原題:『永い言い訳』
監督:西川美和
脚本:西川美和
撮影:山崎裕
出演:本木雅弘/深津絵里/竹原ピストル/堀内敬子/藤田健心/白鳥玉季/池松壮亮/黒木華
2016年/日本
「他人」として生きなければならない原因について
主人公の名前は「衣笠幸夫」である。綴りは違うが「きぬがさ さちお」と聞けば大抵の日本人は国民栄誉賞を受賞した元プロ野球選手「衣笠祥雄」を思い出すであろう。衣笠幸夫は生まれた時からそのプレッシャーに耐えてきたが、とりあえず「津村啓」というペンネームで小説家としてブレイクしテレビのクイズ番組にも出演して活躍していたが、それでも「衣笠祥雄」という名前が大きすぎてプレッシャーから逃れられず、本業の小説が上手く書けなくなってくる。
そんな時に妻の夏子が彼女の親友の大宮ゆきと旅行先に向かうために乗っていたバスの事故で急死してしまうのだが、幸夫は自宅に自分の編集者で愛人の福永智尋を招いて情事に耽っていた。知らせを受けた幸夫は、その後は体裁振り、葬式を取り仕切り、長距離トラック運転手の大宮陽一の子供で中学受験を控える真平と保育園に通う灯の世話をすることを買って出る。福永からは「あなたは自分以外誰も愛していない」と罵られ、夏子のスマホには幸夫宛てに「もう愛していない。ひとかけらも」というメッセージが残されるが、陽一の子供たちと接する中で幸夫は「人生は他者だ」とメモを取り、人間として成長するという展開になっていくはずだった。
ところが衣笠幸夫はその一連の出来事を小説『永い言い訳』として執筆し、文学賞を受賞してしまうのである。つまり幸夫はやはり小説家としての体裁を崩すことができず、事故で妻を亡くした悲劇の主人公になりきりながら、自ら編集者との不倫を暴露するような人間が人を本気で愛せるようにはならないはずだが、社会的高評価は得てしまう。幸夫が書いた「人生は他者だ」という他者は本当に「他人事」という意味なのである。ゲスな男だと非難しないで欲しい。これは「きぬがさ さちお」と名付けられ「他人」の人生を生きなければならなくなった悲しい男の宿命なのだから。
灯がプレゼントしてくれた「家族写真」には幸夫だけが写っていないが、それは幸夫が撮っているからで、決して「他人」になりたい訳ではないのである。「長い」ではなく「永い」言い訳になってしまう理由は、結局、このように言い訳が終わらないことを示している。フランスの映画監督エリック・ロメールの「喜劇と格言劇」シリーズを彷彿させる傑作である。