原題:『だれかの木琴』
監督:東陽一
脚本:東陽一
撮影:辻智彦
出演:常盤貴子/池松壮亮/佐津川愛美/山田真歩/岸井ゆきの/木村美言/勝村政信
2016年/日本
境界線上の人生の危うさについて
主人公の新海小夜子は引っ越し先にあった美容院「ミント(MINT)」に入りたまたま担当になった山田海斗に少し髪を切ってもらったことに快感を得て、海斗のことが気になりだすのであるが、小夜子の行為が果たしてストーカーとまで断定できるほどのものかどうかは微妙なラインではある。例えば、新品のダブルベッドの上で小夜子が妄想する場面の相手は、髪を触るのは海斗だったかもしれないが、小夜子の胸をまさぐるのは夫の光太郎だからである。
自分の新居にも自社の機器を取り付けるほど仕事熱心な警備機器会社に勤務している光太郎に下心が無い訳ではない。気になっている部下の女性を食事に誘うも友人も連れて行くと言われて諦めるのであるが、ある晩、街ですれ違った見知らぬ女性と一晩共にする。だからと言ってその後ズルズルと関係が続ことにはならず、次に会った時にホテルに行くことはない。
そんな両親と一緒に住んでいる娘の中学生のかんなは思春期の少女らしく微かな不穏な空気を感じて不安を感じるのであるが、家庭のその不穏さはあくまでも「未遂」のままなのである。危機に直面した新海家は無事だったにも関わらず、海斗とガールフレンドの唯は、唯が小夜子の家に怒鳴り込んで暴言を吐いたことがきっかけで別れてしまうのであるのである。唯はいつも通っているバーで知り合った男性と交際することになるのであるが、その彼が光太郎の部下の飯塚なのだから先の人生はまだどうなるのか分からない。例えば、女性美容師に髪を触られたくて3ミリだけ切って欲しいと「ミント」にやって来た無職の22歳の青年が警察に捕まったことをテレビで知った海斗が「22歳で警察にお世話になって今後どうするんだろう」という感想を口にするのであるが、そんな海斗でさえ22歳の時に自分の母親の悪口を言った相手に暴行をはたらき入院させたのだから、人生は本当に紙一重でどちらに転んでもおかしくはないのである。
適度なエロスとシュールな演出がルイス・ブニュエルの作品を想起させる佳作である。