原爆投下の日から、62年が経った。
1945年8月6日午前8時15分広島に
ウラン爆弾「リトルボーイ」が投下された。
約14万人(45年末まで)の死者。
つづいて、1945年8月9日午前11時2分長崎に
プルトニウム爆弾「ファットマン」が投下された。
約7万人(45年末まで)の死者。
無抵抗の市民が大量殺害された。
そして、生き残った人や
後から被爆地に入った人、
黒い雨を受けた人は、
放射能をあび、
今も白血病、甲状腺がん、
様々な疾病に苦しんでいる。
ケロイドが疎まれ、
被爆体験自体もまた、
就職、結婚の差別を生み、
心の深い傷も背負い生きてきた。
今、全国の被爆者は25万1834人(3月末現在)。
平均年齢は、74.6歳。
徐々に数は減り、高齢化が進んでいる。
被爆者への援護策の充実を考えていかねばならない。
一方、世界では、
米国、ロシア、英国、フランス、中国の5大核保有国の
核軍縮は進んでいない。
核不拡散条約(NPT)に
現在190カ国加盟(07年5月現在)しているが、
事実上の核保有国である
インド、パキスタン、イスラエルは加盟していない。
北朝鮮は、03年1月に脱退し、
05年2月核保有を宣言、
06年10月核実験実施。
NPT体制の崩壊につながりかねない行動であった。
日本は、米国と安保条約を結び、
米国の「核の傘」に頼ってきた。
唯一の被爆国日本は、
平和憲法を遵守し、
同じ悲劇が二度と起きないように、
世界に訴えていかねばならない。
原爆の惨禍を語り継ぐ人は、年々減っている。
しかし、時は経っても、
決して被爆の歴史を、
風化させてはならない。
私は、広島で大学時代を過ごした。
医学部では、被爆者医療の現場も見てきた。
大学時代、毎年、この日は、広島で式典が催され、
平和の大切さを再認識する日であった。
これからも、広島の思いを胸に抱き、
平和を求める一市民でありつづけたい。
1945年8月6日午前8時15分広島に
ウラン爆弾「リトルボーイ」が投下された。
約14万人(45年末まで)の死者。
つづいて、1945年8月9日午前11時2分長崎に
プルトニウム爆弾「ファットマン」が投下された。
約7万人(45年末まで)の死者。
無抵抗の市民が大量殺害された。
そして、生き残った人や
後から被爆地に入った人、
黒い雨を受けた人は、
放射能をあび、
今も白血病、甲状腺がん、
様々な疾病に苦しんでいる。
ケロイドが疎まれ、
被爆体験自体もまた、
就職、結婚の差別を生み、
心の深い傷も背負い生きてきた。
今、全国の被爆者は25万1834人(3月末現在)。
平均年齢は、74.6歳。
徐々に数は減り、高齢化が進んでいる。
被爆者への援護策の充実を考えていかねばならない。
一方、世界では、
米国、ロシア、英国、フランス、中国の5大核保有国の
核軍縮は進んでいない。
核不拡散条約(NPT)に
現在190カ国加盟(07年5月現在)しているが、
事実上の核保有国である
インド、パキスタン、イスラエルは加盟していない。
北朝鮮は、03年1月に脱退し、
05年2月核保有を宣言、
06年10月核実験実施。
NPT体制の崩壊につながりかねない行動であった。
日本は、米国と安保条約を結び、
米国の「核の傘」に頼ってきた。
唯一の被爆国日本は、
平和憲法を遵守し、
同じ悲劇が二度と起きないように、
世界に訴えていかねばならない。
原爆の惨禍を語り継ぐ人は、年々減っている。
しかし、時は経っても、
決して被爆の歴史を、
風化させてはならない。
私は、広島で大学時代を過ごした。
医学部では、被爆者医療の現場も見てきた。
大学時代、毎年、この日は、広島で式典が催され、
平和の大切さを再認識する日であった。
これからも、広島の思いを胸に抱き、
平和を求める一市民でありつづけたい。