後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

「地方の歴史を知ると心豊かになるー甲府盆地の例」

2021年06月05日 | 日記・エッセイ・コラム
私は甲府盆地の西端の甲斐駒岳の麓に小さな山小屋を持っています。そして1975年から毎月のように通ってきたので、山梨県は私の第二の故郷のように思っています。
したがって折々に山梨県地方の郷土史を調べてきました。甲府盆地は高い山々に囲まれた文字通りの盆地なのです。

1番目の写真は甲府盆地の西に聳える甲斐駒岳です。私の山小屋から撮った写真です。

2番目の写真は甲府盆地の北に横たわる八ヶ岳です。私の山小屋のそばの高台から撮った写真です。

今日は甲府盆地の地方史をご紹介いたします。そして甲府盆地を一つの例として地方の歴史を知ると心豊かになるという事を書いてみたいと思います。
さて私が戦前、戦後の学校で習った日本の歴史は、万世一系の天皇陛下を中心に据えた日本史だったので、鎌倉時代以前の歴史は大和地方や京都だけのことを丁寧に教わりました。
ですから同じ時代に甲府盆地にも大和と同じくらい進んだ文化が存在していたとは想像もしていなかったのです。しかしそれは大きな間違いでした。
甲府盆地には大和地方と同じような前方後円墳も現存しています。甲斐の国という律令国家があり、甲斐の国の国分寺も國分尼寺もありました。そして牧場で育てた馬を大和朝廷へ送っていたのです。牧が原という地名がいまも残っています。
西暦後300年以後の古墳時代になると甲府盆地の釜無川と笛吹川の両側の稲作地帯に多くの人々が定住してのです。その様子は山梨県にある30基の古墳の分布が甲府盆地の稲作可能な地帯にだけ集中している様子からも明快です。

3番目の写真は甲府盆地にある笛吹川沿岸の古墳の分布を示しています。
この写真が示すように笛吹川の傍に全長170mの巨大な前方後円墳の甲斐銚子塚古墳があったのです。この古墳は西暦350から400年に造営されたと言われています。

4番目の写真は笛吹川の沿岸にある甲斐銚子塚古墳の現在の光景です。写真の中央に立っている家内と比較すると古墳の大きさが分ります。2013年1月17日に撮って来た写真です。

5番目の写真は甲斐銚子塚古墳を前方から撮った写真です。
以上のような山梨県の古墳や、古墳の近辺からの出土品を詳しく見ていくと、このような山国の内陸地にこれだけ多くの古墳が築造され大和地方と同じ文化があったことに驚きます。
古墳は3世紀から5世紀にかけて全国に造られました。しかし大和地方や機内の前方後円墳だけが教科書に載っているので、巨大な古墳が全国にあったという事実を知らない人も多いようです。例えば甲府盆地だけでも30基もの古墳が作られていたのです。
この数多くの古墳の存在は地方豪族の存在を示しています。そして古墳造営の費用を支えたのは弥生時代から始まった水稲栽培の発達だったのです。
ところで、日本の総人口は、縄文時代中期の26万人まで増加し、末期の寒冷化で数万人まで減少します。しかし弥生時代に入り、農業の発達し始めると増加一方に変化したのです。
山梨県の甲府盆地には豪族たちが生まれ、領地の農民を支配し、お互いに戦争をしたり、和議を結んでいたのです。
そして古墳時代になると豪族たちは巨大な古墳を造営したのです。しかし甲府盆地にある30基の古墳に葬られている豪族達の名前は定かではありません。それを記録する文字がまだ 無かったのです。
その後この古墳文化は律令国家の甲斐国の成立と甲斐国分寺が出来る時代へとつながって行くのです。

教科書に書かれていない地方の歴史を知ると何故か心が豊かになるのです。日本全国には豊かな地方の歴史があったのです。
皆様のお住まいの地方にも豊かな地方の歴史があったのです。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)

===参考資料:山梨県にある30基の古墳の説明======
下は山梨県にある30基の古墳の一覧表を示します。http://kofun.info/kofunlist/15より。
名前、     形、       紹介文
姥塚古墳 円墳 径約40m、高さ約10mの円墳。 一番の見所は南西に開口す ...
滝坂の往生塚 円墳 径15m、高さ3mの円墳。 埋葬施設は無袖型の横穴式石室で ...
王塚古墳 帆立貝式古墳 全長約65mの帆立貝式古墳。 墳丘各所で円筒埴輪が見つかっ ...
大塚古墳 円墳 径約15mの円墳。 片袖型の横穴式石室が南に開口、全長約8 ...
岡・銚子塚古墳 前方後円墳 全長92mの前方後円墳。 墳丘には段が有り、葺石、埴輪が存 ...
おつき穴古墳 円墳 墳形・規模は不明。公園内に保存されている。 横穴式石室が南 ...
甲斐銚子塚古墳 前方後円墳 全長約170mの前方後円墳。 墳丘は後円部3段、前方部2段 ...
加牟那塚古墳 円墳 径約45mの円墳。 埋葬施設は南に開口する横穴式石室で、全 ...
かんかん塚(茶塚)古墳 円墳 径約26mの円墳。 埋葬施設は全長約7mの竪穴式石室で、武 ...
狐塚古墳 円墳 径約15m、高さ約3mの円墳。 埋葬施設は南東に開口する無 ...
経塚古墳 八角墳 全国でも発見例の少ない八角形墳の1基である。 径約12.5 ...
こうもり塚古墳 円墳 大平1号墳、地元では「こうもり塚」と呼ばれている。 径10 ...
盃塚古墳 円墳 径23m、高さ4.5mの円墳。 墳丘の周囲を幅1.8mの濠 ...
地蔵古墳 円墳 大平2号墳、地元では「地蔵古墳」と呼ばれている。 径10~ ...
地蔵塚古墳 円墳 径約35mの円墳。 片袖型の横穴式石室が南に開口、全長約1 ...
団栗塚古墳 前方後円墳 現在は円形をしているが、前方後円墳だったようだ。 円丘部の ...
千米寺古墳群 群集墳 古墳時代後期の円墳群。 かつては60基以上が存在したようだ ...
塚原上村古墳 円墳 古墳時代後期に築造された円墳。愛称は「大西のおかま」。 墳 ...
天神塚古墳 円墳 径約35m、高さ約4mの円墳。 埋葬施設は南に開口する横穴 ...
中秣塚古墳 円墳 赤坂台古墳群の1基で、径14m、高さ約3mの円墳。 埋葬施 ...
西ノ原古墳 不明 墳形・規模不明。石室が保存されている。 石室は南東に入口を ...
子の神古墳 円墳 古墳時代後期に築造された径約5mの円墳。 横穴式石室が南に ...
八幡塚古墳 帆立貝式古墳 現状は方墳だが、築造当時は帆立貝式古墳だったようだ。 葺石 ...
平林2号墳 円墳 春日居古墳群の1基で、径15mの円墳。 埋葬施設は無袖型の ...
ポンポコ塚 円墳 径15mほどの円墳。 出土品は不明だが、横穴式石室の形態か ...
丸山塚古墳 円墳 径72m、高さ11mの円墳。 墳丘は2段に築かれ、埴輪が存 ...
万寿森古墳 円墳 径約25m、高さ約5mの円墳。 2006(平成18)年の発 ...
六科丘古墳 円墳 径28mの造出し付円墳。 内部構造については不明だが、鉄剣 ...
物見塚古墳 前方後円墳 現存長約45mの前方後円墳。 墳丘全体を葺石が覆っていたと ...
竜塚古墳 方墳 1辺約56m、高さ約7mの方墳。 墳丘は2段に築かれ、上段 ...
・・・以下省略します。