今回はスケールが大きい、そして心豊かになるような趣味の例を二つご紹介したいと思う。
(1)スウェーデンの古民家を忠実に再現し、そこに住み込む趣味
最近、田舎暮らしが流行のようで雑誌やテレビでよく紹介される。1972年、ストックホルムの大学へ招へいしてくれたエケトロプ教授は田舎暮らしを満喫していた。郊外のプラタナスの大樹の下に、藁葺と白壁の中世風の農家を造って住んでいる。夏の終わりに数日泊めてくれた。
学者らしく、昔の農家の設計図を探し出し、忠実に再現した古民家。家の再現で苦労したのは釘を一本も使わないで造ることだったという。内装はすべて白っぽい北国の板材、柱は太い丸太の表面を磨いたもの。屋根は意外にもそんなに厚くない麦藁葺。年間雨量の少ない乾燥した北国なので、日本の合掌造りの屋根のように急斜面で部厚くはない。
建坪50坪ぐらいの大きな室内は、寝室、食堂、炊事場、風呂場、トイレを北欧の材木で区切り、ドアもすべて同じ板材。木製の蝶番(ちょうつがい)と閂(かんぬき)が付いている。一番の特徴は一階の右半分を使用した炊事場兼食堂。部屋の真ん中に石造りの大きな竃(かまど)があり、その上には分厚い鉄板が乗せてある。炊事の時にはその鉄板の上に鍋を三、四個置き、薪で煮炊きをする。
深い鉄鍋を逆さに伏せればオーブンにもなる。大きな石の煙突が家の中心を貫き、その余熱で二階の寝室の暖房にする。寝室には電気が無く、灯りはローソク。昔のスウェーデンの農家との違いは炊事場と食堂に電燈と冷蔵庫があるだけ。もちろんテレビは無い。
木の香を楽しみ、夕食後は石の竃(かまど)の前に座り、コケモモでピンクに色づけしたスウェーデンの蒸留酒を飲む。古い農家再現の苦労話を聞きながら。夜が更ければ寝室へ引き揚げる。窓の外には白夜の牧草地が薄暗く広がる。遠くで馬の親子が草を食んでいる。このような白夜の風景が珍しく、いつまでも外を眺めていた。
ここで一休みとして「水ぬるむ井の頭公園」の風景写真を5枚挿入します。
眼をお休め下さい。(撮影日時:3月11日午後2時前後)
(2)8頭のサラブレット馬を飼う趣味ー1989年、オハイオ州コロンバス郊外にサラブレットを八頭も飼っている中年女性がいた。大学で計測器の操作をしている技術者である。毎年夏の終わりごろ、職場の教授、学生を家族連れで馬小屋前のバーベキューパーテイーに招待してくれる。子供も大人もおとなしいサラブレットに乗れるので人気がある。馬小屋といっても、八頭の馬の個室が中心の通路に向かい合っていて、通路の先は百坪ぐらいの屋内乗馬スペース。冬でも馬に乗れる。
女性用の乗馬服に身を固めた飼い主が客の座っているテーブルを回りながら談笑する。「8頭とも姿が素晴らしい。馬を飼うとは良い趣味ですね」「とてもお金がかかるのですよ」「よく続きますね」「幸い、いや不幸と言うべきか、5年前の離婚の時、大きな慰謝料を貰ったのです。それで少女時代からの夢であった馬を飼うことにしたのです」
「いつまでも続けるのですか」「学科主任に契約は延長しないと言われたので、来年は馬も手放してコロンバスから出ていきます。仕事も面白かったし、念願の馬も八頭も飼えたし、この土地には楽しい思い出だけです」「お元気で引越しをなさってください」「有難うございます。またいつか会えるでしょう」
それ以来会うことはないが、馬を見ると彼女の輝く顔を思い出す。欧米の趣味にはスケールの大きいものもある。心にゆとりがあり無理が無い。日本の田舎暮らしは農作業に汗を流したり、貧乏暮らしをしたり、何か修行をしている雰囲気のものが多い。それも悪くはないが、悠々たるスケールの大きい趣味も良いと思う。趣味は人生を変えるとも言う。1972年夏、スウェーデンの古い農家に泊まって以来、心豊かな趣味を持ちたいと考えた。山林の中に小屋を作ることになった。(終わり)