台風騒ぎが一段落したと思っていましたが、秋の気配を感じさせるような変化がないままに、ここしばらくは、広い範囲で雨勝ちの天候が続きそうです。
それでも、わが家の庭のセミの声はすっかり少なくなり、最後の時間を過ごしたらしい死骸をいくつか見るようになりました。セミの抜け殻を見るのは、少々不気味な姿をしていますが、何とはなく嬉しく感じますが、無事生涯を終えたらしいとはいえ、死骸を見るのは少し寂しいものです。
季節が、少しばかり動こうとしているのでしょう。
わが家の小さな菜園も、すっかり寂しくなりました。
今年は、キュウリは散々の出来でしたが、ミニトマトはこれでもかというほどの豊作でした。今は、まだ頑張っている伏見トウガラシが二本と、ネギが一畝あるだけです。暑い盛りとはいえ、何か植える物はないかと考えないわけではないのですが、暑い盛りに植えることが出来る作物は限られていますし、青菜の類は虫の餌になるだけなので勘弁してもらうとすると、どうも気乗りがしません。
もっとも、本当の理由は、暑い盛りは一休み、というのが本音かもしれません。
まあ、暑い暑いといっても、数日続きそうな雨模様の日が過ぎると、おそらく秋の気配が強く感じられるようになることでしょう。
季節は、少々の揺らぎはあるとしても、律義なまでに次のシーンを示してくれます。灼熱のような暑さなどどこにあったのかというふうに、涼やか秋風を運んでくることでしょう。
しかし、その一方で、熱くなりすぎた隣国との関係は、秋風が吹いた程度で何らかの変化を運んでくれるものなのでしょうか。
わが国に限らず、近隣国や、何らかの因縁を抱えた国同士の複雑な関係は、簡単には解きほぐすことは出来ないようです。表面的には手をつなぎ合っているように見えても、ほんの少しの衝撃によって、双方の本音や利害がむき出しになってしまう例は、少なくないようです。
その当事者はどうすれば良いのでしょうか。相手にすり寄るのか、強く反発するのか、無視し続けるのか、ひたすら自国の強化に努めるのか・・・。
古来、様々な国家が、様々な戦略を練り、様々な経験や、様々な知恵を、歴史という形で伝えてくれているのでしょうが、悲しいかな、私たちはそこから何かを得るということは出来ていないようです。
せめて秋風が、人々の心に少しでも冷静さを取り戻させてくれるといいのですが。
( 2019.08.28 )
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