枕草子 第二百七段 いみじう暑き頃
いみじう暑き頃、夕涼みといふほどに、もののさまなどもおぼめかしきに、男車の、前駆遂ふはいふべきにもあらず、ただの人も、しりの簾上げて、二人も一人も乗りて、走らせゆくこそ、涼しげなれ。
まして、琵琶掻い調べ、笛の音などきこえたるは、過ぎて去ぬるも、口惜し。
さやうなるに、牛の鞦の香の、なほあやしう、嗅ぎ知らぬものなれど、をかしきこそ、もの狂ほしけれ。
いと暗う、闇なるに、さきにともしたる松明の煙の香の、車のうちにかかへたるも、をかし。
たいへん暑い頃、夕涼みといった時刻、物の見分けが難しくなった頃合に、男車の、先払いをさせる身分のある方のはいうまでもなく、そうでもない人であっても、車の後ろの簾を上げて、二人でも一人でも乗って、走らせていくのは、涼しそうです。
まして、車上で、琵琶を弾き鳴らしたり、笛の音など聞こえるのは、すれ違って行ってしまうのが心残りなものです。
そんなすれ違いの時に匂う、牛の鞦(シリガヒ・牛の腰から後ろへ尻に回して牛車のながえにつなぐ紐、主に革製で刺激臭をもつ)の香りが、何とも下品で、嗅ぎなれない匂いなのですが、いい感じがするのが、われながらちょっと変ですよねぇ。
とても暗く、月のない夜に、車の前にともしてある松明の香りが、車の中にこもっているのも、いいんですよねぇ。
前段から季節が少し進んだ真夏のひとこまです。
後ろの部分は、匂いについて語られていますが、刺激臭の強い革や動物の匂いは、決して好まれないものですが、意外に良い感じだと、少納言さま自身が不思議に思っているようです。きっと、同乗者か、牛車の持ち主が、素敵な人だったのではないでしょうか。
いみじう暑き頃、夕涼みといふほどに、もののさまなどもおぼめかしきに、男車の、前駆遂ふはいふべきにもあらず、ただの人も、しりの簾上げて、二人も一人も乗りて、走らせゆくこそ、涼しげなれ。
まして、琵琶掻い調べ、笛の音などきこえたるは、過ぎて去ぬるも、口惜し。
さやうなるに、牛の鞦の香の、なほあやしう、嗅ぎ知らぬものなれど、をかしきこそ、もの狂ほしけれ。
いと暗う、闇なるに、さきにともしたる松明の煙の香の、車のうちにかかへたるも、をかし。
たいへん暑い頃、夕涼みといった時刻、物の見分けが難しくなった頃合に、男車の、先払いをさせる身分のある方のはいうまでもなく、そうでもない人であっても、車の後ろの簾を上げて、二人でも一人でも乗って、走らせていくのは、涼しそうです。
まして、車上で、琵琶を弾き鳴らしたり、笛の音など聞こえるのは、すれ違って行ってしまうのが心残りなものです。
そんなすれ違いの時に匂う、牛の鞦(シリガヒ・牛の腰から後ろへ尻に回して牛車のながえにつなぐ紐、主に革製で刺激臭をもつ)の香りが、何とも下品で、嗅ぎなれない匂いなのですが、いい感じがするのが、われながらちょっと変ですよねぇ。
とても暗く、月のない夜に、車の前にともしてある松明の香りが、車の中にこもっているのも、いいんですよねぇ。
前段から季節が少し進んだ真夏のひとこまです。
後ろの部分は、匂いについて語られていますが、刺激臭の強い革や動物の匂いは、決して好まれないものですが、意外に良い感じだと、少納言さま自身が不思議に思っているようです。きっと、同乗者か、牛車の持ち主が、素敵な人だったのではないでしょうか。