枕草子 第二百四段 笛は横笛
笛は、
横笛、いみじうをかし。遠うよりきこゆるが、やうやう近うなりゆくも、をかし。近かりつるが、遥かになりて、いとほのかにきこゆるも、いとをかし。
車にても、かちにても、馬にてもすべて、ふところにさし入れて持たるも、なにとも見えず、さばかりをかしきものはなし。まして、きき知りたる調子などは、いみじうめでたし。
暁などに忘れて、をかしげなる、枕のもとにありける見つけたるも、なほをかし。人の、取りにおこせたるを、おし包みてやるも、立文のやうに見えたり。
(以下割愛)
笛は、
横笛、大変すばらしい。遠くから聞こえてくる音が、だんだん近づいてくるのも、いいものです。近くで聞こえていたものが、遠のいて行き、ほんのかすかに聞こえているのも、とても情緒があります。
車の中でも、徒歩でも、馬上であってもすべて、懐に差し入れて持っていても、全然目立たず、これほど結構なものはありません。まして、自分が知ってる調べを聞いた時などは、ほんとうにすばらしい。
暁などに、男が忘れていった結構な横笛が、枕のもとにあるのを見つけた時などは、一層情緒が増してきます。忘れた人が、取りに使者を寄こしてきたので、横笛を紙に丁寧に包んで渡すのも、まるで立て文のように見えるのですよ。
笙の笛(ショウノフエ・十七本の竹管を用いており、雅楽で使われる)は、月の明るいもとで、車の中で通りすがりなんかに聞きつけたりするのは、とてもいいものです。しかし、どうも複雑で、取り扱いにくそうに見えます。それに、笙を吹くときの顔ときたらどうですか。もっとも、横笛でも、吹き方次第ということではありますわね。
篳篥(ヒチリキ・笙に似ている)は、ほんとにうるさくって、秋の虫でいうなら、くつわ虫のような気がして、不愉快で、間近では聞きたくもありません。まして、下手くそなのは、全く腹が立ちますが、臨時の祭りに、まだ皆が天皇の前に姿を見せないで、物陰で、横笛をすばらしい調子で吹きだしたのを、「まあ、いいわねぇ」と聞いていると、途中から篳篥が加わってきて吹きたてたものですから、それはもうひどいもので、端麗な髪をしているような人でも、全ての髪が逆立ってしまいそうな気持がしましたわ。
そのうちに、琴や笛に合わせて、御前に歩み出てきたのは、たいへん結構でした。
男性が吹く笛の音を、少納言さまはお気に入りのようです。とくに、若い貴公子が吹く笛の音が。
笙や篳篥は、現在では雅楽の代表楽器のように思うのですが、少納言さま、あまりお気に召さないようです。それも、下手くそな篳篥には腹が立つといっていますが、これは現在でも同じようで、下手なバイオリンなどを聞くと、少納言さまと気持ちを同じにすることが出来るかもしれません。
笛は、
横笛、いみじうをかし。遠うよりきこゆるが、やうやう近うなりゆくも、をかし。近かりつるが、遥かになりて、いとほのかにきこゆるも、いとをかし。
車にても、かちにても、馬にてもすべて、ふところにさし入れて持たるも、なにとも見えず、さばかりをかしきものはなし。まして、きき知りたる調子などは、いみじうめでたし。
暁などに忘れて、をかしげなる、枕のもとにありける見つけたるも、なほをかし。人の、取りにおこせたるを、おし包みてやるも、立文のやうに見えたり。
(以下割愛)
笛は、
横笛、大変すばらしい。遠くから聞こえてくる音が、だんだん近づいてくるのも、いいものです。近くで聞こえていたものが、遠のいて行き、ほんのかすかに聞こえているのも、とても情緒があります。
車の中でも、徒歩でも、馬上であってもすべて、懐に差し入れて持っていても、全然目立たず、これほど結構なものはありません。まして、自分が知ってる調べを聞いた時などは、ほんとうにすばらしい。
暁などに、男が忘れていった結構な横笛が、枕のもとにあるのを見つけた時などは、一層情緒が増してきます。忘れた人が、取りに使者を寄こしてきたので、横笛を紙に丁寧に包んで渡すのも、まるで立て文のように見えるのですよ。
笙の笛(ショウノフエ・十七本の竹管を用いており、雅楽で使われる)は、月の明るいもとで、車の中で通りすがりなんかに聞きつけたりするのは、とてもいいものです。しかし、どうも複雑で、取り扱いにくそうに見えます。それに、笙を吹くときの顔ときたらどうですか。もっとも、横笛でも、吹き方次第ということではありますわね。
篳篥(ヒチリキ・笙に似ている)は、ほんとにうるさくって、秋の虫でいうなら、くつわ虫のような気がして、不愉快で、間近では聞きたくもありません。まして、下手くそなのは、全く腹が立ちますが、臨時の祭りに、まだ皆が天皇の前に姿を見せないで、物陰で、横笛をすばらしい調子で吹きだしたのを、「まあ、いいわねぇ」と聞いていると、途中から篳篥が加わってきて吹きたてたものですから、それはもうひどいもので、端麗な髪をしているような人でも、全ての髪が逆立ってしまいそうな気持がしましたわ。
そのうちに、琴や笛に合わせて、御前に歩み出てきたのは、たいへん結構でした。
男性が吹く笛の音を、少納言さまはお気に入りのようです。とくに、若い貴公子が吹く笛の音が。
笙や篳篥は、現在では雅楽の代表楽器のように思うのですが、少納言さま、あまりお気に召さないようです。それも、下手くそな篳篥には腹が立つといっていますが、これは現在でも同じようで、下手なバイオリンなどを聞くと、少納言さまと気持ちを同じにすることが出来るかもしれません。