『朗読者』のベルンハルト・シュリンクの最新作『オルガ』を図書館で見つけて読んだ。彼の翻訳されたものはほとんど読んでいると思う。
ストーリー展開の面白さと、そのストーリーの歴史的背景がしっかり掌握されているのが彼の先品の特徴だと思う。
今回のものも期待を裏切らない。
作品は三部構成で、全体を通じると、19世紀末に誕生した一人の聡明な女性、オルガ・リンケが1970年代初頭に亡くなるまでの一代記をなしているのだが、その各部ごとに叙述の主体といおうかスタイルが異なっている。
まず第一部では、彼女の後半生に至るまでの過程が、とりわけ生涯の恋人・探検家のヘルベルトとの関係を中心に三人称で語られる。
そのヘルベルトは、常に冒険や拡大を求める性格で、しょっちゅう世界中をめぐる探検に出かける。そして最後には、北極圏に新しい航路を見つける旅にでかけたまま行方不明となる。
それを待つ彼女。まるでペールギュントを待ち続けるソルヴェイのようだが、ペールギュントと違ってヘルベルトは戻らない。
そうしたオルガの、その後の生涯についても描写される。
第二部では、彼女がその晩年、1950年代から世話になった裕福な家庭の息子、フェルディナントの視点からの展開で、オルガとの心温まる交流と、彼女がある爆破事件に巻き込まれて死亡するまでの経由、さらにはさまざまなきっかけから彼女の語られざる部分へと迫る過程が描かれる。そしてフェルディナントは、オルガの恋人で行方不明になったヘルベルトの北極探検の最終基地の街トロムソ(ノルウェー)で、その郵便局留めで書かれたオルガの手紙の束を入手する。
第三部は、その30通の手紙をそのまま並べてものだが、彼女が語らなかったすべてが、ジグソーパズルの各ピースのように、収まるところへと収まり、秘められた意外な事実が明らかとなり、かくて彼女の生涯の真相が示されることになる。
それらの意外な事実は、じつは、これまでの叙述の中に断片として散りばめられていたもので、思わず、なるほどそうであったかと納得させられる。
この辺りは推理ドラマの要素を多分に含むのでネタバレは避けるが、ただ一言、彼女が愛する「男たち」を失う羽目になり、その「男たち」を奪っていった「拡大」志向のようなものに対し、批判的な立場を失うことなく、それを貫いたことをいっておくべきだろう。
そしてそれは、ビスマルク以降、第一次、第二次(ヒトラーの時代だ!)世界大戦と続くドイツの歴史への彼女なりの総括であるともいえる。
まあ、そうした時代背景などの固い話はともかく、そんななか、ひたすら自己を保ち生きてきたこの女性・オルガの生涯に、そっと抱きしめてやりたいようないとおしさを感じるのは私の感傷だろうか。
いすれにしても、ベルンハルト・シュリンクのストーリーテラーとしての能力が遺憾なく発揮された作品といえる。
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