京の辻から   - 心ころころ好日

名残りを惜しみ、余韻をとどめつつ…

「知」のつまみ食い

2023年07月18日 | こんな本も読んでみた
「暑いときはショッピングセンターに限るよ」という娘の言葉を聞いたあと家を出たが、向かう先は書店ぐらいのものだった。
文庫本棚の前で、小学校入学前らしい二人の子を連れた女性と隣り合わせた。やがて「これにしよっ」のひと言があって、離れていった。

我が子がこのぐらいのとき、私はどんな本を読んでいたのだったか。
長女は入学までの数年間、頻繁に病院の入退院を繰り返した。彼女に付き添う合間に読んだという一冊さえ思い出すものがない。読書そのものが途切れていたとは思えないが、記憶は飛んでしまっている。


作家や詩人たちの個人全集には、刊行に当たって各出版社が販売促進と予約を募る目的で発行される宣伝用のパンフレットがある。それを「内容見本」というが、「作家による作家の魅力的な推薦文の宴のような趣がある」と中村氏は言われる。
〈名文の宝庫〉であるのに積極的な保存対象ではなく、古書店でも手に入りにくいのだそうで、ほとんど処分されたに等しいらしい。
たまたま「内容見本」を収集してきたという中村邦生氏によって、『推薦文、作家による作家の』が刊行された。

推薦文の書き手と推薦される文学者との組み合わせ、つながりに目を見開かされたり、書き手の像そのものが立ち上がるようであったりと、名のみで作品を読んでいなくても、文章を味う楽しさも与えられた。
思えば、中村氏のご苦労なしに私たちの目に触れえない貴重な一冊である。
図書館で借りたあと、再読のためにこれをわずか677円で買った。


「膨大な努力と時間を費やして考察した先人の思想をわずかな対価と引き換えに、ひょいとつまみ食いする」ことに感じる「うしろめたさ」を、永田和宏氏が記している。
先人への敬意と尊敬、それを受け取ることへの慎みの思いがなければ、その「知」を自分のものにすることは決してないはずのものだと説かれた。
どんな値段もつけられないものを与えられているのだ。「『知』の値段」と題されていたが、〈「知」のつまみ食い〉と置き換えてでも覚えておきたい。

書店では、『本を守ろうとする猫の話』との出会いがあった。


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