海外のメディアがこの日本人の一致団結救出劇を賞賛する中で、米国のメディアだけは趣を異にした。見出しは「日本でのみ起こりうること」である。見出しのみしか見ていないので本意は分からない。この見出しのみから判断すると二通りの解釈ができる。まず諸外国と同様の論調で「賞賛」の意味である。しかしもう一つは「おーおーよくやるよなー、米国人だったらこんなリスキーなことしないのになー」とシニカルな意味の可能性もある。これが救出できたからいいのであるが、もし救出できず逆に大ケガでも負ったり最悪救命できなかった場合、米国では救助しようとした人達が訴えられる可能性があるのだ。土台、米国にはもともと「善きサマリア人」法(Good Samaritan Laws)という州法がほぼ全州にある。内容は「善意により救助しようとした行為は、重大な過失がない限り、法律で擁護される」というものである。こんな法律があること自体、よかれと思った救助行為がいままで揉め事になってきたという歴史を伺わせるのだ。
また「このように知らぬもの同士が急に一致団結できるのは、今までどのような教育を受けてきたのだろうか」とも論評されていた。というか日本人的感覚から言えば「このような時に参加しない民族はどのような教育を受けてきたのか」と逆に知りたい。周辺諸国から日本人が最近、軍国主義を盛り返しているのだとかでバッシングを受けている。このまま日本人は未来永劫、周辺諸国から戦争責任を追及され続け、土下座外交をし続けなければならないのかと思ったら気分が滅入るのである。また周辺諸国からの領海侵犯問題でも常に日本は挑発に熱くなることなく冷静に対応してきている。一部の国民からは「対応が手ぬるい」とまで言われているが、評論家からは「挑発に乗ることなく大人の外交をしている」とも言われている。まあなんだかよくは分からないが、でも今回の救出劇の報道では、まさに「えっ? 別に? これが日本人の民度でしょ?」とこともなげに言えるのである。
朝の情報番組で知った。先日、南浦和の駅で女性が停車中の電車とホームの隙間に落ち、腰を挟まれて動けなくなった。駅員だけでは引き上げることができず、電車を傾けて隙間をあけないと身体は持ち上がらない。数人が押しても電車はびくとも動かない。ところが一人二人と押す人の参加が増え最終的には約40人もの人が電車を押して傾けさせ、電車との隙間を広げ、そこに嵌った女性を救出したのである。このニュースを海外の複数のメディアが絶賛した。イタリアやカナダや中国までもが絶賛した。中国などは「言いたくないが素晴らしいことである」と最近の日中関係を示すような表現での賞賛であった。カナダのメディアは「そればかりでなく救出までに5分、そしてその後3分で列車は出発していることが脅威である」と報じた。カナダのメディアは「我が国なら8分どころか8時間は列車は止まったままである」と。punctualな日本人と評価した。まさに我が意を得たりである。
過去の参議院を「政党の頭数稼ぎ」などと言ってしまったが、ところが驚くなかれ猪木氏には実績がある。生来の胡散臭さと博才から、以前北朝鮮でプロレス興行を開催したことがあるのだ。まさかいくら何でも北朝鮮でプロレス興行はないだろうがやり遂げたのである。しかも遡ることもっと大昔、あれだけ無理難題を吹っかけてきたムハマド・アリを引っ張り出したという実績もある。まあ人の驚くようなイベントを次々と開催しているのである。この北朝鮮興行以来、太いか細いかは知らないが北朝鮮とパイプがあるようである。今でも平壌を歩くと猪木氏のことを覚えている人も多く、人だかりになるというらしい。彼はちょっとした芸能人の参議院議員とは違うのである。猪木氏に期待したいことは、ぜひとも北朝鮮拉致事件の解決に向けて邁進してほしいということである。しかし所属は自民党ではないから、どう扱われるかなぁ~、ちょっと微妙な面もあるかも?
大昔、彼の最初の参議院選挙のときの演説を聴いた。「消費税に延髄切りっ!」といって頭に「消費税」とかいた紙を貼ったマネキンの頭を廻し蹴りしていた。またその時、池袋での演説であったが、元阪神の投手で「フロントがアホやと野球やっとれんわ」といってクビを切られた江〇氏も選挙カーに同乗していた。選挙カーが動き出す時に、演説を聴いていた少年達に向かって、「君達はどうでもええから、家に帰ってお父さんお母さんに猪木を宜しく言っとってな」と言い放ったのを覚えている。確かに選挙権のない年代には無意味な選挙演説なのかもしれないが、何かしらとても後味の悪い感じがした。参議院は数の論理に集約された政党の頭数確保にすぎないといったら怒られるであろう。しかし当時はそんな雰囲気であった。最初に参議院議員になった時の猪木氏は「世界最強の国会議員」といわれた。
ついこの間の参議院選でまたまた国会議員に当選した。まあプロレスラー時代の昔から胡散臭いイベントを仕掛けては、自分は胡散くさいなーと認識しながらもそんなイベントに乗って楽しんでいた。もちろんそれはそれでとても楽しい一時を送らせてくれたいい時代だった。猪木さんの時代はよくプロレスのリングに変装した覆面レスラーが乱入して不意をついてベビーフェイスのレスラーを袋叩きにしたものである。ここで遺恨を作って今後の対決の構図を作るのである。こんなのは明らかに意図的な演出であり、しかも覆面レスラーなどが外部から会場に入ろうとすれば警備の者に発見され取り押さえられるか、取り押さえられなかったとしても警察に通報されるはずである。それがベビーフェイスを袋叩きにした後、堂々と花道を引き上げていく様もよく考えればおかしいのである。でも当時はそんな「奇妙さ、胡散臭さ」を超越して無条件に楽しめた。そういう時代でもあったし、とにかく楽しんだもの勝ちなのである。