「まあ、焼き鳥にして食っちゃうより剥製の方がまだマシかな」
Kちゃんに東京中央郵便局の保存問題について訊かれて、答えた。
「そうですよね。今朝、新聞読みましたけど、登録有形文化財に登録できるような保存にするんですってね」とビールを飲みながらKちゃん。
ここは松本駅前の某居酒屋。久しぶりにKちゃんと焼き鳥でビールを飲みながら建築談議。
「でも、あの計画のイメージパースを見るとなんだか焼き鳥に見えるんだよね」
「え?焼き鳥ですか?」
「そう焼き鳥。Kちゃん、完成予想図も以前新聞に載ってたけど覚えてる?」
「ええ、郵便局の上にガラスの超高層ビル。ネット検索で見ること出来ますよね、あのパース」
「そうだね。JPタワー、38階建だったかな。あの姿って中央郵便局にガラスの串を突き刺しているように見えない?この焼き鳥の串は竹だけどね。ほら、串をこう立てると、この串がガラスの超高層。で、このレバーが郵便局。腰巻き保存とかいう人もいるけどさ」
「そうか・・・面白い! でもU1さんって面白い見方をするんですね」Kちゃんは串を上に向けた食べかけの焼き鳥を見ながら答えた。
「なんとなくイメージしちゃうんだよね。全く関係ないものに見立てることがよくある。特に意識してるわけじゃないけど。ところで有名なウィーン郵便局って知ってる?郵便貯金局か」
「知ってます。え~と、設計したのは作曲家のような名前の・・・」
「ワーグナー。オットー・ワーグナー」
「カチッとした外観からは想像できないような柔らかな光りの空間ですね。ネット検索すれば写真がいっぱい出てきますよね」
「そう。あのオーストリアの郵便貯金局が出来たのが、この間読んだ本に出てたけど、1906年。東京中央郵便局より少し古いんだけど、現役だよね」
「そうですね。どうして日本って建築の寿命が短いんでしょうね、でも中央郵便局って長い方なんですよね」
「どうしてだろうね。まあ、美空ひばりの「川の流れのように」とかテレサ・テンの「時の流れに身をまかせ」だっけ?それにジュリーの「時の過ぎ行くままに」とか、歌にもあるように、人も世の中も常に変わるものだっていう、無常観・・・、があるからね、日本人の心には。それが建築にも反映しているのかも知れないな」
「建築も都市も常に変わっていくという考え方ですか」
「そう。なにもかも変わって当然という基本的な考え方。まあ伊勢神宮は例外だろうね。だから100年も200年も変わらないなんていう建築や都市なんてイメージできない。この国ではね。でもすべての建築がどんどん更新されていったら、東京なんて根無し草、漂流都市になるよね。だから、せめて東京駅と中央郵便局にはアースアンカーの役目を果たしてもらわないと」
「アースアンカーって、漂流止めってことですか?」
「そう、漂流止め。根無し草になるのを防ぐのに必要な最低限の建築。記憶を留める建築がやはり都市には必要なんだと・・・。でも本当はもっとそういう建築が点在していないと。今や東京駅の周りはガラスのタワーだらけ」
「そうですね」
「ガラスの建築って歴史を留めることが出来ないと思うんだよ」
「歴史を留めるって・・・」
「以前ブログに書いたことがあるけれど、石やレンガなんかには、記憶力がある。歴史を記憶することができる材料。コンクリートはどうかな」
「ところで、U1さんは東京中央郵便局をどう思っているんですか」
「・・・、確か完成が1931年、ウィーン郵便貯金局の25年後かな。タウトは桂を絶賛したけど、中央郵便局もほめているんだよね。確かに外観は簡素で、そっけないけれど、それまでの装飾過多な建築デザインから変わってきた時代だったからね。それになんていうのか、あの敷地を上手く生かした正面性の創り方、ファサードデザインにボクは注目かな。外壁に何気なく付けている時計が効いているよね。東京駅のような堂々とした建築とは違うでしょ。ちょっと控えめで、衒いのない実直なデザイン、いいと思う。鳩山さんの発言には政治的なもくろみが当然あるんだろうけど、まあ、そういうどろどろな裏側は見ないようにして、剥製でもなんでも以前の計画よりだいぶ残すことになったのは良かった。これで少し建築の文化的な側面についてみんな考えてもらえれば、ね」
と、ちょっと力説してビールをごっくん。
***
空になったジョッキを見た店のオーナーが「高山の美味い酒あるけど、飲む?」と、訊いてきた。で、飲んでみることに。これはオーナーのサービス、高い酒ではないけれど飲みやすくて美味いそうだ。
「あ、ほんとう。このお酒おいしい。そういえばU1さん、北陸に行くんですか、いいな。兼六園って行ったことないんですよ。富山もないかも。高山には行ったことありますけど」
「いいでしょ。来月の11、12日。桜がちょうど見頃だと思う。金沢21世紀美術館は数年前に行ってるけど、しっかり見てこようと思って。確かトイレ周りが窮屈な設計だったような気がする、まつもと市民芸術館もそうだけど。それに高岡の瑞龍寺、一番見たい所」
「私もちょっと調べてみたんですけど、瑞龍寺の庭って昔は松があったそうですね。それが松を無くして今のようなすっきりとしたモダンな庭になったんですね。白と緑の対比?、抽象的な庭ですよね。私も見に行きたいな、確か宿でお酒飲みながら建築談議するって」
「そう、こたつで。一部屋で男三人と一緒でよければ、行く?」
「どうしようかな・・・」
■ 小川洋子の『海』と川上弘美の『なんとなくな日々』が書店で平積みされていた。共に新潮文庫の3月の新刊。両方とも買い求めた。
『なんとなくな日々』、単行本の帯には**独特のやわらかな言語感覚で紡がれる、いま最も注目されている作家の最新エッセイ。**とあり、文庫本の帯には**じんわり広がるおかしみと、豊かな味わい。気持ちほとびる傑作エッセイ集。**とある。
この作家の魅力がこのふたつの帯の言葉に端的に表現されている。
自分の言葉で作品の魅力を語れ、いつも引用ばかりではないか、という内なる声も聞えてくるが、読了本備忘のために書くのだと割り切れば引用で事足りる。
「春が来る」では一緒にお酒を飲んでいた友だちがお葬式の帰り道で河童と目が合っちゃった、と話し出す。幽霊だの妖怪だのの話をする質(たち)ではない友だち。
川上さんはほろ酔いで家に帰る道すがら河童のことを思う。姿を人に見られてはならないはずなのに、驚いたことだろう。用水路に飛び込んだ河童は水を飲み込んだかもしれない。あわてて流されたかもしれない、などと。
そして川上さんは、**河童にも、人にも、等しく春が来る。**と結論する。
『なんとなくな日々』を読むのにふさわしい季節は春。
『なんとなくな日々』、単行本の帯には**独特のやわらかな言語感覚で紡がれる、いま最も注目されている作家の最新エッセイ。**とあり、文庫本の帯には**じんわり広がるおかしみと、豊かな味わい。気持ちほとびる傑作エッセイ集。**とある。
この作家の魅力がこのふたつの帯の言葉に端的に表現されている。
自分の言葉で作品の魅力を語れ、いつも引用ばかりではないか、という内なる声も聞えてくるが、読了本備忘のために書くのだと割り切れば引用で事足りる。
「春が来る」では一緒にお酒を飲んでいた友だちがお葬式の帰り道で河童と目が合っちゃった、と話し出す。幽霊だの妖怪だのの話をする質(たち)ではない友だち。
川上さんはほろ酔いで家に帰る道すがら河童のことを思う。姿を人に見られてはならないはずなのに、驚いたことだろう。用水路に飛び込んだ河童は水を飲み込んだかもしれない。あわてて流されたかもしれない、などと。
そして川上さんは、**河童にも、人にも、等しく春が来る。**と結論する。
『なんとなくな日々』を読むのにふさわしい季節は春。