NPO法人「奈良まほろばソムリエの会」が毎週木曜日、毎日新聞奈良版に連載している「ディスカバー!奈良」、先週(9/14)掲載されたのは《「太陽の道」に思いはせ 二上山雌岳の頂上》、執筆されたのは奈良市在住の中村茂一(しげかず)さんである。「箸墓古墳を中心に、淡路島から伊勢まで北緯34度32分の線上に、太陽崇拝とつながりがある古代祭祀遺跡が並んでいる」というミステリアスなお話である。
※トップ写真は、二上山雌岳の頂上にある日時計
『日本歴史地名大系』の「石上神社(いわがみじんじゃ)」(兵庫県津名郡北淡町舟木八丁岩)によると《字八丁岩(はつちよういわ)の照葉樹林の中にある。現在の祭神は素盞嗚尊であるが、本来は巨石を神体とする社であった。社叢の中に巨石数個が立ち、それらを大小六十数個の花崗岩の石がおよそ三〇メートル四方にわたって環状にとりまいている》。
《当社は北緯三四度三二分線上にあり、太陽の道として一時注目を浴びた三重県鳥羽市の伊勢神(かみ)島から西へ延びる直線上に位置し、日の神としての天照大神信仰とのかかわりも想定されている》とあり、これは興味深い。では、記事全文を紹介する。
「太陽の道」と日時計の説明板
二上山は雄岳と雌岳の二つの峰からなる独特な姿をしています。雌岳頂上には日時計があり、「太陽の道」にまつわる説明板が立てられています。
箸墓古墳を中心に淡路島から伊勢まで北緯34度32分の線上に、太陽崇拝と何らかのつながりがある古代祭祀(さいし)遺跡が並んでいるという話が、1980年にNHKの番組で紹介されました。この東西の線は「太陽の道」と呼ばれています。
県内では二上山すぐ北側の穴虫峠、桧原神社(「元伊勢」と呼ばれ、天照大神に関係が深い)、長谷寺、室生寺などがほぼこの線上にあります。大阪には大鳥大社、日置荘(荻原天神)、三重には斎宮跡(天照大神に使える斎王が住んでいた所)などがあります。太陽にまつわるモニュメントの日時計を見ながら、東へ西へと思いをはせてみてはいかがでしょうか。
メモ 二上山雌岳(標高474㍍)へは、近鉄二上神社口駅から徒歩約1時間。(奈良まほろばソムリエの会 中村茂一)
この画像は、日経電子版(2011.8.10付)から拝借
「太陽の道の話、どこかで読んだことがあったな」とネットで検索してみると、旧知の吉田俊宏さんが、日本経済新聞(2011.8.10付)《奈良・大和盆地に「太陽の道」 一直線上に遺跡・社寺 異説の日本史(1)》という記事を書いておられた。今も電子版で読むことができる。吉田さんは同様に「聖なるライン」(異説の日本史(2))も、同紙に紹介しておられた。
中村さん、興味深いお話、そして珍しい日時計のご紹介、ありがとうございました!
※トップ写真は、二上山雌岳の頂上にある日時計
『日本歴史地名大系』の「石上神社(いわがみじんじゃ)」(兵庫県津名郡北淡町舟木八丁岩)によると《字八丁岩(はつちよういわ)の照葉樹林の中にある。現在の祭神は素盞嗚尊であるが、本来は巨石を神体とする社であった。社叢の中に巨石数個が立ち、それらを大小六十数個の花崗岩の石がおよそ三〇メートル四方にわたって環状にとりまいている》。
《当社は北緯三四度三二分線上にあり、太陽の道として一時注目を浴びた三重県鳥羽市の伊勢神(かみ)島から西へ延びる直線上に位置し、日の神としての天照大神信仰とのかかわりも想定されている》とあり、これは興味深い。では、記事全文を紹介する。
「太陽の道」と日時計の説明板
二上山は雄岳と雌岳の二つの峰からなる独特な姿をしています。雌岳頂上には日時計があり、「太陽の道」にまつわる説明板が立てられています。
箸墓古墳を中心に淡路島から伊勢まで北緯34度32分の線上に、太陽崇拝と何らかのつながりがある古代祭祀(さいし)遺跡が並んでいるという話が、1980年にNHKの番組で紹介されました。この東西の線は「太陽の道」と呼ばれています。
県内では二上山すぐ北側の穴虫峠、桧原神社(「元伊勢」と呼ばれ、天照大神に関係が深い)、長谷寺、室生寺などがほぼこの線上にあります。大阪には大鳥大社、日置荘(荻原天神)、三重には斎宮跡(天照大神に使える斎王が住んでいた所)などがあります。太陽にまつわるモニュメントの日時計を見ながら、東へ西へと思いをはせてみてはいかがでしょうか。
メモ 二上山雌岳(標高474㍍)へは、近鉄二上神社口駅から徒歩約1時間。(奈良まほろばソムリエの会 中村茂一)
この画像は、日経電子版(2011.8.10付)から拝借
「太陽の道の話、どこかで読んだことがあったな」とネットで検索してみると、旧知の吉田俊宏さんが、日本経済新聞(2011.8.10付)《奈良・大和盆地に「太陽の道」 一直線上に遺跡・社寺 異説の日本史(1)》という記事を書いておられた。今も電子版で読むことができる。吉田さんは同様に「聖なるライン」(異説の日本史(2))も、同紙に紹介しておられた。
中村さん、興味深いお話、そして珍しい日時計のご紹介、ありがとうございました!
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます