「戸越銀座でつかまえて」星野博美
星野博美さんのエッセイ。
実家=戸越銀座に戻ってからの日々を綴っている。
P269
1人暮らしに敗北して実家に戻った。
それを認められるようになったのは、ようやく今年に入ってからだ。その一言を書いたら、鉛筆が進み始めた。そして結局連載時の原稿のおよそ半分は捨て、あらたに書きなおすことにした。
著者は、愛する猫を失い、人間関係も破綻してしまう。
ぼろぼろの状態となり、実家に戻る。
自分自身、猫、家族、商店街の人びとが描かれる。
その距離感が心地よい。
近すぎず、遠すぎず、ドライでもなく、湿っぽくもない。
ただ、猫について描かれると、感情があふれ出る。
愛情の深さが感じられ、読んでいて切なくなる。
猫好きには、しんそこ共感するエッセイと思う。
P206-213
窓辺のランプ・・・トルーマン・カポーティの短編のタイトル
著者は愛猫「ゆき」を失う。
徐々に心が壊れていくのが、カポーティの短編をとおして語られる。
私は丸二日、ゆきの遺体を抱いて眠った。
人が、死を受け入れるのはいつなのだろうか。
気がつけば、動物病院の前に立っている自分に気づく。
このままだと、動物病院へ通ずる道しか歩けない人間になってしまう。ぼやーっと歩いても、動物病院へたどり着けない場所へ自分を隔離する必要がある。そして壊れた頭のプログラムを書き換えるくらいの荒療治が必要なのかもしれない。
そして、長崎県にある五島自動車学校へ、合宿免許を取りに行くことに決めた。
そうだったのか!
「島へ免許を取りに行く」は、こうして書かれたのか!
P216-227
東日本大震災が起こった時、戸越銀座では、トイレットペーパーの買い占めが起きた。
商店街の棚が空っぽになった。
それがしばらく続いた。
3月18日、ようやく、ある店にトイレットペーパーが出現した。
しかし、争奪戦は起きなかった。
なぜなら、448円と書かれていたから。
P226
道行くおばあさんたちのひそひそ話が聞こえてくる。
「こんな高いトイレットペーパー、誰が買うもんか」
「馬鹿にするんじゃないよ」
翌日、その店は緑茶のカテキン成分を配合した緑色のトイレットペーパーを298円で売った。
ところが、それも誰も群がってこない。
戸越銀座でふだん売れ筋のトイレットペーパーは198円である。
前日から四割ほど安くしたとはいえ、298円はまだ高額なのだ。
(うちは、300円前後だったような気がする、たぶん・・・byたきやん)
P239-240
黒やぎと白やぎの童謡について
白やぎが手紙を送ると、黒やぎはそれを食べてしまい、「用事は何?」と黒やぎが返事を送ると、白やぎもそれを食べてしまう、という歌。私は幼い頃から、永遠に終わらないこの物語が大好きだった。二匹は手紙に何を書いたのだろう、と想像するだけでわくわくした。
黒やぎと白やぎは、永遠に用を足せない。それでも手紙を送り続ける。
二匹にとっては、用事なんてどうでもいいのだろう。君のことを考えているよ、という気持ちを伝えることが大切なのだから。
童謡無料試聴~唱歌の歌詞~ やぎさんゆうびん
【おまけ】
この作品の重要なテーマは「自由」だ。
自由とは何か・・・著者は「自由」を獲得しようと家を出て、悪戦苦闘し、世界を旅する。
しかし、「自由」に敗れる。
P13
本書は、生き方を見失った私が、何かを取り戻すため、実家のある戸越銀座に帰ったところから始まる。
何かをつかまえることはできるのだろうか。
それとも、また何かを失うのだろうか。
それは私にもわからない。
【ネット上の紹介】
これまでの人生の「選択」は、正しかったのだろうか?ありたい自分と、現実の自分が、どんどん乖離してゆく。40代、非婚。一人暮らしをやめて、実家に帰った―。それからの6年半、おだやかに葛藤し続けた日々の記録。
[目次]
第1章 とまどいだらけの地元暮らし(二つの町
妻妾同居 ほか)
第2章 私が子どもだった頃(仔猫と旅人
おままごと ほか)
第3章 あまのじゃくの道(負け猫と負け犬
時間よ止まれ ほか)
第4章 そこにはいつも、猫がいた(皆既日食
時差 ほか)
第5章 戸越銀座が教えてくれたこと(二〇一一年三月一一日