■『マザコン』角田光代(集英社文庫2011第3刷)を読んだ。
角田光代が描き出す母という存在の諸相。娘や息子から見た様々な母親像が描かれる。収録されている8編の短編の中で印象に残ったのは最後の「初恋ツアー」。
私は夫の洋文と、洋文の母親の三人で旅行にいくことに。母親が夫(私の義父)を亡くして、一切の気力を失ったように家から出なくなってしまったので、旅行に誘ったのだった。行き先は義母の希望で札幌。
**「洋文には内緒にしてほしいんだけど」義母は上目遣いに言う。
「え、なんですか」
「私、会いたい人がいるのよ。それでね、この旅行のあいだにその人をさがしあてたいんだけど、匡子(きょうこ)ちゃん、手伝ってくれない」**(205頁)
ずっと昔につきあっていた人が、札幌に住んでいるらしいことを知った義母。**「(前略)あのね、会ってどうこうしようなんて思ってないの。ただ、ちょっと遠くからでも、姿を見てみたいなってそのくらいの気持ちなの。(後略)」**(205頁) 札幌に来た理由が明かされる。
母が高卒後に上京して繊維工場で経理の仕事をしていたことを札幌の喫茶店で聞かされた私たち。経営者夫婦の自宅に間借りしていた伊本幸子(婚前の母の名前)は、近所の大学生でしょっちゅう経営者宅に遊びにきていた大学生と交際を始めた。ところがその学生・藤枝秀一郎は大学を卒業して就職した会社の一人娘と結婚してしまった。秀一郎の子どもを身ごもるほどのつきあいをしていたのに・・・。
秀一郎のいきつけの飲み屋が見つかって、私は母とふたりでその飲み屋にいくことに。**「私ね、試してみたいことがあるの。黙ってあなたと飲んでるの。そこへあの人がくるとするじゃない?そうしたら私に気づくかどうか。ねえ、どう思う」**(219頁)その後、私は母だけ残して夫が待つホテルに帰る。ホテルの近くの居酒屋のカウンターで飲み始めた私と夫。
**(前略)隣に座ってハイペースで飲んでいる自分の夫を、力の限り胸に抱きしめてやりたいと思った。母を放棄した母をはじめて見たのであろう、この気の毒な男を。そうして、そんな気持ちがなんだか母のようであると気がついて苦笑する。(後略)**(234,5頁)
この短編の最も重要なというか、作者が描きたかったテーマがこのくだりに表現されている(と私は思う)。
母が娘時代の恋人と再会できたのか、明かされないまま小説は終わる。