きっと、いいことあるよね!

母(sake)と息子(keke)の日々の記録。
お出かけ写真と料理など。

秋ものの服

2013-08-26 | 私の倹約術
今日は久しぶりに服でもみようかな、と思う。

そしてわざわざ電車に乗って、服屋がたくさんある某駅前まで行ってみた。
私は端から服を見てみたけれど歩いているうちに「ひょっとして秋物の服って要らないんじゃないか?」と気がついた。

涼しくなったら冬物を着始めても「季節感先取り」みたいで格好悪くないからである。
まだ暑いうちは半袖の上に何か羽織ってごまかしごまかし過すことができる。
(だから春に買う服はベージュや茶系にして、秋にも着れるように必ず考える。)

そして見れば見るほど、この時期に売られている服の色の地味さ加減・生地の薄さ加減が、他の季節に回しにくく、着る時期が限られてしまうなぁと思う。
お金がもっとあれば、秋のオシャレも楽しむ所なのだが、ここで何か買うぐらいだったら、もう少し寒くなってから上下組み合わせで新規購入を計った方が効率が良いかもしれない。
今の時期みたいに生地がペラペラじゃないから、着れる時期が長いはずだ。
それが本日の新しい発見だ。

それからまだこれは先の話になるが、私は休日もある程度カチッとした服で出かけるようにしようかな、と思っている。
服を見ていると、最近ドテッとした幅広の服ばかり売られているが、ああ言うルーズっぽいスタイルではなくて、ちょっとくだけたブレザーっぽい上着にスカートみたいな、そういうまじめな服装に統一しようかと思っている。

よく考えると自分はスポーツをしないので、出かけるとしても誰かと食事するとか、買い物するとか、そんな感じである。それだったらブレザーにスカートにして、出勤もそれで押し通す。
そうすれば、今より更に服の枚数を減らせる。

服の枚数を減らすことにこだわるのは、服には流行があるからだ。何枚も買ったところで、時期が過ぎると何となく違和感があり、着れなくなってしまう。

6年ぐらい前に北澤の結婚式で着るような服がなかったので、半袖の黒いワンピースを買った。
喪服にも使えます、とあったので、自分としてはよい買い物をしたつもりだった。
そして今回叔母の葬儀で着てみようと思って、鏡の前に立ってみると、何だかおかしい。
何か変だぞ?と思って、喪服を検索してみると、袖の長さがやたら短くてどうも不自然なのだ。

私はその上に羽織るものを買いに行くことにした。
喪服コーナーに行って、「何年か前に買った冠婚葬祭両用の服がなんか袖が短くて変なのです。」と説明すると、「その当時はそういう袖だったんですね」と言う返事。

つまりあの喪服にすら、流行があるのだ。
5~6年すると、買い換えたくなるようにできているのである。
その事を知って、愕然とした。

私達は服を買うことで、自分を満たしていくように脳内回路を作られてしまっている気がする。
高校生や20代の若者は、横の友達づきあいもあるから、安い服を数多く持つことも必要だと思う。
だが、私のような年齢になってもそうなのだろうか。

節約と言うとすぐに光熱費とか食費が浮かぶが、服は1着買うのをやめると、光熱費の無駄なんて吹っ飛んでしまう。
買って似合わなくて、組み合わせられなくて着ない、と言うのが一番もったいない。
そういう無駄をできるだけ少なくしよう。