蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、枯れる時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

自分流、歴史のお勉強タイム

2020-07-10 | 無題
松濤。
読み方がわからなくて、あちこち調べた。
ショウトウ。
もう、、、寝るまでずっと勉強した。消灯するまで。(なに言ってんだか)

この地区は日本で一番の高級住宅街らしい。
高層マンションはもちろん見当たらず、200坪クラスの一戸建てがズラリ。
芦屋とはまた違う。
麻生太郎さんのお家は松濤(正確には神山町らしいが)2000平方メートルの敷地に麻生御殿が建っているそうだ。
渋谷駅からすぐの徒歩圏内。
有名な方々が住んでいる。
分譲された時は紹介制だったとかで、妙な出自の人はいないとか。
でも、生まれた時点の出自そのものは、どうかな?という人もいるが、その後の人生が認められたのだろう。

わたしが、いい加減なあやふやな説明をモタモタ書くより、ググっていただいたほうが、迅速、正確である。


この地は、旧佐賀藩主の鍋島さんが紀州藩徳川家の下屋敷を1876年(明治9年)に買ったとか。
明治維新で失職した元武士の雇用を生むために、狭山茶を移植して茶園を運営したらしい。
「松濤園」という名前のお茶畑。
鍋島家11代当主、鍋島直大さんは、当時はアメリカ留学に引き続きイギリスに留学していた頃。
明治の初っぱなに留学!!
この方、なかなか優秀な活動家で、単なる後継のおぼっちゃまではなかったようだ。
幕末も上手に立ち回り、さらに維新後も西洋の文化やら枠作りやら、たっぷり吸収して、新しい国づくりの基盤づくりに一役買った立派な人。

だが、1890年(明治23)に東海道線が開通して交通の便がよくなって静岡から良質のお茶が手に入るようになると廃業の憂き目に。
1904年(明治37)に「鍋島農場」と「農務省が運営する牧場・渋谷支所」に分かれた。
(当時、その分野に詳しい専門知識を持ち、政治家として活躍した鍋島直紹氏が手がけたようだ)
関東大震災(1923年)後、移住者に分譲され、さらに、太平洋戦争後は一般に分譲された。
とは言っても、誰にでもというわけではなく、札束で頬を叩いてもダメらしく、実績を誇る産官学界のお偉方に紹介を経てという流れで。
成金はNGで、そこそこ以上の人でないと、認められなかったと想像する。

松濤に限らず、鳩山さん兄弟や、麻生さん。
ああいうお家で育ったのなら、庶民感覚が欠乏して当たり前。
以前、社会的成功を手にした知人が、自分の住まいとしてのその地名を口にしていて、ちょっと頭の隅に残っていた。
で、楽天の三木谷さんを調べていたら三木谷さんも松濤にお住まいのようだし。
へえ〜一体?どんな所?と興味を抱いていた。

わたしは、同じ江戸時代でも武士や武家屋敷とはほど遠い、田園地帯に囲まれた田舎で生まれたイナカモノなので、東京のことはよく知らない。
若い頃、2年間だけ東京に住んでいたが、確かに国の中央にしかいないだろう人が、普通に目の前にいたりして、びっくりしたものだ。
ただ、そういう有名人が実在していることを知ったに過ぎず、自分とは何の関わりもないわけで。

ただ、ものごとには謂れがある。
突然、降って湧いたりしない。
隕石みたいに降ってくることも稀にあるだろうけれど、それはそれ。

元お茶畑には、その前からも長い歴史の積み重ねがあった。
江戸時代の武士屋敷跡に何が建つか。
東京駅だったり、国の中枢を担う建物が建てられ、活用されている。
江戸にはずっと住んでいた武士そのもののエネルギー蓄積もあるが、300年近くもの間、いろんな制度を作って、幕府をよく持ち堪えさせたものだ。
しかも、最後の大政奉還の大転換はあっぱれ。
全く違う世の中になったにもかかわらず、その後も自分の力を発揮できる人は凄い。

大きなうねりもさることながら、支流の歴史を担う人々。
転換期に誰がギアチェンジをするかだと感じた。

ちなみに、、、
脈々と続く鍋島家、(珍しくもなんともないが)側室などは当たり前で、13男や28男とかが後継だったり、政略結婚も普通にあったり、女性の社会進出など、とんでもなさそうだ。
そういう価値観を長く経て、歴代の中から偉人も輩出したり、、、


・・・話の括りが大きくなりすぎて、行ったり来たり、焦点がボケている。
脱線よりまだヒドイ。
読んでいる人は悪酔いする。

松濤が、どうかした?
いえ、ちょっと調べていったら、面白かったもので。
武士にとっては、あんなに激動の時代を送っていたが、田舎の一般農民や商人から見ると何もさほど変化はないように思う。
なぜなら、そういったことを物語るものが見つからないから。
当時は一部の人以外は、記す習慣がなかったのか?


ところで、、
昨日、町内にある歯医者さんを受診後、そのまま歩いて住宅街を抜け、駅近くのショッピングセンターに食料品を買いに行った。
道中、ステキなお家がいっぱい。
別に東京でなくても、高級住宅街でなくても、十分満たされた気持ちになった。
庶民には庶民の幸福への道、充実の仕方、楽しみ方があると、しみじみ思った。
て、全然、〆になっていない。

歴史を研究する高齢の方々のお仲間にはとても入れない。
でも調べたりすると、なぜか楽しい。
楽しみはあちこちに落っこちている。