(埼玉県所沢市)
文明十八年(1486)京の僧、道興准后がこの地を訪れ、観音寺(現新光寺)でもてなし受けたことを紀行文廻国雑記の中で「野遊のあそびのさかなに山のいもそへて(添えて)ほりもとめたる野老(ところ)沢かな」と詠んでいる。この野老はヤマイモ科の植物で、所沢の由来になったとされる。
(秋田県北秋田市阿仁根子)
阿仁川から支流の根子川を遡る。幅の狭い根子トンネルを潜ると根子(ねっこ)集落に辿り着くが、このトンネルも昭和50年(1975)に開通したもので、それまでは峠越えをしていた。根子川沿い、人口百人余りの根子集落は平安時代末期の平家滅亡後、一族の小池大納言家臣がこの地に隠れ住んだのが始まりという。同じくしてマタギ(狩猟)が起こり、根子は発祥の地の一つとされる。山は、熊が木の実等を食べるために木の枝を手繰り寄せて、それが堆積した熊棚と呼ばれるものがそこかしこにあり、初冬の季には葉の落ちたクロモジ、ツルウメモドキやホップ、葉が広がって枯れたワラビ等が目に入る。