北井一夫さんの名作『フナバシストーリー』(1989年)のヴィンテージプリントを観るため、船橋市役所まで足を運んだ。
会期中は平日の業務時間内にしか開いていないが、この日曜日だけ作家・森沢明夫さんとのトークショーがあって、唯一の観る機会だった。
『フナバシストーリー』には、1989年に六興出版から出されたオリジナル版と、2006年に冬青社から出された新版『80年代フナバシストーリー』の2種類がある。『80年代・・・』の前から、古本屋で立ち読みしては欲しいと思っていたのではあったが、2006年に新版が出されたとき、ギャラリー冬青でプリントを観て、これは素晴らしいと感じ入った。
(ところで、そのときに在廊していた北井さんに、伝説のライカM5を持たせてもらったばかりか、わたしの持っていたM4で北井さんを撮ったところ、どれどれ貸してみな、とわたしを撮ってくれたことがあった。)
ただ、新版は新たなプリントをもとにしているため、80年代に焼かれたオリジナルを観るのは、今回がはじめてだ。
これらの写真群は、船橋市からの依頼によって撮られたものであり、団地で生活する人びとや、雑踏で商売したり酒を飲んだりする人びとや、野原や川辺などまだ残っていた自然のなかにいる人びとの姿が捉えられている。六興出版のオリジナル版は持っていないのだが、冬青社の新版に収められていない作品もあった。焼き方も、随分と異なるものだった。しかし、どちらにしても、柔らかい光で包まれた北井写真であり、素晴らしいとしか言いようがない。
トークショーでは、撮影の苦労を話してくれた。『三里塚』ではフィルムを合計200本程度しか使っていないという、極端に撮影枚数の少ない氏だが、『フナバシストーリー』では、数年間をかけて多くの撮影を行わざるを得なかったという。郊外の団地という一見ドラマチックでなく、また、人工的な環境下で、しかも警戒されながら知らない人の部屋に入って撮影していくことが、いかに難しかったかということである。この作品を公表したあと、同様に、多摩ニュータウンからも、一見人間的でない環境と視られがちだった団地の生活を撮って欲しいとの依頼があったという。しかし、北井さんは、もうこんな苦労はできないと断ってしまう。
とはいえ、北井さん曰く、『村へ』は「長男の世界」、『フナバシストーリー』は田舎の跡を継がずに出てきた「二男・三男の世界」。とっつきの良い人ばっかりだったよ、ということだ。
そして、トークショーのあとに、当時作品が掲載された「日本カメラ」誌を手に、この少女は私なんですと言う女性があらわれた。団地の一室で座ってカメラの方を視る写真である。北井さんをはじめ、残っていた人たちみんな仰天。明らかに、この人にとっても団地がふるさとなのだった。
終わってから、研究者のTさんとカメラ談義。
Nikon V1、Leica Summitar 50mmF2.0(開放で撮影、アダプター利用)
>> トークショーの映像
●参照
○『神戸港湾労働者』(1965年)
○『過激派』(1965-68年)
○『1973 中国』(1973年)
○『遍路宿』(1976年)
○『境川の人々』(1978年)
○『西班牙の夜』(1978年)
○『ロザムンデ』(1978年)
○『ドイツ表現派1920年代の旅』(1979年)
○『湯治場』(1970年代)
○『新世界物語』(1981年)
○『英雄伝説アントニオ猪木』(1982年)
○『80年代フナバシストーリー』(1989年/2006年)
○『Walking with Leica』(2009年)
○『Walking with Leica 2』(2009年)
○『Walking with Leica 3』(2011年)
○『いつか見た風景』(2012年)
○『COLOR いつか見た風景』(2014年)
○中里和人展「風景ノ境界 1983-2010」+北井一夫
○豊里友行『沖縄1999-2010』