009 RE:CYBORG
2012年/日本
脳が見る夢
総合
40点
ストーリー
0点
キャスト
0点
演出
0点
ビジュアル
0点
音楽
0点
気軽に観るつもりでいたのに、いつの間にか『サイボーグ009』がここまで追いつめられているとは想像もしていなかった。心理学者のジークムント・フロイトはともかく、宗教学者のミルチャ・エリアーデの名前まで挙げられたことには驚いたが、脳を介する集合的無意識と神との関係を論議するならば、フロイトよりもカール・グスタフ・ユングの名前を挙げるべきだったと思うが、だからと言って脳と神の関係が明らかになるわけではない。
六本木ヒルズがアメリカ軍に攻撃された際に、島村ジョーと一緒にいたはずの、彼の同級生のトモエの姿が消えてしまった時には、『バイオハザード ダムネーション』(神谷誠監督 2012年)と同様の演出ミスかと思ったが、ドバイで再びジョーの目の前に現れたところを見ると、どうやらジョーが見ている幻想のようである。
幻想は他にもあって、モニュメントか実物かははっきりしない天使の化石が発見されているそばで、碧い瞳を持った美少女の天使が現れる。
いずれにしてもクライマックスで、日本人の島村ジョーが仏ではなくて神に啖呵を切ることは、ジョーがクリスチャンであっても不思議ではないとしても、集合的無意識により人間の脳が作り出している神を独立したものとして語りかけること自体には違和感が残り、ラストシーンのハッピーエンドは誰かが(脳が?)見ている(見たい?)幻想としか判断のしようがない。
石原知事、最後の庁議で「すべて正しかった」(読売新聞) - goo ニュース
10月31日、午後0時35分、議会棟玄関に到着した石原慎太郎は、記者団に気分を
問われると「非常に長い、ちょっと長すぎた、かなり出来のいい小説を書いた後の解放感と
満足感かな」と恥ずかしげもなく言っていた。本人以外は誰も石原都政を「かなり出来の
いい小説」とは思っていないだろうが、それよりも不思議だったのは、午後2時過ぎ、都庁
正面玄関に笑顔で現れた石原に贈る曲として、東京消防庁音楽隊は「マイ・ウェイ」と
「ロッキーのテーマ」を演奏したことで、特に「マイ・ウェイ」は石原サイドから直接、曲目に
入れるよう要請があったらしいのであるが、結局、石原慎太郎といえども「君が代」ではなく
かと言って「嵐を呼ぶ男」でも「わが人生に悔いなし」でもなく、アメリカの曲を選んでいる
ところが物悲しい。