【まくら】
「ほめる」という行為は、江戸時代人が大好きなもののひとつである。落語では、挨拶に行って世辞のひとつも、と張り切って覚えたのはいいが、おかしな事を言ってしまう噺がたくさんある。これは、ほめることが江戸時代社会の人間関係の基本であり、また教養だったからだ。世辞という言葉じたい「世事」つまり「世間のこと」という意味からきている。
中国ではほめ言葉のことを「賛」とか「頌(しよう)」とか言い、古代以来、様式をもっている。ほめ言葉は挨拶言葉であり、これを知っているのは賢い人なのである。日本では「評判記」というものがあった。これも芝居その他をほめ上げてランクをつける様式である。ほめることは「囃す」ことでもある。狂歌という江戸の文芸も、この世を囃しおめでたくした。ほめる文化は人を元気にする。
【あらすじ】
とにかく頓珍漢な言動ばかりしている与太郎。万事が世間の皆様とズレているので、父親は頭を抱えている。
今度、兄貴の佐兵衛が家を新築したと聞き、これは与太の汚名を返上するチャンスだと考えた父親は、家の褒め方をトンマな倅に覚えさせようと決意した。
「良いか、こう言うんだ…」
【 結構な御普請でございます。普請は総体檜造りで、天井は薩摩の鶉木目。左右の壁は砂摺りで、畳は備後の五分縁でございますね。お床も結構、お軸も結構。庭は総体御影造りでございます 】
「あぁ、そうだ。台所の柱に節穴が空いているんだが、そいつを見つけたらこう言うんだ。きっとお小遣いをくれるよ?」
【 どうでしょうか、この穴の上に秋葉様のお札をお張りになっては。穴が隠れて火の用心になります 】
「フワー、お金がもらえるの? もっと何かない?」
「現金な奴だなぁ。…そうだ、伯父さんが大切に飼っている牛があるから、ついでにそいつを褒めたらどうだ?」
【 この牛は、『天角地眼一黒鹿頭耳小歯違』でございます 】
『天角地眼-』というのは、菅原道真公がご寵愛になっていた牛の特徴。牛に対する最高の褒め言葉だ。
「フーン…。そんな事でお金になるんだ。面白いね」
「練習してみろ」
「フニャ。結構な…ゴ…普請でございますね。普請は総体ヘノキ造りで、天井は薩摩芋に鶉豆。佐兵衛のカカァはおひきずり、畳は貧乏のボロボロで…」
まるでガタガタ。仕方がないので紙に書いて与太郎に渡し、伯父さんの所に送り出した。
伯父さんのところにやってきた与太郎は、父親との練習通りに挨拶をすませ…隠し持った紙を読みながらではあるが、何とか口上を言う事に成功。
水を飲みたいと言って台所へ行き、節穴を見つけて「この穴が気になるか?」。
「大丈夫、この節穴には秋葉様のお札をお張りなさい。穴が隠れて火の用心になる」
感心した伯父さんはお小遣いに一円くれた。
「わーい、予定通りだ。じゃあ、今度は牛に行くね?」
牛小屋で『天角地眼-』とやっていると、牛が目の前でフンをポタポタ…。
「悪いなぁ、与太郎。こいつは畜生だから、褒めた人の前でも遠慮なくフンをしやがる」
その言葉を聞いた与太郎は考えた。
「おじさん、その穴…気になる?」
「如何するんだ?」
「その穴に、秋葉様のお札をお張りなさい。牛穴(節穴)が隠れて、屁(火)の用心になるから」
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
【オチ・サゲ】
地口落ち(一席の落語を、同音や似通った語を並べ、違う意味を表す洒落、地口で結ぶ落ち。)
【噺の中の川柳・譬(たとえ)】
『落語家(はなしか)は世上のあらで飯を食い』
『売る人もまだ味知らぬ初なすび』
『負うた子に教えられ浅瀬を渡る』
【語句豆辞典】
【備後の五分縁】備後は備後畳のことで、五分べりは幅1.5センチのもの。
【薩摩の鶉杢(うずらもく)】屋久杉の異称、鶉目の木目を持つ事から。鶉目は鶉の羽に似た模様の木の木目。
【秋葉様のお札】防火の神である秋葉大権現のお札。遠州秋葉山が本山で、火祭りが有名。江戸では隅田川沿岸の多田薬師堂隣と亀戸にあった。
【ひきずり】なまけ者のこと。元々、遊女や芸者、女中などが、すそをひきずっているさまを言ったが、それになぞらえ、長屋のかみさん連中がだらしなく着物をひきずっているのを非難した言葉。
【天角地眼】天角は角が上を向き、地眼は眼が地面をにらんでいることで、どちらも強い牛の条件。
【一黒鹿頭耳小歯違】体毛が黒一色で頭の形が鹿に似て、耳が小さく、歯が乱ぐい歯になっているものがよいということ。
【この噺を得意とした落語家】
・三代目 春風亭小圓朝
・四代目 春風亭柳好
・三代目 笑福亭仁鶴
【落語豆知識】
【新作落語】おもに、大正期以降にできた落語。

「ほめる」という行為は、江戸時代人が大好きなもののひとつである。落語では、挨拶に行って世辞のひとつも、と張り切って覚えたのはいいが、おかしな事を言ってしまう噺がたくさんある。これは、ほめることが江戸時代社会の人間関係の基本であり、また教養だったからだ。世辞という言葉じたい「世事」つまり「世間のこと」という意味からきている。
中国ではほめ言葉のことを「賛」とか「頌(しよう)」とか言い、古代以来、様式をもっている。ほめ言葉は挨拶言葉であり、これを知っているのは賢い人なのである。日本では「評判記」というものがあった。これも芝居その他をほめ上げてランクをつける様式である。ほめることは「囃す」ことでもある。狂歌という江戸の文芸も、この世を囃しおめでたくした。ほめる文化は人を元気にする。
【あらすじ】
とにかく頓珍漢な言動ばかりしている与太郎。万事が世間の皆様とズレているので、父親は頭を抱えている。
今度、兄貴の佐兵衛が家を新築したと聞き、これは与太の汚名を返上するチャンスだと考えた父親は、家の褒め方をトンマな倅に覚えさせようと決意した。
「良いか、こう言うんだ…」
【 結構な御普請でございます。普請は総体檜造りで、天井は薩摩の鶉木目。左右の壁は砂摺りで、畳は備後の五分縁でございますね。お床も結構、お軸も結構。庭は総体御影造りでございます 】
「あぁ、そうだ。台所の柱に節穴が空いているんだが、そいつを見つけたらこう言うんだ。きっとお小遣いをくれるよ?」
【 どうでしょうか、この穴の上に秋葉様のお札をお張りになっては。穴が隠れて火の用心になります 】
「フワー、お金がもらえるの? もっと何かない?」
「現金な奴だなぁ。…そうだ、伯父さんが大切に飼っている牛があるから、ついでにそいつを褒めたらどうだ?」
【 この牛は、『天角地眼一黒鹿頭耳小歯違』でございます 】
『天角地眼-』というのは、菅原道真公がご寵愛になっていた牛の特徴。牛に対する最高の褒め言葉だ。
「フーン…。そんな事でお金になるんだ。面白いね」
「練習してみろ」
「フニャ。結構な…ゴ…普請でございますね。普請は総体ヘノキ造りで、天井は薩摩芋に鶉豆。佐兵衛のカカァはおひきずり、畳は貧乏のボロボロで…」
まるでガタガタ。仕方がないので紙に書いて与太郎に渡し、伯父さんの所に送り出した。
伯父さんのところにやってきた与太郎は、父親との練習通りに挨拶をすませ…隠し持った紙を読みながらではあるが、何とか口上を言う事に成功。
水を飲みたいと言って台所へ行き、節穴を見つけて「この穴が気になるか?」。
「大丈夫、この節穴には秋葉様のお札をお張りなさい。穴が隠れて火の用心になる」
感心した伯父さんはお小遣いに一円くれた。
「わーい、予定通りだ。じゃあ、今度は牛に行くね?」
牛小屋で『天角地眼-』とやっていると、牛が目の前でフンをポタポタ…。
「悪いなぁ、与太郎。こいつは畜生だから、褒めた人の前でも遠慮なくフンをしやがる」
その言葉を聞いた与太郎は考えた。
「おじさん、その穴…気になる?」
「如何するんだ?」
「その穴に、秋葉様のお札をお張りなさい。牛穴(節穴)が隠れて、屁(火)の用心になるから」
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
【オチ・サゲ】
地口落ち(一席の落語を、同音や似通った語を並べ、違う意味を表す洒落、地口で結ぶ落ち。)
【噺の中の川柳・譬(たとえ)】
『落語家(はなしか)は世上のあらで飯を食い』
『売る人もまだ味知らぬ初なすび』
『負うた子に教えられ浅瀬を渡る』
【語句豆辞典】
【備後の五分縁】備後は備後畳のことで、五分べりは幅1.5センチのもの。
【薩摩の鶉杢(うずらもく)】屋久杉の異称、鶉目の木目を持つ事から。鶉目は鶉の羽に似た模様の木の木目。
【秋葉様のお札】防火の神である秋葉大権現のお札。遠州秋葉山が本山で、火祭りが有名。江戸では隅田川沿岸の多田薬師堂隣と亀戸にあった。
【ひきずり】なまけ者のこと。元々、遊女や芸者、女中などが、すそをひきずっているさまを言ったが、それになぞらえ、長屋のかみさん連中がだらしなく着物をひきずっているのを非難した言葉。
【天角地眼】天角は角が上を向き、地眼は眼が地面をにらんでいることで、どちらも強い牛の条件。
【一黒鹿頭耳小歯違】体毛が黒一色で頭の形が鹿に似て、耳が小さく、歯が乱ぐい歯になっているものがよいということ。
【この噺を得意とした落語家】
・三代目 春風亭小圓朝
・四代目 春風亭柳好
・三代目 笑福亭仁鶴
【落語豆知識】
【新作落語】おもに、大正期以降にできた落語。


