粗忽な近衛舎人 ・ 今昔物語 ( 28 - 10 )
今は昔、
左近衛の将曹(サカン・四等官)である秦武員(ハタノタケカズ・伝不祥)という近衛舎人(コノエトネリ・近衛府の官人)がいた。
この男が、禅林寺の僧正(前話にも登場している、深禅僧正。)の御壇所(ゴダンショ・修法を行うための壇を設えた道場。)に参ったところ、僧正は中庭に招いて世間話などされていたが、武員は僧正の御前にうずくまった姿勢でしばらくしゃがんでいるうちに、誤って、高らかに一発放ってしまった。
僧正もこれをお聞きになり、御前に大勢伺候していた僧たちも皆これを聞いたが、嘆かわしいことなので、僧正は黙ったままで、僧たちも互いに顔を見合わせていた。
その状態がしばらく続いた後、武員は左右の手を広げて顔を覆い、「ああ、死んでしまいたい」と言ったので、その声を聞くと同時に、御前にいた僧たちは、皆大笑いした。その笑いにまぎれて、武員は立ち上がって走り去ってしまった。
その後、武員は長い間僧正のもとに参上しなかった。
このような事は、やはり、聞いたその時こそがおかしいのである。時間がたつと、逆に、[ 欠字あり。「恥ずかしい」といった意味の言葉か?]ことである。日頃から可笑しいことをいう近衛舎人の武員だからこそ、「死んでしまいたい」などと言えたのである。そうでない人であれば、ひどく苦り切った顔をして、何も言わずに座っているだけだろうが、それもまことに可哀そうなことだろう、と人々は言い合った、
となむ語り伝へたるとや。
☆ ☆ ☆
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます