過日史談会の会員M氏のお取計いで、書家・K様をお訪ねした。実は史談会に御招きをしてお話を伺いたいと考えたからである。
毎回なにを取り上げようかと四苦八苦している私にM氏が助け船を出していただいたという訳だ。
いろいろお話をお聞きするうちに、そのお話がまことに面白く感激してしまった。「歴史の勉強をされている皆さんにどんな話をしたらいいのか」といささか戸惑われていたようだが、お聞きした御話をそのままで結構ですからと申上げたことであった。
我々が何時も親しんでいる古文書の文字とは、「書」の世界は全く異質なものである。私も時折であるが「三体千字文」などを手本に筆をすすめることがあるが、先生がお書きに成る流麗な「書」はまさに芸術であり日本文化の華ともいえる。
私は話を進めるきっかけとして、綱利公の書をご覧いただいた。「豪放な気質の殿様と聞くが書は繊細ですね」と御聞きすると、「繊細な中に豪快な気質が見て取れますよ」と仰る。七言絶句の所々の文字がそれを顕していると・・・・・
そしてその人の書を見ると性格などが良くわかると言われる。
話が及んで「達筆」と云う言葉に及んだ。よく「達筆ですね」という使い方は相手をほめる言葉なのかどうかに疑問をもっておられる方は多い。
先生のおっしゃったことを100%お伝えすることが出来ないが、達筆とは「我流を極めた」もの(それに類するもの)ということらしい。
「我流」という言葉が冠されていて、これにはお互い笑い声をあげたものだが、さてそうすると今から「達筆ですね」と云う言葉を使うのに難儀しそうである。
私はさきに「公私文格」という古文書をヤフオクで手に入れた。
これは「くずし字用例辞典」ではない。「様」の文字が十七文字記されており、書状の宛先等により使い分けられていたことが判る。
正式文書においては我流の「達筆」ではまずいようで、この様な書き方が定められていた。
「くずし字用例辞典」をみると、63文字が紹介されているが50文字近くは我流と云うことに成る。しかし夫々「達筆」であることは間違いない。