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自縄自縛日記

井上光晴『西海原子力発電所/輸送』

2014-03-18 00:04:31 | 九州

井上光晴『西海原子力発電所/輸送』(講談社文芸文庫、原著1986年・1989年)を読む。

本書に収録された二篇「西海原子力発電所」と「輸送」とは、佐賀県の玄海原子力発電所を一応のモデルとして書かれている。

前者は、原発立地に伴うくろぐろとした闇、原発反対運動と原爆による被爆体験とに共通する自らへの枷を描く。後者は、核廃棄物を収めたキャスクが輸送中に事故を起こし、その町が、放射性物質によって汚染されていく物語。

明らかに、井上光晴は、水俣病を思い出しながら、原発事故被害を描いている。現在の目でみれば、それは間違ったディテールだ。しかし、これらの小説の本質は、人の棲む町が、放射性物質や、噂や、底知れぬ恐怖といった目に視えぬものによって崩壊していく姿の描写にある。その意味では先駆的な作品であるといえる。

井上光晴の小説が新刊として出るなど、久しぶりのことではないか。これを読んでも実感できることだが、ただの「ウソつきみっちゃん」のホラ話ではない。他の作品も文庫として復刊してほしい。

●参照
井上光晴『他国の死』(1968年)
井上光晴『明日 ― 一九四五年八月八日・長崎 ―』(1982年)