京の辻から   - 心ころころ好日

名残りを惜しみ、余韻をとどめつつ…

豊かな孤独

2021年10月14日 | こんな本も読んでみた
空の高さを感じた今日。ハナミズキの紅葉が進んでいた。


川本三郎氏(評論家 1944年生-)が70歳を前にして書かれた「老いの一人暮らし」と題した短い文章が新聞紙上に掲載され、網野菊を知ったのだった。氏は奥様をこの6年前に亡くされていた。網野菊の『ひとり暮らし』は、今、他人事ではなく、しみじみとした味わいを感じるいい作品だと記されていた。

若くして離婚し、長く独り暮らしの菊さん。志賀直哉に師事した網野菊の作品は私小説といわれるが、『ひとり暮らし』の主人公・よし子は、荷風の死に衝撃を受ける。好んで一人暮らしをしていた荷風だし、孤独死も覚悟のことだったろう。非業の死ではなく、これはこれで幸せではなかったかと自分を励ますよし子に、川本氏も心を寄せられていた。

    広津桃子が長きに及ぶ菊さんとのお付き合いの末にまとめたのが『石蕗(つわ)の花  網野菊さんと私』で、
その巻頭の一篇が「石蕗の花」と題されていた。後年、桃子さんは菊さんが住んだ家の跡地を訪れて、〈かつて、ここにささやかな家があり、謙遜な生活があり、目立たぬ植木が身を寄せ合うようにして、花を咲かせ、紫の草花があり、猫どもがたわむれていた〉と記す。様々に思い出す情景の中で思い浮かんだ句として、「冬支度するもひとりや石蕗の花」が挙げられていた。

〈自分の周囲をじっくりみつめ、つらさ、悲しさ、驚き、ほのかな喜びなどを、調子を抑えた筆で綴るところに、独特ともいえる味わいの深さを表す作家であり、身をもって知ったとは言えぬ出来事に、(それがたとえ、知人の意見であっても)軽々と調子を合わせるような物言いをする網野さんではなかった〉そうだ。

川本さんは「選んだ孤独はいい孤独」というフランスの言葉を引き、健康でいる限り、自分で生活を律しながら一人暮らしを楽しむ、豊かな孤独というものに思いを及ばせていた。
〈健康でいる限り、自分で生活を律しながら一人暮らしを楽しむ〉 一人でいても、そうでなくても、自分の日々を、自分で満足できる状態にと努力したいものだな。そんなことをちらと思った。
コメント (2)
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