

が、もしかしたらその言葉の底辺には、今の映画に対しての苦言の思いが込められているのかも知れない、なんてことをふと思ってしまったのだった。もちろんすべての映画に向けてではない。

映画として成り立っていても、作り手に「総合芸術」の思いが無ければ、ある種のグレードに到達する事はない。

そしてその芸術の最後の重要ポイントは見る者、つまり良き観客を得る事だと、帰り道の雑踏の中で私は思ったのだった。

ナチスご用達監督のレニに、最後にゲッペルスが言い放つ。
「映画はひとりで作るわけではない。君は何も分かっていない。だから君の映画はつまらないんだ。」

党大会の映画を撮ったレニ。ベルリンオリンピックの映画を撮ったレニ。そのスクリーンの向こう側にいた者たちはどんな者たちだったのだろうか。

・・・・・・・・

ええと、・・・・・・
これはもう大阪公演も終えて、横浜が最後だったのですね。でも、「ろくでなし啄木」のようにwowowでやるかもしれませんので、ネタバレ感想は以下に書かせていただきます。ちなみに「ろくでなし啄木」は5月4日18時15分からですよ。

と言うわけでネタバレ感想を少々。

タイトルに「映画」と付いているためか、それとも三谷氏が罠をちりばめているせいか、ところどころで映画を連想してしまう。最初に思い浮かんだのは、やはり「ヒトラー最後の12日間」だろうか。この映画もwowowで見たように思う。ただ前半を見逃して後編だけだったので、深い部分までと言うより登場人物の名前も曖昧だった。ただそこに出てきた子沢山の夫婦が、彼らだったのじゃないかしらと思っていた。それならば女にだらしがなくて映画を愛するこの男と、恋の勘違いエピで笑わせてくれるどこか憎めない女の最後は・・・・

ラストで執事のフリッツが語る彼らの最後。やはり彼らはその映画の中の彼らだったのかと思った。(たぶん)

後でたくさん貰ったチラシの中に「神奈川芸術プレス」と言う新聞が入っていたことに気がついた。そこにもその映画について触れられていたが、そのインタビューの表題が「僕らとおなじ小市民が狂気に走る怖さ」。あまりに簡潔なので、もう何も言う事が出来ない。つまりこのお芝居のテーマなのだ。

ちょっと連想した映画の話に戻る。一番の三谷氏の遊びは、ヒムラーが語る自分が出る映画の構想。聖杯・ナチス・考古学・大冒険。もうあれですね。

それから、なぜか「ライフ・イズ・ビューティフル」。

このお芝居は、フリッツがユダヤ人であることがヒムラーに知られてしまうところから、ズシンと来る。今まではさながら人物紹介のようにさえ感じるのだ。

それまでは仕事がやりたくて権力に媚びていたヤニングスもツァラも、ユダヤ人排除計画を知り去っていく。潔いようにも思うが、誰も目の前のフリッツを助けるようにと懇願するものなどいない。なぜならそれをやったら同罪で、彼と同じ運命をたどってしまう事が分かっているからだ。

目の前に存在するのに、助けられない苛立ちを彼らは自分の中に封印しなければならない。故にあるものは逃げ出し、ある者は感情に蓋をする。傍から見れば感情の非常識。この欠落感はなんだろうと思わせるような異常さだ。

例えば石田ゆり子さん演じるゲッペルスの妻は、ほんの数分前までは、間々ありがちな勘違いな恋の物語で私たちを笑わせてはくれるが、非常に人間くさい。フリッツに対しても信頼が厚く頼り切っている。だがそのフリッツを失う事が分かると、さながらただ暇を取る人のように「寂しくなるわ。」と言い「ユダヤ人でもちっとも嫌な感じがしなかったもの。」と言う。

大好きだったと言えば、また死なないで欲しいと言えば心の封印は解かれ自分を守る事は出来ない。

そう言えば、小日向さん演じるゲッペルスがある時まで、とても人間くさくチャーミングなのに、ある一言でドンとそのイメージを覆す瞬間がある。

それはヒムラーがユダヤ人排除計画で、青酸カリを使った薬の開発で一度に2000人ずつ処理できると言ったときに、間髪入れずに言った相槌の言葉「素晴らしい」。

本気で言っているのか、どういう気持ちで言っているのか、思わず悩んで動揺してしまう。あれほど人間くさく魅力的であったゲッペルスが人間味を失い、続けてパーティーのメンバーからは去られ、映画の企画は挫折し、さらには自分ひとりでは映写機も動かせない惨めさを醸し出す。

フリッツがユダヤ人であることを知って雇っていたとなると、ゲッペルスたちにも害が及ぶ。が、フリッツはそんな彼らを「旦那様たちは知らなかった。」とかばうのだ。

その事に礼を言うと、同じ部屋にいるのも嫌いだったと彼は言いながら、あなた方を守るのが私の仕事だったからと言う。

「ライフ・イズ・ビューティフル」の中で、今まさにガス室に送られる年を取ったおじにナチスの女性がぶつかると、彼は礼儀正しく「大丈夫ですか。」と女性を気遣うと言うシーンがある。弱者の方が気高い、そんなシーンなどが被り。私の中でその映画を連想させたりもしたのだった。

仕方がないなと映写機を回してあげるフリッツ。いつものように講釈をたれようとするゲッペルスに

「うるさい、今日ぐらいは静かに見させてくれ。」と彼は言う。

だけどゲッペルスは顔色も変えず反論もせず言われたまま、黙って二人で静かに映画を見、映写機の回る音だけがしていた。

このラストのシーン、すごく良かった。

彼らは映画と言う芸術の前では、差別の無い平等の者達なのだった。

またも「ライフ・イズ・ビューティフル」の話だが、この映画の最後は主人公の男の子供が、「僕たち勝ったんだね。」と言うが、このお芝居の中では、誰も勝たなかった様に思う。

 

フリッツの言葉を借りて語られる、それぞれの人生の後日談。
フリッツは2000人の仲間と処理されてしまう。ゲッペルス夫妻はヒットラーの死後子供も巻き込んで殉死してしまう。ヒムラーもゲーリングも裁判前に服毒自殺をしてしまう。

映画関係の人たちは、輝きを失ったものもいればシブトク生きたものも、凡庸に生きた者もいて、それぞれの人生を皆生きた。

彼らの後日談を聞いていると、ふと人生そのものが映画のようだと感じてしまったのだった。

 

人生は幻のようだ。だけどあの瞬間だけは確かにみんな存在し、輝いていたんだ。
そんな感じのアンコールだった。

 

 

 

 

 


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山下公園・港風景

2011-05-02 00:43:09 | お出掛け日記

横浜新緑散歩、その2は港の風景。

横浜散歩と言っても山下公園限定。

ご存知「赤い靴をはいた少女」の銅像。山下公園内にある。

 

 

 

少女は異人さんの国に何故行ってしまったのだろうか。

子供の頃、赤い靴と遠い国への憧れはリンクしていて、おしゃれな赤い靴に憧れていた。

そして少女時代は本当に赤いエナメルの靴を履いていたように思う。

薄曇の海も遠い国の憧れを思わせる。

 

 

そして新緑の5月がまたやってきたのだ。

 

なんだかちょっと外国みたい。横浜も捨てたもんじゃないよね。

 

 

  ←某ホテルで頂いたおやつ。

その後、神奈川芸術劇場に移動して・・・

 そう言えば、昔はお芝居やコンサートは県民ホールでやっていたんだよね。この建物が美しくて、私は友達に自慢していたな。でも名前がなんたって「県民ホール」なので、何で私が自慢げなのか、この建物を見るまで、みんなには分からなかったみたい。今ではどうって事ないみたいだけど、その当時は全面ガラスの、この建物が本当に美しく私には感じていたのですよ。神奈川芸術劇場は、その県民ホールと一体運営しているらしい。

 

  それから芸術劇場の中には、NHK横浜放送会館も入っている。だからこんなおなじみのキャラクターが(おなじみと言ってもキャラ名を知らない)入り口で、ちびっ子を出迎えてくれる。

 

  横浜といったら大道芸。これは山下公園内でやっていた一輪車乗り。

    芸術劇場のアトリウムでやっていたもの。たまたまこの人のときに来たのですが、ずっといろいろな人が演じていたようです。リングとかボールとかはしごとかの芸で、本当に素晴らしかったです。

←芸術劇場内部。この劇場、大きいけれど感じも良く見やすかったです。また来たいと思いました。あっ、そうそう。トイレは数も多く休憩時間15分でも、トイレで並んで終わりと言う事はありません。そんな所も良いですよね。

 

 

 

 


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山下公園・花壇展

2011-05-01 16:18:08 | お出掛け日記

三谷幸喜さんの「国民の映画」を神奈川芸術劇場に見に行きました。感想は後日。

ちょっとその前に新緑の港をお散歩してきたので、その写真日記を続けてアップしようと思います。

山下公園では今「花壇展」が開催中です。5月5日までですが、20区画の花壇、見応えがありますよ。

 

 

 

 

 

さすが横浜、ベイスターズの星のデザインが多いですね。

 

 

 

 

 

 

 


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