日々のつれづれ(5代目)

旅行レポート以外の、細々としたこと。
割とまめに書くようにしています。
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2010年6月19日 【旅行】【鉄道】続・乗ってナンボの…

2010-06-21 22:18:52 | 旅行・ハイク&ウォーク
 トーマスクック時刻表の2010夏版、先日ヨーロッパ中部編の乗車区間をアップしましたが(西部はイベリア半島なので割愛)、せっかくなのでヨーロッパ東部もマーキングして撮影しました。

 意外に?アッサリしてますね。まだまだ修行が足りないと言うことです。左端にちょこっとあるのがリュブリヤナ(スロベニア)、ザグレブ(クロアチア)。中央上部の基点はブダペスト(ハンガリー)。ここから右(東)へ伸びた乗車区間はブカレスト(ルーマニア)へ続きます。途中、右上から合流しているマーキングラインはキシニョフ(モルドバ)から乗ってきたルートです。

 ブカレストからいったん西に戻る形でソフィア(ブルガリア)へ、そこから折り返す形で伸びた右端がイスタンブール(トルコ)です。このオレンジの線ほぼその通り、一時期は「オリエント急行」が走っていたのも、このルートを乗車した理由の1つです。そうした過去のルートなどを調べながら旅行日程の制約と闘いつつ行程のプランニングをするのも、トーマスクックを開く楽しみの一つ。

 時は過ぎ列車は変われど、山あいを抜け平野を横切り、遥かアジアを目指したルートは変わらず。自分に古の旅人の追体験は出来たのだろうか…このルート最終区間の乗車記は近日公開予定です。


 そう言えば以前「時刻表を読む」と言ったら「見る、じゃないんですか?」と聞かれたことがありました。地図だって「読む」人と「見る」人がいるのだから時刻表を「読む」人がいてもおかしくないと思うんだけど(笑)。大人しく「調べる」と言えば余計な波風が立たないかな。
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【本】アン・モロウ・リンドバーグ著、吉田健一訳 「海からの贈物」(新潮文庫)

2010-06-21 06:29:40 | 本・映画・展覧会
 著者はあのチャールズ・(オーガスタス・)リンドバーグの妻である。だから、彼との華やかかつ波乱に満ちた人生とか、その回顧録かと思って読むと見事に外す。訳者あとがきにもあるが、本書はアンと言う1人のアメリカ人女性作家による、女性としてのアイデンティティを求めた思索の書とでも言うべき作品で、追想録とか告白書などではない。

 なんでこんな本を読む気になったかと言うと、JALの機内誌で紹介されていたのだったか、BE-PALに載っていたのだったか。とにかく、普通であれば自分の目に留まらない、手にしないジャンルの本であろう。それだけに目新しく面白かった。

 書かれていることは読めば当たり前のことだけど、書かれた当時を考えれば斬新なのかもしれない。家事や育児に追われ、家というごく狭い世界で生きていた女性に「外の世界」に出るチャンスが出てきたとき、どうすべきか。興味深いのはそこで自己啓発しろとか社会運動にかかわれとか、そっち方面に話が展開しないところ。むしろ、そうやって周囲あれこれと複雑かつ多忙な関わりを持つうちに、コアとなる自身が疎かになってはいないかという警鐘。女性に大して開かれ行く時代に逆行するような書きぶりである。

 著者は、隠遁生活を送るかのように人のない浜辺の小屋で数週間を送る。ハマを歩き、思索に耽り、質素な食事をし、何物にも邪魔されず原稿を書く。そうして得た結論は、例え元の忙しい生活に戻ったとしても、このような質素で孤独な時間を作ることを忘れずたまに作ろうと誓う。

 本書はあからさまに物質文明を批判してはいないが、暗にそう言っているようにみえる。情報過多とは書いていないが、情報や人間関係の煩雑さを問題視している。表面的な事象は異なっても、本質的にはそっくり現代に当てはまるではないか?現代文明へのアンチテーゼ、と言うほど過激ではないかもしれないが、投げ掛けられた疑問は胸をうつ。

 ところで、この訳文を「である」調から「ですます」調に書き換えたらどうだろうか?著者の気質は知らないが、「ですます」調かつ女性の感性で訳されれば、さらに読む者に訴える作品として世に問えるのではないかと言う気がする。ある意味、吉田健一では「立派過ぎる」のだ。

 2010年6月18日 自宅にて読了
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