雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

影法師を怯える ・ 今昔物語 ( 28 - 42 )

2020-01-03 08:49:03 | 今昔物語拾い読み ・ その7

          影法師を怯える ・ 今昔物語 ( 28 - 42 )


今は昔、
ある受領の郎等で、人に勇猛と見られたいと思って、やたら勇者ぶった振る舞いをする男がいた。

ある日のこと、朝早く家を出て所用で出かけようとしていたので、男がまだ寝ているうちに妻は起きて食事の用意をしようとしていると、有明の月が板間より部屋の中に差し込んできたが、その月の光に自分の影法師が映っているのを見た妻は、「髪を振り乱した大童のような盗人が、物を取りに入ってきた」と思い込んで、あわてふためいて夫が寝ている所に逃げていき、夫の耳に口を当てて、そっとささやいた。「あそこに、大きな童髪をぼさぼさにした盗人が物を取ろうとして入って来て立っています」と。
夫は、「そ奴をどうしてくれようか。大変な事だ」と言って、枕元に置いてある太刀を探り取り、「そ奴のそっ首を打ち落としてやる」と言って、起き上がり、髻(モトドリ)も丸出しの裸のまま(烏帽子や冠をかぶらず、ざんばら髪の状態。)、太刀を持って出ていったが、今度はその男の影が映ったのを見て、「なんと、童髪の奴ではなく、太刀を抜いた者ではないか」と思って、「これは、こちらの頭が打ち破られるかもしれない」と怖気づきあまり大声ではなく「おう」と叫んで、妻のいる部屋に逃げかえり、妻に、「そなたはしっかりとした勇猛な武士の妻だと思っていたが、とんでもない見誤りをしていたぞ。どこが童髪の盗人だ。ざんばら髪の男が太刀を抜いて持って立っていたぞ。ただ、あいつはえらい臆病者だぞ。わしが出て行ったのを見て、持っている太刀を落とさんばかりに震えていたからな」と言った。自分が震えている影を見て言ったのであろう。

そして、妻に、「そなたが行って追い出せ。わしを見て震えていたのは怖ろしく思ったからであろう。わしは用事で出かけなくてはならぬ。門出の際に、ほんの少しの傷でも負うてはならない。よもや女を切るようなことはあるまい」と言って、夜着を引っ被って寝てしまったので、妻は、「意気地のないこと。こんなことでは、夜警をしているとはいっても、弓矢を持って月見でもしているのでしょうよ」と言って、立ち上がってもう一度見てみようと出て行こうとした時、夫の傍らにある紙障子が突然倒れて夫に倒れかかったので、夫は「さてはあの盗人が襲いかかってきたに違いない」と思い、大声で叫ぶと、妻は腹立たしくもおかしくなって、「もし、あなた。盗人はすでに出て行きましたよ。あなたの上には紙障子が倒れ掛かっているのですよ」と言ったので、夫が起き上って見てみると、確かに盗人はいなくて「ただ紙障子がひとりでに倒れかかってきたのだ」と分かると、のそりと立ち上がり、裸の脇を掻き(得意げな仕草の表現らしい。)手に唾をつけて、「そ奴が、本当に我が家に押し入って来て、簡単に物を取っていけるはずがない。盗人の奴は、紙障子を踏み倒すだけで逃げて行きおった。もう少しいたら、かならずひっとらえてやったのに。そなたの手抜かりで、あの盗人を逃がしてしまったぞ」と言ったので、妻は「馬鹿々々しい」と思って、大笑いして終わった。

世間にはこのような馬鹿者もいるのである。まことに妻が言ったように、あのような臆病では、何のために刀や弓矢を携えて、人の周辺の警護の役を務めるのか。この話を聞く人は、皆この男をあざけり笑った。
これは、妻が人に語ったのを聞き継いで、
此く語り伝へたると也。 ( 時々、このような終わり方になっている。)

     ☆   ☆   ☆

 


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