Sightsong

自縄自縛日記

ティム・バーン『The Sublime and. Science Fiction Live』

2017-05-08 23:37:37 | アヴァンギャルド・ジャズ

ティム・バーン『The Sublime and. Science Fiction Live』(Thirsty Ear、2003年)を聴く。CD 2枚組。

Tom Rainey (ds)
Craig Taborn (rhodes, laptop, vitual org)
Marc Ducret (g)
Tim Berne (as) 

もう、何ちゅうアルバムか。痺れるとはこのことだ。私的名盤認定。

アンサンブルはかなり精巧に組み立てられたようなものに思える。いっぷう変わった感じで各々の出番が回ってきて、精巧さというストーリーの中で各メンバーの野性味がいかんなく発揮されている。マルク・デュクレの火花のように炸裂するギターも良いし、職人的でもあるトム・レイニーのドラムスは見せ場が多い。クレイグ・テイボーンは、主役を奪ったときでも脇役のときでもスタイリッシュでカッコいい。

そして、奇妙で精巧な構造に追従したラインに、ティム・バーンのアルトが粘りつき、猛禽類のようにどこまでも飛び続ける。

●ティム・バーン
イングリッド・ラブロック UBATUBA@Cornelia Street Cafe(2015年)
イングリッド・ラブロック『ubatuba』(2014年)
ティム・バーン『You've Been Watching Me』(2014年)
ティム・バーン『Shadow Man』(2013年)
チェス・スミス『International Hoohah』(2012年)
ティム・バーン『Electric and Acoustic Hard Cell Live』(2004年)
ティム・バーン+マルク・デュクレ+トム・レイニー『Big Satan』(1996年)
ジョン・ゾーン『Spy vs. Spy』(1988年)

●トム・レイニー
イングリッド・ラブロック UBATUBA@Cornelia Street Cafe(2015年)
イングリッド・ラブロック『ubatuba』(2014年)
イングリッド・ラブロック+トム・レイニー『Buoyancy』(2014年)
イングリッド・ラブロック、メアリー・ハルヴァーソン、クリス・デイヴィス、マット・マネリ @The Stone(2014年)
イングリッド・ラブロック(Anti-House)『Roulette of the Cradle』(2014年)
トム・レイニー『Hotel Grief』(2013年)
トム・レイニー『Obbligato』(2013年)
イングリッド・ラブロック(Anti-House)『Strong Place』(2012年)
クリス・デイヴィス『Rye Eclipse』、『Capricorn Climber』(2007、2012年)
イングリッド・ラブロック『Zurich Concert』(2011年)
ティム・バーン『Electric and Acoustic Hard Cell Live』(2004年)
ティム・バーン+マルク・デュクレ+トム・レイニー『Big Satan』(1996年)

●マルク・デュクレ
ティム・バーン+マルク・デュクレ+トム・レイニー『Big Satan』(1996年)

●クレイグ・テイボーン
クレイグ・テイボーン+イクエ・モリ『Highsmith』(2017年)
クレイグ・テイボーン『Daylight Ghosts』(2016年)
チェス・スミス『The Bell』(2015年)
クレイグ・テイボーン『Chants』(2013年)
クリス・ライトキャップ『Epicenter』(2013年)
クリス・ポッター『Imaginary Cities』(2013年)
『Rocket Science』(2012年)
デイヴ・ホランド『Prism』(2012年)
Farmers by Nature『Love and Ghosts』(2011年)
オッキュン・リーのTzadik盤2枚(2005、11年)
ロブ・ブラウン『Crown Trunk Root Funk』(2007年)
アイヴィン・オプスヴィーク『Overseas II』(2004年)
ティム・バーン『Electric and Acoustic Hard Cell Live』(2004年)
ロッテ・アンカー+クレイグ・テイボーン+ジェラルド・クリーヴァー『Triptych』(2003年)

RUINS、MELT-BANANA、MN @小岩bushbash

2017-05-08 08:00:00 | アヴァンギャルド・ジャズ

小岩のbushbash(2017/5/7)。連休の最後で脳内の埃を払拭。カタルシス、快感。腰痛。難聴。

MN(T. 美川、沼田順)
MELT-BANANA
RUINS(吉田達也、増田隆一)

Fuji X-E2、XF35mmF1.4

●参照
内田静男+橋本孝之、中村としまる+沼田順@神保町試聴室(2017年)
グンジョーガクレヨン、INCAPACITANTS、.es@スーパーデラックス(2016年)


Marimba & Contrabass Duo @喫茶茶会記

2017-05-08 07:35:52 | アヴァンギャルド・ジャズ

四谷三丁目の喫茶茶会記にて、「Marimba & Contrabass Duo」(2017/5/7)。

Azusa Yamada 山田あずさ (marimba)
Pearl Alexander パール・アレキサンダー (b) 

ファーストセットはインプロ。パールさんが弓で弾き、その手探りの音はまるでホワイトノイズ。図像的には、コントラバスによる波が時間軸を進んでゆき、その波の中をマリンバがたゆたったり、ポップして水上に跳躍したり。意外にも山田さんの音は乾いている。終盤になり、パールさんの発する周波数は収斂してゆき、その分、マリンバとのインタラクションが弾性衝突の感覚となってきた。そして最後はふたたびホワイトノイズ。

セカンドセットは、山田あずさ曲、パール・アレキサンダー曲~インプロ。後半はとても印象的で、マリンバとベースの音が巧みにずらされ、組み合わさり、それはまるで精緻に出来た寄木細工が次々に動作していく様子なのだった。

これは録音されデジタル配信されるとのことであり、楽しみだ(ヘンなため息とかイビキとかも聴こえてきたが)。

●山田あずさ
Quolofune@神保町試聴室(2017年)

●パール・アレキサンダー
ジョン・ブッチャー@横浜エアジン(2013年)(欠席
バール・フィリップス+Bass Ensemble GEN311『Live at Space Who』(2012年)
齋藤徹による「bass ensemble "弦" gamma/ut」(2011年)


ジョージ大塚『Sea Breeze』

2017-05-07 10:52:28 | アヴァンギャルド・ジャズ

ジョージ大塚『Sea Breeze』(テイチク、1971年)を聴く。

George Otsuka ジョージ大塚 (ds)
Takao Uematsu 植松孝夫 (ts, ss)
Shunzo Ohno 大野俊三 (tp)
Hideo Ichikawa 市川秀男 (elp)
Takashi "Gon" Mizuhashi 水橋孝 (b) 

「和ジャズ」とかレッテルは安易に貼りたくないが、これは確かに「和ジャズ」で、異様にカッコ良い。

「どばしゃばだ」とジョージ大塚がプチ嵐を起こし、市川秀男のエレピ。勢いもある。やはり嬉しいことは、それぞれに確立した「声」をためらいなく放っていることである。植松孝夫の繰り返しのリフやマニッシュでポップス的でもある音も、まさに。大野俊三のラッパを聴くと実にすかっとする。

水橋孝のベースを聴くと、確かにマリオン・ブラウンの日本ライヴにおける音はその個性だったとわかる。1999年に赤坂でアーチ―・シェップを観たとき、水橋さんが飛び入りでベースを弾き、シェップに「Happy reunionだ」と紹介されていた。そのときも、ああ独特だなと感じ入って聴いていたのだった。70代のいまも現役のようだし(1943年生まれ)、また観に行こうかな。

●ジョージ大塚
植松孝夫『Debut』(1970年)

●市川秀男
菊地雅章『POO-SUN』(1970年)

●大野俊三
ギル・エヴァンスの映像『Hamburg October 26, 1986』(1986年)
大野俊三『Something's Coming』
(1975年)

●植松孝夫
植松孝夫+永武幹子@北千住Birdland(JazzTokyo)(2017年)
本田竹広『EASE / Earthian All Star Ensemble』(1992年)
『山崎幹夫撮影による浅川マキ文芸座ル・ピリエ大晦日ライヴ映像セレクション』(1987-92年)
浅川マキ『アメリカの夜』(1986年)
植松孝夫『Debut』(1970年) 


大西みつぐ『小名木川物語』

2017-05-07 09:08:48 | 関東

銀座のTCC試写室にて、大西みつぐ『小名木川物語』(2017年)を観る。これが4回目の上映だが、すぐに満席になっていたりして、ようやくの機会である。

小名木川とは、西の隅田川から東の旧中川までを東西に結ぶ運河。もともと、行徳の塩などの物流のために、徳川家康が開削させたのがはじまりである。当時の「行徳船」は、江戸時代(1632年)から明治12年(1879年)の間、旧中川からさらに旧江戸川までの運河を通じて千葉と日本橋との間を行き来していた。なんと、上りは3時間、下りは6時間を要したそうであり(いまは20分、昔は3~6時間)、山本周五郎などはそんなものを使って浦安から東京に出勤していたものだから、会社をクビになっている(山本はいまの帝国データバンクの子会社に勤めていた)。このあたりの物流の歴史はとても興味深い(浦安・行徳から東京へのアクセス史 『水に囲まれたまち』)。また、古くは広重の絵にも出てくるし、1923年の関東大震災の直後に中国人や朝鮮人が殺されたときには、多くの遺体が浮かんだという(植民地文化学会・フォーラム「内なる植民地(再び)」)。

この映画は、そういった歴史や機能の経緯に焦点を当てたものではなく、あくまで、生活空間としての深川や小名木川周辺を舞台とした劇映画である。もっとも、かつては船が頻繁に行き来してにぎやかだったこと、東京大空襲のときは逃げて飛び込む人が多くいたりしたといった、過去の記憶も取り上げられている。

主人公は、進(徳久ウィリアム)と紀子(伊宝田隆子)。ふたりとも俳優としては素人のようなものだと思うのだが、アーティストでもあり、面白い雰囲気を醸し出している。徳久ウィリアムはモンゴルのホーミーや口琴をなんども披露し、それらの芸能と土地との結びつきを口にする。それが、深川とのつながりを大事にすることにもなっていくわけである。また伊宝田隆子は、これまで知らなかったのだが、美術家・パフォーマー。映画の中では、小名木川で舟を操り、水に気持ちをゆだねることによって良い作品を創作する。

場とのつながり、無心になること。大砂嵐がゲスト出演し、既に土俵入り前の花道から無心になっているのだと語るのだが、それも、敢えて遠くのエジプト出身者に語らしめるという仕掛けなのだろうと思った。

大西みつぐ監督はもちろん写真家であり、深川を含め、東東京~千葉においても、多くの作品を残している。動画や音声についてはぎくしゃくした印象があったのだが、静止画に近いカットは見事だった。

ところで、映画には、森下の「ドリス古書店」も出てくる。いつかは行こうと思っている本屋さんであり、さらに行きたくなってしまった。


稲垣徳文写真展『HOMMAGE アジェ再訪』

2017-05-07 08:29:04 | 写真

御茶ノ水のgallery bauhausにて、稲垣徳文写真展『HOMMAGE アジェ再訪』

ウジェーヌ・アジェは19-20世紀にパリの街風景を撮った写真家であり、言うまでもなく、いまもパイオニアとして崇敬されている。

稲垣徳文さんは、その記録をもとにパリを訪れ(事前にgoogle streetviewで丹念に調べたという)、ディアドルフの8×10カメラで同じ場所を撮った。レンズはフジノン180mmのようである。大判であるからシャッタースピードは遅く、10分の1とか、速くても30分の1。わかっている人はじっと待っているが、動いて流れてしまう人もいる。

そのネガが、通常の銀塩の印画紙と、鶏卵紙の両方に焼き付けられている(密着焼き)。稲垣さんによれば、フランス製の紙に、直前に鶏卵等の乳剤を塗り、日光のもとで10分焼くのだという。

比較してみるととても面白い。銀塩では影となって黒く潰れてしまうようなところも、鶏卵紙では細かくディテールが表現されている。片方では出てこない文字がもう片方では出ていることもある。つまり、この特性が、遡って写真撮影にまで大きく影響してしまうことさえも意味する。鶏卵紙は何もレトロな効果を狙うためのものではなく、いまとなっては、まったく新しい表現手段とみることもできるのだ。これには驚いてしまった。

稲垣さん曰く、紙のpHによっても像のでかたが左右されることがわかったから、さらなるコントロールもできるのだという。今後の作品の集積が楽しみである。

ところで、最新の『日本カメラ』(2017年5月号)にはこの作品の一部が掲載されているが、残念なことに、色がすべてモノクロとなってしまっている。


小泉定弘写真展『身辺風景Ⅲ』

2017-05-07 07:57:59 | 写真

研究者のTさんとご一緒し、町屋文化センターにて、小泉定弘写真展『身辺風景Ⅲ』

タイトルの通り、小泉さんのご自宅の庭や、窓からの景色などを撮った写真群。

撮影はかなり前ながら、プリントは5年くらい前にバライタに焼いたもののようである(いまでは他の人に焼いてもらっているとのこと)。また、ボディはキヤノンかライカのRF機、レンズはやはりキヤノンの50mmかライカのズミクロン50mm。小泉さん曰く、「標準が好き」と。

こうして銀塩プリントをじっくりと観ていると、やはり眼が悦ぶのがよくわかる。岩と水との間の感覚なんて実に気持ちがいい。荒川区のケーブルTVの人が取材に来ていて、思いがけずマイクを向けられて、そんなことを間抜けに話した。

小泉さんに、粟生田弓『写真をアートにした男 石原悦郎とツァイト・フォト・サロン』の話をした。故・石原悦郎さんと小泉さんとは同級生でもあり、また音楽好きの仲間でもあった。小泉さんによると、石原さんはSPレコードのコレクションをしており、その一部は中国で寄贈もしたが残りはどうなっているんだろうね、とのこと。

●参照
小泉定弘写真展『漁師町浦安の生活と風景』
小泉定弘『都電荒川線 The Arakawa Line』
小泉定弘『明治通り The Meiji Dori』
小泉定弘写真展『小さな旅』
粟生田弓『写真をアートにした男 石原悦郎とツァイト・フォト・サロン』


ポール・ブレイ+ゲイリー・ピーコック『Partners』

2017-05-06 08:28:35 | アヴァンギャルド・ジャズ

ポール・ブレイ+ゲイリー・ピーコック『Partners』(Owl Records、1991年)。

Paul Bley (p)
Gary Peacock (b) 

ポール・ブレイのピアノは麻薬であり、どうしても時間が経つとまた聴いてしまう。本盤での鍵盤は他に比べて力強いように聴こえる。ブレイのピークがいつなのか判断できないのだが(麻薬であるから常にピークか)、少なくともここでは力が漲っている。

本盤は完全なデュオ演奏ではない。ピアノソロ4曲、ベースソロ6曲、デュオ5曲。ゲイリー・ピーコックのソロもまた聴き応えがあり、弦をはじいた瞬間にああピーコックだという匂いが発散され、しかもそれはやはり力強く音楽を前へと駆動する。一音一音をじっくり弾くときも、速弾きのときも甲乙つけがたい魅力がある。

この好調時のふたりによるデュオでは、衝突せず、がっちりと組み合って気持ちの良い演奏を展開している。特に、オーネット・コールマンの「Latin Genetics」が快感の白眉(ポール・ブレイ+チャーリー・ヘイデン+ポール・モチアン『Memoirs』でも演奏)。

●ポール・ブレイ
ポール・ブレイ『Solo in Mondsee』(2001年)
ポール・ブレイ『Synth Thesis』(1993年)
ポール・ブレイ『Homage to Carla』(1992年)
ポール・ブレイ『Plays Carla Bley』(1991年)
ポール・ブレイ+チャーリー・ヘイデン+ポール・モチアン『Memoirs』(1990年)
チェット・ベイカー+ポール・ブレイ『Diane』(1985年)
イマジン・ザ・サウンド(1981年)
アネット・ピーコック+ポール・ブレイ『Dual Unity』(1970年)
ポール・ブレイ『Barrage』(1964年)
ポール・ブレイ『Complete Savoy Sessions 1962-63』(1962-63年)

●ゲイリー・ピーコック
プール+クリスペル+ピーコック『In Motion』(2014年)
ゲイリー・ピーコック+マリリン・クリスペル『Azure』(2011年)
テザード・ムーン『Triangle』(1991年)
キース・ジャレット『North Sea Standards』(1985年)
キース・ジャレット『Standards Live』(1985年)
ローウェル・デヴィッドソン(1965年) 


ギュンター・ハンペルとジーン・リーの共演盤

2017-05-05 13:47:31 | アヴァンギャルド・ジャズ

ギュンター・ハンペルがジーン・リーと共演した録音はいろいろと残されているようだが、わたしは以下の3枚だけを持っている。

どれを聴いても、ハンペルやウィレム・ブロイカーの多彩さと底知れなさ、愉快さ、それからリーの奥深いヴォイスにやられてしまう。

■ 『Gunter Hampel Group und Jeanne Lee』(Wergo、1968年)

Gunter Hampel (vib, fl, bcl)
Willem Breuker (bcl, ss, cotralto sax, ts, cl)
Arjen Gorter (b, harmonium)
Pierre Courbois (perc)
Jeanne Lee (voice) 

西ドイツ、オリジナル盤LP。

A面からいきなり魅せられる。ウィレム・ブロイカーの曲「Leoni Antoinette」においては、ブロイカーの静かでいきなり吠えるケレン味たっぷりのカデンツァから、アリエン・ゴルターのベース、ハンペルのヴァイブ、ピエール・クルボワのパーカッションが同時に参入して次第にぐちゃぐちゃになってゆき、リーが歌い始め、さらにはハンペルのヴァイブがきらめく中にアリエン・ゴルターのハルモニウムが重なって興奮。アーチ―・シェップに捧げたリーのオリジナルでは、ゴルターのベースをバックにしたリーのヴォイスがあまりにも素晴らしい。「The Capacity of this Room」では、ブロイカーが騒ぐ中、リーが、この部屋のキャパシティは262人だと繰り返し呟き、あまりにも不可解な雰囲気を残す。

B面では、水、空気、火、土という四元素をモチーフにした曲がトリッキー(「Fire」でのブロイカーの咆哮にビビる)。最後の「Lazy Aftrnoon」における薄暗くどろりとした感じは何か。

■ ギュンター・ハンペル『the 8th of July 1969』(Birth Records、1969年)

Gunter Hampel (p, vib, bcl, compositions, lyrics)
Anthony Braxton (as, contra-bcl, sopranino sax)
Jeanne Lee (voice)
Willem Breuker (as, ts, bcl, ss)
Arjen Gorter (b, bass-g)
Steve McCall (ds) 

3曲のボーナストラックが追加されたCD。

何といってもアンソニー・ブラクストンの参加である。アルトを吹いていても、コントラバスクラリネット、ソプラニーノサックスという奇怪なものを吹いていても、とにかく吹きだしてしまうほどブラクストンの音。一方でブロイカーもなにやらいろいろ試していて、このふたりが並ぶなんて凄い風景なんだろうなと想像する。

どの曲も面白いのだが、特に、途中で何度も同時に、ハンペルのヴァイブをはじめとした者たちが参入し、混沌の美を炸裂させる「Crepscule」が良い。

■ ギュンター・ハンペル『Cosmic Dancer』(Birth Records、1975年)

Gunter Hampel (vib, bcl, fl, p, steel drum)
Jeanne Lee (voice)
Perry Robinson (cl)
Steve McCall (ds) 

西ドイツ、オリジナル盤LP(CDは出ていないのかな)。

A面最初から、ペリー・ロビンソンとジーン・リーのヴォイスが絡み合ってまたこれも素晴らしい。そのあとの「Mystic Pilgrimmage」では、なぜかハンペルのバスクラの息遣いがあらく、マイペースで唄うリーとのコントラストが面白い。やがてハンペルがピアノを弾き始め、見事に音風景が夕暮れのように一変する。そしてロビンソンがクラで入ってきて、多彩な音色を発する。最後のリーの消え入りそうな余韻もまた素敵。

B面では、最初の「Doorway to the Mikrokosmos」におけるクラとバスクラのみのへろへろとした絡みが愉快。木管2本というのは柔らかい木を触っているような独特な感覚があるのだな。しばらく静寂があって、スティーヴ・マッコールのドラムス。「Different Point of View」は息を潜めるような空気でハンペルのヴァイブ、やがてマッコールが参入し、硬いガラス面から水を鮮やかにはじきあげるような、実に見事なソロを叩く。その中でもハンペルのヴァイブは静寂さを身にまとっている。そして最後の「The Cosmic Dancer」では、ハンペルのスティールドラムやロビンソンのひしゃげたクラの音と、リーのヴォイスとが器楽的に奇妙な混然一体さを醸し出し、遊ばれている気分。

●参照
ウィレム・ブロイカーの映像『Willem Breuker 1944-2010』
ハン・ベニンク『Hazentijd』(2009年)
ウィレム・ブロイカーの『Misery』と未発表音源集(1966-94、2002年)
ウィレム・ブロイカーが亡くなったので、デレク・ベイリー『Playing for Friends on 5th Street』を観る(2001年)
エバ・ヤーン『Rising Tones Cross』(1985年)
セシル・テイラーのブラックセイントとソウルノートの5枚組ボックスセット(1979-86年)
レオ・キュイパーズ『Heavy Days Are Here Again』(1981年)
ウィレム・ブロイカーとレオ・キュイパースとのデュオ『・・・スーパースターズ』(1978年)
サニー・マレイのレコード(1966-77年)


陸田三郎『紅旗 271奇跡』

2017-05-05 11:20:13 | 写真

昨日、写真家の海原修平さんから、陸田三郎『紅旗 271奇跡』(健真國際、2016年)という本を頂戴した。海原さんご自身もブログで紹介している

もちろんこの中国製カメラの存在は知っている。同じ著者の『中国のクラシックカメラ事情』(2006年)においても紹介され、興味深く読んでもいた。しかし、実際に見たことも触ったこともない。本書のタイトルにあるように、271台しか製造されなかった希少なカメラである。

外観はライカM4とキヤノン7に割と似ている。本書によれば、横幅はライカM4の138mmに対し143mmと少し長く、重さもライカM4の560gに対し620gと少し重かったようだ。だがそんなことよりも、性能自体は大したものだった。わたしは見くびっていた。いま残るものはいまだ動作品が多く、ファインダーフレームはピント位置にあわせて自動的に動き(レンジファインダーは一眼レフと違い見えたものはそのまま写らない)、しかもライカMマウント。用意された35mmF1.4、50mmF1.4、90mmF2.0のレンズの描写は、ライカの同時期同スペックのもの(それぞれズミルックス、ズミルックス、ズミクロン)と変わらないほどのものだった。

さすがに、国を挙げて作られたカメラである。江青が1949年の中国建国から20周年を記念して開発、「ライカに負けないカメラを作れ」と指示したのだという。「紅旗」のロゴは毛沢東の筆。なお、日本がライカに追いつけ追い越せでコピーを作っていたのは、M型より前のバルナック型の時代である。しかし紅旗が開発されたころには、既に1954年のM3ショックを経て、一眼レフの時代に入っていた(このあたりは、神尾健三『ミノルタかく戦えり』にも詳しい)。その意味でも、極めて面白い歴史である。

●参照
朝日ソノラマのカメラ本
神尾健三『ミノルタかく戦えり』
『安原製作所 回顧録』、中国の「華夏」


『越境広場』2号の東松照明特集

2017-05-02 21:33:15 | 沖縄

『越境広場』誌の第2号(2016/7/30)では、東松照明特集を組んでいる。

本当は去年出てから早々に読みたかった。もとより東松照明は、政治、制度、内外、テキストなど様々な側面において常にその評価が割れてきた写真家であり、また、出た直後の10月には(論争の渦中にある)比嘉豊光氏よりその一部を見せられて仰天してしまったこともあったから。しかし、わたしが眼を病んでしまい、しばらく控えざるを得なかった。

比嘉豊光さん手持ちの、東松照明の発言否定についての箇所

上の写真にある箇所は、本誌所収の新里義和「東松照明×森山大道」の一部分である。ここで、東松照明がかつての自身の発言を否定していた。以下の有名な発言である。

「いま、問題となっているのは、国益のためとか社会のためといったまやかしの使命感だ。率直な表現として自分のためと答える人は多い。自慰的だけどいちおううなずける。が、そこから先には一歩も出られない。ぼくは、国益のためでも自分のためでもないルポルタージュについて考える。 被写体のための写真。沖縄のために沖縄へ行く。この、被写体のためのルポルタージュが成れば、ぼくの仮説<ルポルタージュは有効である>は、検証されたことになる。波照間のため、ぼくにできることは何か。沖縄のため、ぼくにできることは何か。」(「南島ハテルマ」、『カメラ毎日』1972年4月号所収)

ここにある、気負いが服を着たような思い、沖縄へのラブレター。何も沖縄を利用して自己表現を展開しようというのではない。自己ではない、沖縄である。だがそれは表現の目的にはちがいない。新里氏の見立てによれば、これを発言したすぐあとに、何かのためにする写真に猛反発し同時に先達の東松にも反発した森山大道からの影響があった。森山は夜の街を撮ろうとも俗を撮ろうとも、意識的には、視覚に入る断片をすべてイーブンに扱った。

興味深い指摘ではある。しかし、そのあとも東松照明は太い物語を抱え込む東松照明のままではなかったか。そしてこの発言否定についても、実は、さほどセンセーショナルなものではない。

東松亡きあとに『太陽の鉛筆』新編を世に出すことに関わった今福龍太氏は、比嘉豊光氏からの反発に対してかなり直接的に感情的なものを吐露している。すなわち、オリジナル写真集至上主義はおかしいということ、単なる「文化収奪」「植民地主義」というクリシェでは「沖縄への恥辱はどんどん上塗りされていくだけ」だということ。

問題は後者である。クリシェでは抵抗できないなどとヤマトが沖縄に対して言うことができるのだろうか。

石川竜一氏は、東松写真、沖縄における写真について、おそらくは破壊と寄り添いというふたつの面が共存することを指摘する。前者は自由に、後者は責任に関係する。その上で以下のように締めくくっている。あやうい淵に立ち写真作品をものしてきた石川氏であるからこその発言にちがいない。ちょっとぞくりとさせられる。

「・・・その自由には当然の責任がついてきて、その責任を果たすには、世界に対する精一杯の思いやりと、行動に対する細心の注意と、自分への覚悟をもつ必要がある。そして、その自由から逃げてはいけない。」

やはり写真家の石川直樹氏は、2016年に開催された東松照明写真展『光源の島』の発見の経緯について説明している。確かに写真は素晴らしかった。しかし、東松の偉大さを疑ってはならないという空気が充満していたことも事実である。本誌の論考群においても、そこから逃れ得ていないように思われた。

●参照
『越境広場』創刊0号
『越境広場』1号
東松照明『光源の島』
平敷兼七、東松照明+比嘉康雄、大友真志
東松照明『光る風―沖縄』
「琉球絵画展」、「岡本太郎・東松照明 まなざしの向こう側」、「赤嶺正則 風景画小品展」
豊里友行『沖縄1999-2010』、比嘉康雄、東松照明
東松照明の「南島ハテルマ」
東松照明『新宿騒乱』
青木亮『二重被爆』、東松照明『長崎曼荼羅』
沖縄・プリズム1872-2008
仲里効『フォトネシア』
仲里効『眼は巡歴する』


豊住芳三郎『Sublimation』

2017-05-02 20:23:32 | アヴァンギャルド・ジャズ

豊住芳三郎『Sublimation』(Bishop Records、2004年)を聴く。

"Sabu" Toyozumi 豊住芳三郎 (ds, perc)
Satoshi Iizuka 飯塚知 (as, ss)
Hideaki Kondo 近藤秀秋 (g)
Jun Kawasaki 河崎純 (b) 

やはりここでも活力を体現したような豊住芳三郎、その叩きっぷりはどのような意味であろうとも独尊。日本的なのかシカゴ的なのか、その両方なのか、なんとか的ではないのか。パルスの重さにも気圧される。まるでハヌマーンが奇矯な恰好で空を翔けてゆくような姿を幻視する。

独尊とは言え相手あってのことであり、ここで相対する3人のプレイにもまた迫力を感じる。はじめは皆横目で互いを睨みつつも敢えて抑制したような演奏を続ける。だが白眉は最後の5曲目「Lofty Resistance」。弦の軋みを吹いたような飯塚知のサックス、方法論的にも強度を表現した近藤秀秋のガットギター、暴走せぬよう一音一音に力を込める河崎純のコントラバス、それらが軋みの魔法陣を形成する。その中を駆け抜ける豊住芳三郎。

ところで近藤さんには、先日はじめてお会いしたときに、演奏もなさるのですねなどと間抜けで失礼なことを聞いたのだった。これを聴いてしまったいま、穴があったら入りたい。

●豊住芳三郎
ブロッツ&サブ@新宿ピットイン(2015年)
ポール・ラザフォード+豊住芳三郎『The Conscience』(1999年)
加古隆+高木元輝+豊住芳三郎『滄海』(1976年)
加古隆+高木元輝+豊住芳三郎『新海』、高木元輝+加古隆『パリ日本館コンサート』(1976年、74年)
豊住芳三郎+高木元輝 『もし海が壊れたら』、『藻』(1971年、75年)
富樫雅彦『風の遺した物語』(1975年)


飯島晃『COMBO RAKIA'S』

2017-05-02 11:43:44 | アヴァンギャルド・ジャズ

飯島晃『COMBO RAKIA'S』(SUPER FUJI DISCS、1990-91年)を聴く。

Akira Iijima 飯島晃 (g)
Yuriko Mukojima 向島ゆり子 (vln, toy p, vo) (Disc 1)
Tatsuro Kondo 近藤達郎 (accordion, harmonica) (Disc 1 M1,8, Disc 2)
Takero Sekijima 関島岳郎 (tuba, bass tb) (Disc 1 M2-7, Disc 2)
Masami Shinoda 篠田昌巳 (as, ss) (Disc 2)

なんて不可思議で奇妙で静謐な世界か。同時期の『コンボ・ラキアスの音楽帖』(1990年)と同様に、息をひそめて聴き入り、萩原朔太郎『猫町』や宮沢賢治『銀河鉄道の夜』を思い出してしまう。

録音も良い。丁寧な関島岳郎のチューバ、抒情あふれる篠田昌巳のサックス、透明で伸びやかな向島ゆり子のヴァイオリン。それらの薄紙が静かに重ね合わされ、わずかな光を透過することで別の模様が浮かび上がってくる。こんな素晴らしいサウンドがなぜ今まで眠っていたのだろう。

向島さんによる解説がとても興味深い。飯島晃の作曲手法と演奏の指示についてである。すなわちそれは、西洋の即興とは逆に、「メロディは共有するけど時間軸は自由」としたものだった。それでこその独特さか。

●飯島晃
飯島晃『コンボ・ラキアスの音楽帖』
(1990年)


ジャック・デリダ『嘘の歴史 序説』

2017-05-02 09:56:27 | 思想・文学

ジャック・デリダ『嘘の歴史 序説』(未來社、講演1997年)を読む。

嘘とは?嘘の歴史性とは?

もちろんここで、デリダは歴史修正主義を告発しているわけだが、ことはそう単純ではない。隙も許されぬほど厳格な真実性を求めたカント、社会的存在としての振る舞いを体現したようなアーレントを引用しながら、デリダの思索は、「真実」がそこにあるかのような前提を取り払う。

嘘をつこうとして発する嘘こそが嘘。政治の場においては、伝統的にそれが特権的な領域となってきた。そういった歴史修正主義に対し、テッサ・モーリス=スズキは、歴史とは「過去への連累」であり、「真摯さ」をもって対峙し、各々が抱え持つべきものだと説いた(『過去は死なない』)。

しかし、ここにも落とし穴がある。視るべき対象としては、支配側からの一方向のベクトルだけではなく、逆方向のベクトルもあるということだ。反体制の者やリベラルの者が、「かれは歴史修正主義に対して沈黙していた」と正義感によって決めつけられるとしたら、それも嘘なのではないか、というわけである。ここでデリダはアーレントを引用し、自己への嘘、自己への欺瞞という考えを提示する。アーレントもそれにより苛烈な批判の対象となった。そしてまた、それらにも属さない反ー真理がある。

重要な指摘が書かれている。

反―真理をそれと認識せずに体現してしまった善意の者が、「語る前に知っていることすべてを知ろうとしなかったのは、彼が結論に達することを急いでいたから」ということ(65頁)。

「事象そのものの人工的なアーカイヴの抽出、選別、編集、画面構成、代替」によって、「『情報を知らせる』ために『歪曲をおこないます』」という操作、その限界を見出すためのメタ解釈。(84頁)

SNSや運動の言説においても、怒りに集中させたようなものが「ウケる」。それが如何に正当なものであっても、そこには「『情報を知らせる』ために『歪曲をおこないます』」という操作が見出されるのではないか。

●参照
ジャック・デリダ『動物を追う、ゆえに私は(動物で)ある』(2006年)
ジャック・デリダ『言葉にのって』(1999年)
ジャック・デリダ『アデュー エマニュエル・レヴィナスへ』(1997年)
ジャック・デリダ『死を与える』(1992年)
高橋哲哉『デリダ』(1998年)
ガヤトリ・C・スピヴァク『デリダ論』(1974年)
ジャック・デリダ『声と現象』(1967年)