雪が家の中に降りかかってくるのでさえ「春の隣の近ければ…花は散りける」と。なんと風流な、と驚かされる。
あの冷たく厳しい空気がさすように頬に触れて、心がしゃんと引き締まるのを覚えた正月の朝もすっかり遠のいた。まさに「一月は去ぬ」の言葉そのものだが、この間際、少ししがみついてでも食い止めたくもなる。
琵琶湖湖岸道路を走った。道路わきの気温表示も、往きは8度で帰りは13度。
対岸には、尾根にわずかに雪を残した比良山系の山並みが望める。裸で寒風に耐えてきた湖岸に続く枝筋が美しい冬木にも、力のみなぎりが感じられる。お~~、湖面のこの輝きよ~。
陽光が 天、地・人の上すべてに渡って広く満ちている・・・
まさにまさに、その感じ!
梅の花が待ち遠しい今頃、春の気配を表す季語のひとつとしての「春隣」。家と家が並ぶように、すぐ隣まで春が来ているという。
さんざん春を待ち望みながら、迎えた春も心せわしく惜しんでは夏を迎えるのも例年のこと。
春を越えて心そわそわ夏を迎える覚悟を受け入れながら、身はひとっ飛びで真夏の炎天下にさらされることになる。いつもながらに、風流なんて感じるゆとりもないわが身…。
妙なる香り、月光にも勝るとその清らかさを讃えられる水仙の花。シャワーボトルの花よりもずっとずっと好ましく思うのは、日本人たるところかな。
“春は隣”の輝きを目に、胸に焼き付けて…。
「一月は去ぬ」まさにそのとおりですね。
そこここに春の気配を感じると、もうお正月が遠くに霞みそうな…。
そして「春隣」、keiさんの気持ちはすでに真夏の彼の地へ。
ひとっ飛びに迎える灼熱の夏。
改めて色んな風流を味わいながら迎える日本の夏…。今年は二度も夏を迎える贅沢が、心そわそわ目の前ですね。
「春隣」…しびれるような素敵な語感。
日本語の豊かさをまた教わって得した気分。水仙に贈る賛辞と合わせて、こっそりインプット。頂きま~す!(笑笑)
俳句を嗜まなくてもご存知の方はおられるでしょうが・・・
ひそやかに春を待つ心が表われている素敵な言葉ですね。
琵琶湖も春の気配でしたか?
われは湖の子 さすらいの
旅にしあれば しみじみと
のぼる狭霧や さざなみの
志賀の都よ いざさらば
亡夫がよくうたっていました。
三高ではなくて、八高卒ですが・・・
この広い琵琶湖は、気持ちがゆったりとくつろぎます。運転しながらでも目を奪われる、この輝き。いいものです~。
一度は走ってみたい、ご案内したいものです。
彦根を越えて、長浜へ、羽衣伝説の余呉湖、奥琵琶湖を巡って比良山系のすそを走って…、ぐるっと。奥は雪の世界、二つの世界が見られるといいます。ぐっると一周大回り、3時間、140円の列車の旅も。
観光ガイドになりました。
二度の夏はどうですか、応えそうですよ。
真っ黒け!どっちが前??
春の訪れは待ちますからね、一つ一つの動きにいちいち喜びは大きいですね。
早く咲きだしてほしい水仙の花です…
こうした広い水のある風景を普段見ることがありませんので、湖面の輝きで胸のうちまで大掃除。感動ものでした。
自分では俳句のひとつも無理ですが、俳壇歌壇、歳時記、読むのは好きです。それだけです。
学生のときはなぜかコンパなどお開きに際して歌うことがありますね。
私たちでしたら、藤村の「初恋」がいつものお決まりでした。
琵琶湖、3時間で初乗り料金で一周という列車の旅ができるんですよ。途中下車は何度でもできます。ただし、改札を出てはだめです。
ちゃんと認められているのです。
この冬実行したかったのですができませんでした。
yattaro-さんばりに「ええですね~」
いつか湖北地方を旅するのが夢です。
有名な仏様をお参りしたいと思っています。
春を待ち望む、いかばかりかと・・・
なにやらまたまた雪だるまが続いていましたね。寒そうです。
それでも日脚の長さやら、それなりの季節の動きはあるのですよね。
湖北の観音様は、地元の人によって戦禍から守られてきたそうですね。地中に埋めたりして。
私は、渡岸寺まで北上しました。
信長の焼き討ちから守るために土地の人たちで仏様を隠して守った地域もあるようです。
湖北への旅、実現しますように~。
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