「歌仙幽齋」 遺著(三)
左に彼が古今集以來の歌風について論ぜし一節を擧げむ。
「古今は花實相對の集なり。後撰は實過分すとかや。拾遺は花實相兼ねたり。是ま
では歌の餘風ありと雖も、次第に陵夷するなり。後拾遺は、八雲御抄に、經信公、俳
諧の歌を入るゝにて、他事のわろさも知らると侍り。是より此の道たじろぐやうにて、
金葉詞花にて、はたと其の風損じけるを、西行が詠み直せるよし世穪レ之。然るにな
ほ俊成卿千載集を撰し給ひしより、金葉詞花の風をすて、歌道中興せり。新古今は正
しく定家卿撰者の一人たりと雖も、五人の撰者まちまちにて、定家撰の本意あらはれ
ず。然る間、勅をうけて新勅撰を撰まる。新古今は花が過ぎたりとて、新勅撰には實
を以て根本とせり。其の後、爲家卿、また續後撰を撰び進ぜらる。此の風、正風體、
花實相應、初心の學尤も肝要たるよし、先達穪レ之。此の後また歌の道陵夷するを、
後普光園攝政、頓阿が力なり。よく一集々々の建立を心にもちて見習ふべし。・・・・・
行往坐臥口にあるべきは詠歌大概、百人一首なり」
といへり。其の他、題詠、本歌取様、風體、歌病等、凡て中世歌學の祖述なり。ただ
彼の説中注意すべきは、「歌の程拍子の事」として説けるものなり。其の説に曰く、
「歌の程拍子といふ事は、歌は音律にかけて披講するものなり。然らばなどか程拍子
なからむ。世の常人の言語も、理りはありと雖も、程拍子わろければ理り聞えず。假
初の文章なども斯くのごとし。まづ歌に三十一字を用ゐる事も、程拍子によりての事
なるが、旋頭歌、混本歌などいふことも、本は三十一字に一句餘し、或は一句不足の
ある歌なり。これを今の世に、はやりもてあそばぬ事も、三十一字の歌には程拍子劣
る故なり。字餘りの歌も、程拍子をよく受けむが爲なり。古今、大江千里歌に、月見
れば千々に物こそ云々、此の歌の下句、秋ならねどもとあるべきを、秋にはあらねど
と、一字餘せるところに歌の程拍子あるべき歟、一字千金とはかやうの事なるべし」