575の会

名古屋にある575の会という俳句のグループ。
身辺のささやかな呟きなども。

催花雨の激しく深し通夜の客   遅足

2013年04月15日 | Weblog
父の家の茶の間に、古びた短冊がありました。
『花』と書いてありました。
父は定年前にノイローゼになってしまいました。
電車がやってくると、飛び込みたくなると、母にもらしていたそうです。
そんな或る日、知多半島の寺で、一人の僧に出会います。
僧は父の顔をみて『あなたには花がある』と言い、短冊を書いてくれました。
後日、お礼にうかがったところ、
僧は「そんなことがあった?」と、すっかり忘れていたそうです。

父はそれから30年も長生きしました。
告別式は、大雨も上がって、晴天でした。
花のなかを父は還っていきました。

先日は、父の二十七回忌でした。
法事のあと、男兄弟三人の家族が集まり、ささやかな昼食。
上の弟が、父から謝りの手紙をもらった、と話していました。
子供のころ、弟を泣かせたことで、訳も聞かずに殴ってしまったと
詫びていたそうです。怖い父でした。

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雨乞いの面や佐渡には舞い倒れ   遅足

2013年04月14日 | Weblog
京の着倒れ、難波の食い倒れ、といいます。
佐渡には「舞い倒れ」というコトバがあるそうです。
能を楽しむには、面や衣装など、かなりのお金が必要。
のめり込みすぎて身上をつぶした人たちが居たのでしょう。

能を完成させた世阿弥は、晩年、佐渡に流されています。
歴史伝統館では、世阿弥のロボットが雨乞いの舞を披露していました。
佐渡には中世の雨乞いの面が文化財として残されていますが、
世阿弥がこれをつけて舞ったという伝説があるようです。

佐渡で、初めて能が演じられたのは、江戸時代になってから。
平和な時代が続き、村同士が競い合って能舞台を建てました。
その数、明治には200にも上りました。
当時、村の数が200ほどでしたから、一つの村に一つの舞台。
いかに人びとが能にのめり込んでいたのかが伺われます。
そして、この頃、舞い倒れというコトバも生まれたのでしょう。

旅の初日に「猩猩」を観ました。能舞台ではなくイベント会場でした。
佐渡には、今でも30近い能舞台があり、夏には薪能が行われています。
もう一度、行ってみたいものです。

なお雨乞いは夏の季語になっています。今では死語に近いですね。
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空持たぬ朱鷺の翼に春の色   遅足

2013年04月13日 | Weblog
佐渡といえば朱鷺。
卵を産み、子育てに成功した番もあると聞いていました。
ガイドさんに「この辺りで見ますよ」、と言われて・・・・
朱鷺の姿はありませんでした。残念。

数十羽の朱鷺が、飼育されているトキの森公園。
朱鷺は、春になると自ら羽を婚姻色に変えるそうです。
と、言っても目立たない灰色に近い色。
敵から身を守るためだとか。

狭いケージの中で、翼をひろげ飛びたった朱鷺。
一瞬、鮮やかな朱鷺色が光りました。
羽の裏は朱鷺色だったんです。
ケージの中ではなく大空を飛ぶ朱鷺がみたかった・・・

   婚姻の翼をつよく羽ばたきぬ鋼の空を朱鷺は持ちたり
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春水の微塵の金を掬いけり    遅足

2013年04月12日 | Weblog
先日、佐渡へ行ってきました。初めての旅。
二泊三日の行程。電車・バス・フェリーを乗り継いで。
行きと帰りで、まるまる二日かかりました。
なかの一日が観光です。

佐渡は流人伝説の島。
歴史伝説館では、順徳上皇や日蓮、世阿弥がロボットとなって
観光のお手伝いをしていました。

佐渡といえば金山です。こちらでもロボットが活躍。
昔の様子を偲ばせてくれました。

 「逢いてえなあ馴染みのおんなに」
       繰り返すロボットあわれ佐渡の金山

そして皆さんが一番熱心だったのが砂金採り。
制限時間が過ぎてもなかなかバスに戻ってきませんでした。
黄金の力はオソロシイ。
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デビュー作   麗

2013年04月11日 | Weblog
直木賞を受賞した岐阜出身の朝井リョウさんのデビュー作「桐島、部活やめるってよ」
を読みました。
亡き、児玉清さんが書評で絶賛していたので気になっていた作品。

高校生の心理描写をせつなく繊細に描く青春群像。
なかなか新鮮でした。特に、擬声語の使い方が斬新でした。「ぺりぺりと剥がれる」「ニカニカ笑う」「ぴりりと破る」などなど。

漫画の影響と言う人もいますが若い人が使うとなんとか気持ちを言葉に表現したい感じが出て憎めません。
ある意味、絵文字に共通するかも?
直木賞受賞作「何者」も読んでみたくなりました。それにしても作家が次々と年下になってきています(笑)
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句会ちかづく    遅足

2013年04月10日 | Weblog
桜前線は北上中。名古屋では、花も散って葉桜に。
我が家のサクランボの木もすっかり葉桜ですが、
どこからか虫が来て葉っぱを齧って、穴だらけです。
今は青くて小さい実も、まもなく赤く熟してきます。
春は足早に去っていくようです。

今回の題詠は「春惜しむ」です。

詩人の三好達治さんは、こんな句をつくっています。

  あんぱんの葡萄の臍や春惜しむ

あんぱんの真ん中に干し葡萄がひとつ。
なくても良さそうですが、これがないと、あんぱんらしくない。
それを春を惜しむ気持ちに取り合わせました。

人生って、そんなに重大事でもなく、かといって軽くもない。
あんぱんの臍のようなものさ、という気持ち。
そんな人生を、去っていく春を惜しむように、
大切の思う気持ちも感じます。

どんな春を惜しむ気持ちが詠まれるのか?楽しみです。

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哲学の道に落ちてる彼岸かな    狗子

2013年04月09日 | Weblog
うーんなるほど、それもありですねと、えみさん。
彼岸と此岸、永遠の命題。疎水沿いのあの道を歩きながらの再考と、鳥野さん。

京都の哲学の道を歩いていたら、彼岸にちなんだモノが落ちていた。
世の中、さまざな落し物がありますが、これはなんと「お彼岸」の落し物。
どうも、作者は具体的な落し物のことを言っていないようです。
とすると・・・
哲学の道、とは、モノゴトを哲学的に考えてみると、解釈。
さらに、落ちている、を、堕落している、と読むと・・・

最初は、敬虔な気持ちで接したことも、時が過ぎると・・・、
初心を忘れて、おざなりになっていきます。
「お彼岸」も落ちているよ、というメッセージかな?

                    遅足
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小鳥屋の閉店   鳥野

2013年04月08日 | Weblog
わが住まいの近くに小鳥屋さんがありました。
住宅地では、珍しいことです。
店主は小母さん。商いというより、小鳥好き、
いつも笑顔で世話をされている様子がガラス
戸越しに見られました。

その店が急に閉店。住宅に建て変わることに。

鳥たちはそれぞれに、引き取られていきまし
た。

珍らしい種類もあったようです。
鳥にも、店主さんにも、どんなにか辛い別れ
だったことか。
中でも姿も声も、ひときわ美しかったカナリ
アは、甘え声で鳴きながら、別れを惜しんで
いました。

 ・ 閉店と薄き墨字の向こうには喃語めき
   つつカナリア唄う

 ・ 小鳥屋のカナリア売られてゆくあした
   粟の小粒と黄の羽根残し
                鳥野
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光増し墓も華やぐ彼岸かな     すみ

2013年04月07日 | Weblog
名古屋は暴風雨となることもなく、今は青空が見えています。
飛んでいかないように仕舞っておいたゴミ箱をもとの場所へ。
海岸にちかい静岡県などでは大雨や風、それが北へ向かっているそうです。
十分、気をつけて下さい。

地球の自転軸に傾きがあることから、日本には四季が生まれました。
春のお彼岸になると、昼間も長くなり、日の光も明るく感じます。
天地自然の摂理に従った彼岸会。

普段は人気のないお墓も賑わってきます。
亡くなった人にとって、一番嬉しいのは近親が訪れてくれることでしょう。
花を供えられたお墓は、明るい日差しのなかで華やいで見えます。
春、秋の彼岸、そしてお盆。
3回、お墓参りがありますが、やはり春のお彼岸が一番華やぎますね。

                            遅足
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彼岸会や馴染みまばらに往き還へり    結宇

2013年04月06日 | Weblog
作者は、毎年、お彼岸のお墓参りを欠かさないそうです。
往き帰りに出会う顔なじみの人が、ひとり減り、ふたり減り・・・・
だんだん寂しくなって、と作者。

最初のお墓参りは、子供の頃、親に連れられて。
それから何回、行ったのでしょうか?
回を重ねるごとに、顔見知りが増えていきます。
会釈するだけの人、挨拶をして立ち話をする人。
ある時を境に、馴染みの顔を減って行くことに気づきます。
そういえば、今年はあの人の顔を見なかったが・・・
いつの間にか、住所がお墓に変ったのでしょう。
そして、まもなく、私の順番も・・・

              
                     
午前9時、名古屋は、まだ雨が降っていませんが、まもなく降り出しそうです。
暴風雨になるとか、外出は要注意です。

                         遅足

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腹くくり彼岸ググりて夜更けゆく    智恵

2013年04月05日 | Weblog
句を作るにあって難問あり。彼岸とは何ぞ?
やむ無し、Googleで検索、(ググる)。
さて、どう調理すべきかと苦戦する様、です。
彼岸は、生活のなか、特に暦の上でも、意識したことのない私でした。
と、作者。

ライフスタイルの変化には、目を見張るものがあります。
子供の頃にあった年中行事、随分、過去のものになってしまったようです。
凧揚げなども、ある時期にゲイラカイトに変りました。
それも廃れて、今ではほとんどお正月に凧の飛ぶ姿を見ません。

一方、何時ごろかか、かぼちゃのオバケが登場し始めました。
ハローウイーンという新しい行事、いまではすっかり定着しています。

季語のなかにも、体験したことのないものがかなりありますね。
新しい季語に挑戦して俳句の世界を広げないと・・・

                        遅足

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花見   麗

2013年04月04日 | Weblog
麗らかな春の一日。郁子さんをお誘いして落合公園へ恒例のお花見。
花より団子で、奇しくも二人とも同じお花見団子を買って来ていました(笑)

しだれ桜に、大島桜、ソメイヨシノの桜のトンネルをウォーキング。
色んなことをおしゃべりしながら楽しいお花見でした。

さて、福山雅治の新曲「誕生日には真白な百合を」の歌詞の中に「産んでくれてありがとう」という亡き母への感謝の言葉があります。遅足さんは亡くなる前にお母様にきちんとおっしゃったということですが、それをいつ言えるかという話になりました。
なかなか面と向かって言えないけれど桜の花の下でなら素直に言えるかも?

     さりげなく桜の下でありがとう   麗
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壬生狂言くるまりて見し彼岸かな    佐保子

2013年04月04日 | Weblog
京都の壬生寺で春に行われる狂言。
七百年前に、円覚上人が仏教の教えを広めるために創作した劇。
「カンデンデン」という鉦や太鼓の音にあわせて、
仮面をつけた演者がパントマイムでストーリーを展開します。

以前、観た劇は、お坊さんが女性を仏壇にかくまうというもの。
武士が現れて、女性を見つけ、お坊さんを捕まえました。
私は、てっきり武士は悪者と思っていましたが、
解説を読むと、昔は僧侶は妻帯が禁止されており、
隠し妻が摘発されるというお話でした。
コトバがないので誤解してしまったようです。

北向きの席で寒かったのを覚えています。   遅足

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盤囲み日がなベンチの彼岸かな   立雄

2013年04月03日 | Weblog
暖かくなって、日がな一日、ベンチで盤を囲みます。
お彼岸の頃から、よく目にします。
名古屋の鶴舞公園の普選壇のある日溜りでも、将棋盤を囲む姿が。
作者の家の近くの公園でも同じ風景が見られたようです。

普選壇は、日本で初めて普通選挙が行われた記念につくられたもの。
但し、女性には、まだ選挙権がありませんでした。
本当の意味の普通選挙は敗戦まで待たねばなりませんでした。
歴史に「もしも」はありませんが、もしも戦争に負けていなかったら・・・
女性は参政権を何時ごろ獲得したんでしょうね?

        のち

桜は今、満開、昨日は名城公園で花見を楽しみました。
昨夜からの雨で散り始めています。散る桜も良いですね。

                      遅足



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春の使者か  鳥野

2013年04月02日 | Weblog
いつまでなのか、この不安定な気象。泣き言
が言いたくなる日々です。そんなか、健気に
循環を続けている自然界。
寒さに耐えて群生していたオオイヌノフグリ、
待ちかねていたサクラの開花、ナノハナの盛
り、・・・彩り溢れる春です。

ところで、イヌフグリとはなんと情けない名
付け。いち早く春の到来を告げる、瑠璃色の
この花を、俳人は

 ・ いぬふぐり星のまたたくごとくなり
               高浜虚子

 ・ いぬふぐり一花一花に深空あり
                 林翔

と詠んでいるのに。

人間の驕りか、ユーモアか。はかにもママコ
ノシリヌグイ、ジゴクノカマノフタ、ブタノ
マンジュウ・・・、ごめんなさいね。

 ・ 不平など一つも無いとイヌフグリ  鳥野



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