(めまんべつ 北海道網走郡大空町)
冬の道東に降り立つ。一番雪の多い時期であったが、大雪山以東であるため、日本海側より積雪は少ない。女満別はアイヌ語で、メム(池泉)・ペッ(川)を意味する。故に湖沼が多い。
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(北九州市若松区本町 国登録有形文化財 近代化遺産)
大正8年(1919)に築造された、煉瓦造2階建塔屋付、延床面積580㎡の石炭採掘会社の社屋である。昭和39年(1964)からは日鉄鉱業の所有となり、九州支店北九州営業所として使われたが平成8年に閉鎖され、解体計画が持ち上がった。然し、保存運動が起こり、平成16年に耐震補強がなされ、コミュニティホールとして再利用されている。
(函館市電 北海道函館市 北海道遺産)
明治30年(1897)亀函馬車鉄道として、弁天町(函館どっく前)-東川町(東雲町)間が開業したのが始まりである。昭和18年(1943)からは市営となり、昭和30年代に最盛期を迎えた。然し、モータリゼーションと中心市街地空洞化により次第に規模を縮小。現在は本線である函館どっく前 - 函館駅前 (2.9 km)と、湯の川線、風町 - 湯の川 (6.1 km) 、宝来・谷地頭線、十字街 - 谷地頭 (1.4 km) 、大森線、函館駅前 - 松風町 (0.5 km)からなる。
(800形811 1965年製 函館駅前)
(3000形3002 1994年製 五稜郭公園前)
(北九州市若松区浜町)
仲哀天皇八年(199)熊襲(くまそ:肥後球磨郡及び大隅曾於郡の、くま・そお地域に住した部族)の平定に向かった仲哀(ちゅうあい)天皇と神功(じんぐう)皇后は、洞海湾で光る石を発見し、御神体としてこの場所で航海の安全を祈願したのが始まりという。
(うねどりさま 岩手県遠野市遠野町)
江戸時代、商人港屋平兵衛が閉伊郡普代村の鵜鳥神社から勧請したのが始まりである。また、祭神の卯子酉明神は縁結びのご利益があるとされ、左手だけで赤い布を結びつけることができると、縁が結ばれるという。
(隣接する愛宕神社)