(名鉄600V、北縁の防人@モ755)
樽見鉄道沿線の桜を愛でつつ、再び名鉄の谷汲線沿線まで戻って来ました。訪れたのは終点の谷汲駅。ここには、モ755とモ514という名鉄600Vを代表する2両の名車が、今でもきれいな形で保存されています。廃線の後、郷土の鉄路の歴史を残すための鉄道保存の取り組みについては、村の議会では負担が重すぎるとして予算が付かなかったのだそうです。現在の谷汲駅での車両保存は、村の議会でいったんは否決されながら、地元有志の熱心な働きかけによって名鉄からの譲渡に漕ぎ付けられたもので、それだけ谷汲村民にとってこの赤い電車が大きな存在だった・・・ということが分かるエピソードでもあります。
西国三十三か所霊場巡りの中では、一番東に位置する谷汲山華厳寺。名鉄谷汲線の前身である谷汲鉄道が、谷汲山への参詣客と沿線の開発を目的にここ谷汲駅までレールを敷設したのが大正15年(1926年)のこと。昭和初期に名鉄に合併され、同社の谷汲線となってから廃線となる平成13年(2001年)までの間、約80年に渡って西美濃の里山風景を走り続けたモ755。名古屋鉄道の一期生とも言える半鋼製の新型車両で、当時はデセホ700形と750形を名乗り、同形式の一部はお召列車にも使われたのだそうです。1960年代の本線の昇圧により、以降はほぼ揖斐・谷汲線を中心とした名鉄600V区間に転属。同線区の主軸として一生を終えています。
谷汲線は、21世紀までこのような昭和初期に製造された冷房もない半鋼製のツリカケ旧型車が最後まで路線を守り続けました。岐阜市内線の末期は、現在でも福井や豊橋で頑張るモ770形やモ780形のような新型車両も投入されましたけども、谷汲線と揖斐線の末端部分には、その恩恵はありませんでした。揖斐線と谷汲線への電力供給は、黒野の手前にあった小さな変電所だけが頼り。そのため揖斐や谷汲方面は変電所から離れれば離れるほど電圧が下がってしまい、インバータ制御で回生ブレーキを持つ新型車両では黒野以遠に入線することが出来ませんでした。モ750を始めとする旧型車は、直流の電気を交流変換せずにそのまま使用する直流モーターを装備しており、簡単な機構で電圧降下にも強いという特性がありました。路線が廃止されるまで、揖斐谷汲線の末端部が旧型車の天国であったのは、このような劣悪な電力環境の中で、直流モーターの頑強さと故障への強さが遺憾なく発揮された結果、ということが出来ます。
保存されたモ755の運転台周り。公称では600Vの路線でしたが、末端部は300Vも出ていなかったのでは、なんて話もあるくらいで、谷汲線の運転士さんは走るたびにいっつも電圧計とにらめっこしていたのではないだろうか。特に冬場の雪の日は、ただでさえ心もとない電力が架線に付着する雪によってさらに集電力が低下し、その中でスノープロウを装着して雪を押しながら走ることの苦労は大変なものがあっただろう。交換駅の北野畑の駅で交換相手の電車を待っていると、更地の駅を出て遠く八王子坂を力行してくるモ750の音に合わせ、力行による電圧降下によって車内の電気が付いたり消えたり・・・みたいなことが起こっていたらしく、北野畑の駅では、双方向の電車を同時に発車させることは電圧が弱すぎて難しいことから、先に出した電車が十分に加速してからもう1両の列車へ出発の合図を出していたのだとか。
モ755の傍らには、これも岐阜市内線と言えばこのクルマ!というモ514が。揖斐線の前身である美濃電気鉄道が新造した美濃電最後の新車。個人的にも名鉄600Vの岐阜市内線と言えば、忠節橋を渡って軌道区間に「急行」のマークを付けて乗り入れて来るモ510の2連という感じがします。モ510は美濃駅・JR岐阜駅前・そしてこの谷汲駅と三ヶ所で保存されているのだから、岐阜の人々にも思い出の深い車両なのだろうなとも思う。大正ロマンを感じさせる品のいい丸窓、武骨なリベット、錦鯉を思わせるノーブルな紅白のカラーリング。車内の座席に取り付けられた白いヘッドカバーと相まって高級感がある。製造当初から美濃町線で運行されていたものを、揖斐から岐阜市内への急行運転を開始するにあたってクロスシートに取り換えたのだそうな。
谷汲の街は桜の街。この時期、谷汲駅から華厳寺に続く道には桜が咲いて、多くの人が訪れていました。谷汲線がなくなってから、この街を訪れる手段はほぼクルマしかないんですけど、名刹と桜という組み合わせは古くから日本人の心を捉えて離さないものなのだろう。せっかくここまで来たのだから、と汗を拭き拭き参道を歩く。この日は春を通り越して夏のような一日だった。華厳時の本堂までは駅から歩いて15分程度、延暦年間(798年)の建立とされる西国三十三ヶ所霊場回りの結願の寺。けっこう色々な場所に行っては拝むタイプなのですが、どのくらいの神様が私についているのだろう(笑)。
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