【まくら】
江戸時代はもちろんのこと、日本には少し前まで、ぼてふりという行商人や露天の商人たちがたくさんいた。
老舗の並ぶ日本橋でも、季節にちなんだ露天が見られ、雛人形や食べ物を売っていた。
天ぷらや寿司なども最初は露天から出発したわけで、商いにいろいろなかたちがあってこそ、江戸は活気を帯びていたのである。
とくに柳原土手(秋葉原)は露天で有名な場所だった。
古着屋、古本屋、古道具屋が軒をつらねていた。
江戸時代はものを最後まで修理して使いつくしたので、多くの庶民や旅人がここを訪れてはリサイクル品を買い求め、ものが無駄なく循環していったのである。
本格的な店をもたなくとも、こういう露天で商売を始められるぶんだけチャンスがあった。
むろん素人商売の失敗も同じだけあったのだが、ここでの商人と客のかけひきが、江戸の商いを育てた。
出典: TBS落語研究会
【あらすじ】
神田三河町の大家・杢兵衛の甥っ子の与太郎。もう二十歳にもなるのに、働かないで遊んでばかりいるため、叔父さんは常にハラハラさせられている。
「お前のお袋がな、『何か商売を覚えさせてくれ』と言っていたが…何かやるか?」
「いいよ、そんなの」
彼自身も、遊んでばかりいてはいけないと考えており、この前珍しく商売をしてみたというのだが…?
「伝書鳩を買ってね、あたいのところに戻るよう訓練するんだよ。そうすれば、他人に売っても絶対にあたいの所へ戻ってくるだろ? それを繰り返して大儲け…」
「へんなことを考える奴だな。で、上手くいったのか?」
「いんや。放してみたんだけど、鳥屋に帰っていっちゃった」
叔父さんは唖然。それでも、ほうっておく訳にはいかないと思い、自分が『副業』でやっている"あること"をやらないかと提案した。
「知ってるよアタマに『ド』の字のつくやつだろ?」
「何だ、知っていたのか」
「うん、泥棒!」
「道具屋だよ…」
元帳があるからそれを見て、いくらか掛け値をすれば儲けになるから、それで好きなものでも食いなと言われて与太郎早くも舌なめずり。
しかし…その品物というのが凄かった!
「その鋸はな、火事場で拾ってきた奴なんだ。紙やすりで削って、柄を付け替えたんだよ」
股引は履いて"ヒョロッ"とよろけると"ビリッ"と破れちゃう『ヒョロビリ』だし、カメラの三脚は脚が一本取れて『二脚』になっている。
お雛様の首はグラグラで抜けそうだし、唐詩選は間がすっぽ抜けていて表紙だけ…。
「まぁ、置いとけば誰かが買ってくれるよ。場所は蔵前の伊勢屋っていう質屋の前だ。友蔵っていう人が采配をやっているから、訊けば色々教えてくれる」
いわれた場所へやってくると、煉瓦塀の前に、日向ぼっこしている間に売れるという通称『天道干し』の露天商が店を並べている。
「おい、道具屋」
「へい、何か差し上げますか?」
「おもしれえな。そこになる石をさしあげてみろい」
道具屋ビックリ…。
「友蔵っていう野郎はいるか?」
「俺だよ」
「なるほど。海老蔵っていうツラじゃねぇや」
友蔵さん度肝を抜かれたが、「ああ、あの話にきいている杢兵衛さんの甥で、馬…」…と言いかけて口を押さえ、商売のやり方を教えてくれた。
最初にやってきたのは、威勢のよさそうな大工の棟梁。
「おい、その"ノコ"見せろ」
「のこ…ノコニある?」
「"ヤリトリ"だよ」
「命の?」
要は『鋸』の事だった。
「(焼きが)甘そうだなぁ…」
「(味が)甘いの?」
勘違いして鋸をなめ、ゲーゲーしたりと大混乱。その上、『火事場で拾ってきた』という内輪の話を喋ってしまったため、棟梁はあきれて帰ってしまった。
「アーぁ、"ションベン"されちゃったな」
「しょんべん? トイレは向こうですよ…?」
「違うよ! 道具屋の符丁で、【買わずに逃げられること】を言うんだ!」
次に来たのは車屋。
「"タコ"見せろ」
「蛸? 魚屋はそこの角を曲がって六件目…」
「股引の事だ!」
手にとるとなかなかいい品物なので、買おうとすると。
「あなた、断っときますが、小便はだめですよ」
「だって、割れてるじゃねえか」
「割れてたってダメです」
これでまた失敗…。
お次は田舎出らしい中年紳士。
「カメラの三脚か。ちょっと、それを見せてくれんか?」
「あ、それ…、足が二本しかないんですよ」
「それじゃ、立つめえ」
「だから、石の塀に立てかけてあるんです。この家に話して、塀ごとお買いなさい」
がっくり来た紳士がひょいと横を見ると…なかなかよさそうな短刀がおいてある。
「おい、その短刀を見せんか」
刃を見ようとするが、錆びついているのか、なかなか抜けない。
「反対側から引っ張れ。抜くのを手伝うんだ。一・二の…サン!! ぬーけーなーい!」
「抜けないはずです…! 木刀です!! 」
ギャフン。
「"抜ける物"はないのか?」
「えーと…あ、お雛様の首!」
「それは抜けん方がいいな。じゃあ、その鉄砲を見せい」
手にとると、なかなかいい品物だ。
「これはなんぼか?」
「一本です」
「代じゃ」
「樫です」
「金じゃ!」
「鉄です」
「値(ね)は!?」
「ズドーン!」
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
【オチ・サゲ】
間抜け落ち(会話の調子で間抜けなことを言って終わるもの。また奇想天外な結果となるもの。)
【噺の中の川柳・譬(たとえ)】
『一声と三声は呼ばぬ卵売り』
『だいこんとつくべき文字につけもせで、いらぬごぼうにごんぼうという』
【語句豆辞典】
【一陽来復】
陰が窮まれば陽となること。即ち、冬が終わって再び春がめぐって来るの意で、冬至を意味する。転じて、悪い後は良いの意にも使われた。そして冬至には「一陽来復」のお札を神社じゃから受け、恵方へ向けて張っておいた。
【天道干し】
道端その他、天道(てんとう=日光)の当たる所へ商品を並べて売る露天商。
【閻魔】
地獄を支配する大王。男の亡者が生前に犯した罪を裁き、その軽重により苦=刑罰を課し牢獄=鬼に執行させ、来世に再び罪を犯させぬようにする。
【唐詩選】
明の李攀竜(りはんりょう 1514年~1570年)が編纂したと言われている唐代の詩選集である。
【この噺を得意とした落語家】
・三代目 桂三木助
・五代目 柳家小さん
・十代目 柳家小三冶
・二代目 桂枝雀
・三代目 笑福亭仁鶴
【落語豆知識】 大師匠
自分の師匠の師匠を指す。芸界において大きな力を持つ人を指して言うこともある。
桂 枝雀 - 道具屋
江戸時代はもちろんのこと、日本には少し前まで、ぼてふりという行商人や露天の商人たちがたくさんいた。
老舗の並ぶ日本橋でも、季節にちなんだ露天が見られ、雛人形や食べ物を売っていた。
天ぷらや寿司なども最初は露天から出発したわけで、商いにいろいろなかたちがあってこそ、江戸は活気を帯びていたのである。
とくに柳原土手(秋葉原)は露天で有名な場所だった。
古着屋、古本屋、古道具屋が軒をつらねていた。
江戸時代はものを最後まで修理して使いつくしたので、多くの庶民や旅人がここを訪れてはリサイクル品を買い求め、ものが無駄なく循環していったのである。
本格的な店をもたなくとも、こういう露天で商売を始められるぶんだけチャンスがあった。
むろん素人商売の失敗も同じだけあったのだが、ここでの商人と客のかけひきが、江戸の商いを育てた。
出典: TBS落語研究会
【あらすじ】
神田三河町の大家・杢兵衛の甥っ子の与太郎。もう二十歳にもなるのに、働かないで遊んでばかりいるため、叔父さんは常にハラハラさせられている。
「お前のお袋がな、『何か商売を覚えさせてくれ』と言っていたが…何かやるか?」
「いいよ、そんなの」
彼自身も、遊んでばかりいてはいけないと考えており、この前珍しく商売をしてみたというのだが…?
「伝書鳩を買ってね、あたいのところに戻るよう訓練するんだよ。そうすれば、他人に売っても絶対にあたいの所へ戻ってくるだろ? それを繰り返して大儲け…」
「へんなことを考える奴だな。で、上手くいったのか?」
「いんや。放してみたんだけど、鳥屋に帰っていっちゃった」
叔父さんは唖然。それでも、ほうっておく訳にはいかないと思い、自分が『副業』でやっている"あること"をやらないかと提案した。
「知ってるよアタマに『ド』の字のつくやつだろ?」
「何だ、知っていたのか」
「うん、泥棒!」
「道具屋だよ…」
元帳があるからそれを見て、いくらか掛け値をすれば儲けになるから、それで好きなものでも食いなと言われて与太郎早くも舌なめずり。
しかし…その品物というのが凄かった!
「その鋸はな、火事場で拾ってきた奴なんだ。紙やすりで削って、柄を付け替えたんだよ」
股引は履いて"ヒョロッ"とよろけると"ビリッ"と破れちゃう『ヒョロビリ』だし、カメラの三脚は脚が一本取れて『二脚』になっている。
お雛様の首はグラグラで抜けそうだし、唐詩選は間がすっぽ抜けていて表紙だけ…。
「まぁ、置いとけば誰かが買ってくれるよ。場所は蔵前の伊勢屋っていう質屋の前だ。友蔵っていう人が采配をやっているから、訊けば色々教えてくれる」
いわれた場所へやってくると、煉瓦塀の前に、日向ぼっこしている間に売れるという通称『天道干し』の露天商が店を並べている。
「おい、道具屋」
「へい、何か差し上げますか?」
「おもしれえな。そこになる石をさしあげてみろい」
道具屋ビックリ…。
「友蔵っていう野郎はいるか?」
「俺だよ」
「なるほど。海老蔵っていうツラじゃねぇや」
友蔵さん度肝を抜かれたが、「ああ、あの話にきいている杢兵衛さんの甥で、馬…」…と言いかけて口を押さえ、商売のやり方を教えてくれた。
最初にやってきたのは、威勢のよさそうな大工の棟梁。
「おい、その"ノコ"見せろ」
「のこ…ノコニある?」
「"ヤリトリ"だよ」
「命の?」
要は『鋸』の事だった。
「(焼きが)甘そうだなぁ…」
「(味が)甘いの?」
勘違いして鋸をなめ、ゲーゲーしたりと大混乱。その上、『火事場で拾ってきた』という内輪の話を喋ってしまったため、棟梁はあきれて帰ってしまった。
「アーぁ、"ションベン"されちゃったな」
「しょんべん? トイレは向こうですよ…?」
「違うよ! 道具屋の符丁で、【買わずに逃げられること】を言うんだ!」
次に来たのは車屋。
「"タコ"見せろ」
「蛸? 魚屋はそこの角を曲がって六件目…」
「股引の事だ!」
手にとるとなかなかいい品物なので、買おうとすると。
「あなた、断っときますが、小便はだめですよ」
「だって、割れてるじゃねえか」
「割れてたってダメです」
これでまた失敗…。
お次は田舎出らしい中年紳士。
「カメラの三脚か。ちょっと、それを見せてくれんか?」
「あ、それ…、足が二本しかないんですよ」
「それじゃ、立つめえ」
「だから、石の塀に立てかけてあるんです。この家に話して、塀ごとお買いなさい」
がっくり来た紳士がひょいと横を見ると…なかなかよさそうな短刀がおいてある。
「おい、その短刀を見せんか」
刃を見ようとするが、錆びついているのか、なかなか抜けない。
「反対側から引っ張れ。抜くのを手伝うんだ。一・二の…サン!! ぬーけーなーい!」
「抜けないはずです…! 木刀です!! 」
ギャフン。
「"抜ける物"はないのか?」
「えーと…あ、お雛様の首!」
「それは抜けん方がいいな。じゃあ、その鉄砲を見せい」
手にとると、なかなかいい品物だ。
「これはなんぼか?」
「一本です」
「代じゃ」
「樫です」
「金じゃ!」
「鉄です」
「値(ね)は!?」
「ズドーン!」
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
【オチ・サゲ】
間抜け落ち(会話の調子で間抜けなことを言って終わるもの。また奇想天外な結果となるもの。)
【噺の中の川柳・譬(たとえ)】
『一声と三声は呼ばぬ卵売り』
『だいこんとつくべき文字につけもせで、いらぬごぼうにごんぼうという』
【語句豆辞典】
【一陽来復】
陰が窮まれば陽となること。即ち、冬が終わって再び春がめぐって来るの意で、冬至を意味する。転じて、悪い後は良いの意にも使われた。そして冬至には「一陽来復」のお札を神社じゃから受け、恵方へ向けて張っておいた。
【天道干し】
道端その他、天道(てんとう=日光)の当たる所へ商品を並べて売る露天商。
【閻魔】
地獄を支配する大王。男の亡者が生前に犯した罪を裁き、その軽重により苦=刑罰を課し牢獄=鬼に執行させ、来世に再び罪を犯させぬようにする。
【唐詩選】
明の李攀竜(りはんりょう 1514年~1570年)が編纂したと言われている唐代の詩選集である。
【この噺を得意とした落語家】
・三代目 桂三木助
・五代目 柳家小さん
・十代目 柳家小三冶
・二代目 桂枝雀
・三代目 笑福亭仁鶴
【落語豆知識】 大師匠
自分の師匠の師匠を指す。芸界において大きな力を持つ人を指して言うこともある。
桂 枝雀 - 道具屋