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(有渡八幡神社 静岡市駿河区八幡山 2010年10月12日)
南側の有東山と同じく独立丘陵の八幡山(やはたやま)の西側には、山名の由来ともなった推古天皇五年(597)あるいは神護景雲三年(769)創建と伝わる八幡神社があり、誉田別命(応神天皇)を祀る。永禄十一年(1568)武田信玄の駿河侵攻によって兵火に遭い記録を失ったが、文久元年(1861)の地誌「駿河志料」によれば、寛元元年(1243)駿河国惣社別当憲信によって大般若経がこの社に寄進され、更に明応三年(1494)今川氏臣福島助春が再寄進した旨が記されている。また、慶長十八年(1613)徳川家康が楼門を寄進したが、第二次世界大戦により焼失している。
(静岡市駿河区有東 2010年10月12日)
静岡県で二番目に低いとされる標高35mの有東山に鎮座する。創建は不詳ながら、祭神は闇淤加美神(くらおかみのかみ)を主祭神とし、明治時代に近隣の多くの小社を合祀している。また、社名、地名の有東(うとう)はアイヌ語の突起に由来し、神社のある独立丘陵をさすという説がある。
(佐賀県西松浦郡有田町本町 2010年7月25日)
みどり号で有田駅に降り立つ。明治30年(1897)九州鉄道長崎線(1934-佐世保線)の駅として開業し、翌年有田駅を起点とする伊万里鉄道(1945-松浦線)が開業した。明治40年(1907)国有化されたが、昭和63年(1988)松浦線が第三セクター松浦鉄道西九州線として分離されている。現駅舎は平成8年(1996)有田焼の登り窯をイメージして改築されたものである。