春夏秋冬ライフ

四季の変化に向き合い、目の前に起きる様々な出来事を目の丈で追ってみた。

頑張れ友よ

2009-06-13 14:32:00 | 仲間との絆

◇病魔に蝕まれた友
写真はつい、数年前一緒に行った青梅の梅見物の時の旧甲州街道を歩く、友人の姿である。
それが、病魔に蝕まれ、その歩く姿に、今の姿をとても重ねる事が出来ない位に悪くなってしまった。


玄関越しに声をかけると、「ハーイ」と中から反応があったが、中々玄関口に出て来ない。
しびれを切らし、玄関の引き戸を開けると、柱に掴まり、ようやっと立っているTさんが突然の訪問に精一杯の笑顔で出迎えてくれた。
部屋の真ん中に仮設の柱がドンと立っているが、最早衰えた筋力に、これに掴まりながら、漸く家の中を移動している。
「これを見てよ」と言われるまま2階に通じる階段には大きな手すりが、階段に沿って据えられている。
「全く情けねえ~、もう体が言うことを効かず、2階に上がることは出来ても、降りるのは怖いんだよ」
我が家から数百メートルの距離、何時でも行けると思いつつも、リハビリーで外出機会も多いようで、中々会う事も出来ず、とうとう半年を過ぎてしまった。
しかし、不治の病に是れ程、悪化の方向に進んで居るとは思えなかった。

◇リハビリの戦い
週に2回は7:30に家を出て、車で1時間、吉野街道から青梅の山奥の多摩リハビリセンターに通っている。冬場ではこちらが雨でもセンターではみぞれに成っているぐらいの山間部である。
更に、週に2回は市内のリハビリに通っており、1週間はリハビリの過密スケジュールの上に載せられている。
歩き、手の動作、喋り、歌を唄うなど単純で根気のいる動作をとにかく繰り返しすることで病魔の進行を抑え、遅らせることしかないようである。
本人の気力と其処まで往復する足廻りと介添え役の奥さんの負担に寄るところが絶大である。
目に見えて、歩く事がめっきり衰えたが、輪をかけ歯がゆいばかりに言葉も重く、ついつい途切れてしまうようで、こちらからゆっくり話さないと、最早対話が出来ない位に言葉の障害が目立ち始めた。
そんな置かれる状況に、こちらからかける言葉も、どう声をかけて良いやら、戸惑ってしまう。
励ましにもならず、置かれる病魔の中に「顔の色つやは、良い」などと軽はずみに言ったら、「この病気の特徴で、第三者が見たら一見正常者と変わらぬ風体であっても、体の機能は蝕まれ、動けなくなってしまうんですよ」と奥さんから言われてしまった。
お身内にも看護要の方が他に居られ、重なる看護疲れに過日、奥様も救急車で運ばれてしまったようで、奥様の気力が改めて大きな支えになっている。
近代医学を持っても、根治出来ないことが未だ未だあることを見せつけられた。今出来る事は顔を見せ、声をかけ、外部から刺激を与える位しか見いだせない。

◇悪化する一方の病状
「耳鳴りがする。目眩がする、ちょっと検査してくる」
と言って、隣人Tさんは病院へ向かって1週間経ち、全然沙汰なしになってしまった。
同じ会社に居たものの、在職時代は余り、仕事では関わり無かったが退職後、ご近所の誼で、飲みに、山歩きなどお付き合いしているTさんである。
何度か留守宅へ伺ったが、何時も留守である。恐らく家族も付き添いであろうと想像していたが、その様子から余り、良からぬ方向の病状とはと推測はしていた。
それから暫くして、お家族から衝撃的な連絡を受ける。
原因が掴めぬまま、耳鼻科で診察を受けていたが、要領を得ず、検査施設の整った病院でMRIなどの検査をした結果、何と「脊髄小脳変性症」と判定された。
調べてみると神経細胞が破壊、消失していく病気で、運動神経がが徐々に衰退していくが薬では進行を遅らせるだけで根治は不可能である。
10年、20年の単位で徐々に進行していく、病気である。
「只今~、1カ月の長い入院になってしまいました」
と、大きな声で本人から電話でのご挨拶があった。
元気さとは裏腹に口の回転は歯がゆいばかりに、口ごもる様子が電話口からはっきり伺え、喋る言葉さえ徐々に奪っていくようであった。
出来るだけ間延びせず、相手の伝えたい意志を引き出す形で、こちらかの話は控えめにと気遣いながらの重い電話であった。
電話口を通して、目の前のTさんに果たしてどう言葉を掛けてよいやら、言葉にならず電話口から伝わる言葉だけで、狼狽してしまった。
歩く事も不便になった。だからと言って歩く事を避けると、どんどん退化していくようであり、粘り強いリハビリへの挑戦が唯一残された道のようである。
本人曰く、日常付いて廻るように目眩は大分前からあったようで、その原因が判らぬままゆっくりした期間で、じわ~と蝕まれていたようであった。
つい先頃まで老人介護で患者さんの輸送を行っていたのに、まさか是れ程急に、立場が逆転し介護される立場になるとは思ってもみなかった。
近代医学を持っても不治の病に改めて、無力であること、しかし時間と共に蝕まれていくTさんにただただうろたえるばかりであった。

写真は一昨年の青梅の寒梅に訪れた時の彼の姿である。


山道を軽快に歩く後ろ姿はどうみても健康人そのもの、誰が今日を予想したか、もうそんな山歩きはかなえなくなってしまった。


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