「この前、しめ縄も野だて傘も建築なんだってU1さんから伺いましたから、建築って随分幅が広いということは分かりました。で、この止め石も建築だと・・・」
「コーヒー飲みながらそんな話をしたね。定義次第でしめ縄も野だて傘も建築なんだってこと。そしてこの露地に置かれた石も建築」
「そうですか。でもどうして?」
「建築って、この前も話したけれど、空間を切り取る装置というふうに定義することが出来ると思う。で、その切り取るってことを考えてみると、周りとは異なる「場」をつくることというふうに捉えることも出来ると思うんだよね」
「それは、分かります」
「で、この止め石の意味は?」
「私、この前も話したと思いますけど、茶室に興味がありますから、この止め石のことは知っています。止め石の先には立ち入らないで下さい、という意味ですよね」
「そうだね。侵入禁止。ということはそこで人の動きというのか、移動を制限しているわけでしょ。制御と言い換えてもいいんだけど。玄関のドアにカギをかけるのは防犯のため、つまり人の立ち入りを物理的に阻止するため。石は人を物理的に拘束することは出来ないけれど、移動を制限するという意味では同じ役目を果たしている」
「だから、この止め石も建築だと・・・。なんだか飛躍しすぎというのか、ピンときませんけれど・・・」
「そうだとは思うけどね。立ち入りを制限する領域を規定する装置、それってやはり建築なんだよ。Mさん、ファンス・ワース邸って知ってるでしょ」
「ええ、外壁がガラスの住宅」
「広大な敷地だから、外壁が透明ガラスでも覗かれる心配がない。広大な敷地が壁の役目を果たしている、とみなすことができるわけだよね」
「あ、そうですね。でもクライアントは女医さんでしたっけ、訴訟したとか」
「確か、そうだったね。話は変わるけど、ふすまは音が筒抜けなんだけど、隣りの部屋から聞えてくる声は聞えないことにする、という暗黙の約束が昔はあったわけでしょ。つまりふすまの遮音性能不足を約束によって補っているというわけ。ガラスの壁って遮蔽性能ゼロだけど広大な敷地がそれを補っている・・・」
「そうなんですね」
「壁の役目を他のものが果たすこともあるってことなんだ。止め石も壁の代わりに人の移動を阻止している。だから建築・・・、これホント」
「いろんな解釈というのか、見方ができるということなんですね。漫画に出てきたりしますけど、雨漏りする部屋で傘をさすのは屋根の性能不足をカバーしている・・・」
「そう。その通り!」
「ここの和菓子って全国的に有名ですね」
「そうだね、抹茶って随分久しぶりだけど、たまにはいいもんだね」
某日、開運堂の松風庵にて