劇団の顔的な存在だった大野さんが、昨夜お亡くなりになりました。
僕が劇団に入った時から、ずっと可愛がってくれていました。
最初は、芝居の取り組み方が解らなかった。
自分の役を、自分なりに想像してみなさいと言われた。
どんな生い立ちで、どんな風に育ってきたのか?
台本を読みながら、自分で登場人物の人格を想像してみなさいと…
2年目の公演では、大役が回ってきた。
台詞が多くて、なおかつ相手役との絡みがあって・・・・
全然上手く行かなくて、イライラしながら稽古していたのを
肩の力を抜くように仕向けてくれたのが、大野さんだった。
その2回目の公演が終わった瞬間に、大野さんの前でボロボロと
涙を流しながら、お礼を言ったことを今でもよく覚えている。
若いころは、必死で働いたそうだ。
5代目の老舗を、自分の代で上手く行かなくなったことや
それでも、なりふり構わず、寝る間を惜しんで働いたそうだ。
芝居を始めたのは、歳をとってからだと聞く。
決して巧い役者さんじゃない。むしろ不器用な方だったと思う。
それでも、江戸っ子の粋で、まさに『ダンディー』と言う言葉が
ピッタリする人は、他に会ったことが無い。
知り合ってたった10年だったけど、僕が憧れる大先輩だった。
3年前の公演を終えたところで、体調を崩して一昨年の公演は
最初から出演しないと言って、メンバーから外れていた。
でも、僕ら男性陣にとって、何か物足りない感じがしたのは
大野さんという存在が居なかったからだと思う。
そんな事もあって、居るだけでいいからと言ってお願いして、
去年の公演には、再び出演する予定で居た。
実際、2月中旬まで休みながら稽古に参加していた。
ところが、自分の思うような声が出ないうえに、珍しく台詞も入らない。
座長の要求に答えられなくて、イライラする大野さんが居た。
稽古の時間がしんどくて、夕方に稽古場までタクシーを呼んで
僕が見送ったのが、最後になってしまった。
劇団という大きな家族の、太い柱が無くなってしまったような
自分の親父が無くなった時に感じた喪失感で一杯です。