(愛知県新城市有海字篠原 2005年7月27日)
篠原と書いて「しのんば」と読む。豊川上流の寒狭川と宇連川が合流する右岸に広がる原である。縄文時代からの人々の営みの跡を残し、戦国時代には長篠の戦いが繰り広げられ、この篠原で鳥居強右衛門勝商が武田勢により磔死(はりつけ)にされた地でもある。そして現在この地は、第二東海自動車道(第二東名)の建設予定地となり、将来著しく風景が変わってしまうことだろう。
篠原と書いて「しのんば」と読む。豊川上流の寒狭川と宇連川が合流する右岸に広がる原である。縄文時代からの人々の営みの跡を残し、戦国時代には長篠の戦いが繰り広げられ、この篠原で鳥居強右衛門勝商が武田勢により磔死(はりつけ)にされた地でもある。そして現在この地は、第二東海自動車道(第二東名)の建設予定地となり、将来著しく風景が変わってしまうことだろう。